紅葉が、はらはらと舞い落ちてくる。
赤や黄に染まった、楓の葉。
乾いた風に吹かれ、頭上の枝から降ってくるそれらを、視界の端で、桃色の肉球がちょいちょいと突く。
釣られて目を落とすと、私の腕の中にはふわふわの生き物がすっぽりと収まっていた。
雪のように白い毛並みと、三角形の二つの耳。それから細長い尻尾を持ったその子は、目の前の葉っぱに夢中で前脚を伸ばしている。
あまりにも必死なその様子に、私はくすりと笑ってしまった。
すると、腕の中の彼は不思議そうにこちらを見上げて、「にゃあん」と小さく鳴く。
懐かしい声。
遠いあの日に置いてきた、私の宝物。
この大事なぬくもりを、できることならずっと手放したくはなかった。
その子の名前を呼ぼうとして……——そこでふと、目が覚めた。
「桜さん」
耳に心地よい声が、私の思考を現実へと呼び戻す。
「こんな所でうたた寝すると、危ないですよ」
「え……?」
ぼんやりとしたまま、重い瞼を上げる。するとその目に飛び込んできたのは、赤、黄、緑が入り混じる自然の景色だった。
紅葉を迎えたたくさんの木々が、辺り一帯を埋め尽くしている。それらは私の立つ場所よりもずっと低い位置に広がっていた。
それはつまり、今私のいる場所はとても高所であるということを示していて——
「……わわっ」
それまで上半身を預けていた手すりから、私は慌てて手を離した。
うたた寝する前の記憶が急激に戻ってきて、ようやく現状を把握する。
私たちが今いるのは、清水寺だ。
京都で有名な紅葉スポット。その中でも、特に眺めが良い『清水の舞台』。
手すりの向こうには見渡す限りに美しい紅葉が広がっているけれど、ここから地上までは十メートル以上あるので、落ちたらひとたまりもない。
「す、すみません。私、寝ちゃってたんですね……恥ずかしい」
十一月にしては暖かい陽気に当てられて、ついうとうととしてしまった。とはいえ、こんな危険な場所で寝る阿呆なんて私ぐらいしかいないんじゃないだろうか。
「最近は受験勉強に力を入れて、お疲れのようでしたからね。きっと寝不足やったんでしょう」
そう言って隣で微笑んでくれるのは、もちろん猫神様だ。今の彼はあやかしの姿ではなく、私に合わせて人間に化けている。
ここ最近、私は受験勉強を本格的に始めたところだった。
高校二年の二学期も、そろそろ終盤。早い子はもうとっくに受験に向けて動いているので、私もうかうかしていられない。
そうして始めた勉強漬けの生活に、私の体はまだ順応していないらしい。あきらかにキャパオーバーしている私を見かねて、猫神様は気分転換にと、今日の紅葉狩りを提案してくれたのだ。



