「じゃあね、天沢さん。また明日!」
「うん。また明日」
放課後。二年一組の教室で、私はクラスメイトたちと手を振り合う。
お互いに笑顔で、明日またここで会えることを楽しみにしながら、それぞれ帰路に就く。
少し前までは、こんな風に自然と挨拶ができるなんて夢のまた夢だった。
普通の人と違ってあやかしの姿が見える私は、周りから気味悪がられることを恐れるあまり、クラスメイトたちと自ら距離を取っていた。
気軽に話せる友達もおらず、これからもずっとそんな生活が続いていくと思っていた私に、まさかの転機を与えてくれたのは柚葉さんの存在だった。
彼女が私と友達になってくれたから。今ではこうして、私も無事にクラスに溶け込むことができている。
「あー! 待って待って、天沢さん!」
と、教室を出ようとした私を呼び止めたのは、その柚葉さんだった。彼女はトレードマークのサラサラセミロングの髪を揺らしてこちらへ駆け寄ってくる。
「どうしたの、柚葉さん?」
どこか慌てた様子の彼女に、私は首を傾げる。
彼女はこちらの目の前まで迫るなり、辺りをキョロキョロと警戒してから、私にだけ聞こえる声で言った。
「天沢さん。今日も、猫神様のところに行くん?」
「えっ」
彼女の口から転がり出た名前に、私は驚く。
柚葉さんは猫神様のことを知っている。彼女の目にはあやかしの姿は映らないけれど、猫神様は特別な力で人間の姿になることができるので、二人は面識があるのだ。
とはいえ、柚葉さんの方から彼のことを話題にするのは珍しい。
「えっと……。今日は猫神様と会う約束はしてないから、まだわからないけど」
「あのさ。よかったら、あたしを彼のところに連れてってくれへん?」
この通り! と、彼女は顔の前で手を合わせる。
対する私は、いきなりのことにぽかんと口を開けて固まってしまった。
(柚葉さんが、猫神様に会いたがってる……?)
一体なぜ、と考えたとき、わずかに胸の奥がざわめいた。
あやかしが見えないはずの柚葉さんが、猫神様に会いにいく理由。それはきっと、あやかし絡みではないはずだ。
なら彼女は、猫神様という一人の男性にただ会いに行きたいということなのだろうか。
そう思うと、なぜだか心がそわそわとして落ち着かない。
「その……理由を聞いてもいい?」
私が恐る恐る聞くと、柚葉さんはこくりと頷いて、すぐさま自分の席へと逆戻りした。それから何か荷物を手に取って、再びこちらへ駆け寄ってくる。
「これ! これのことについて、猫神様の意見が聞きたいねん!」
どこか切羽詰まった様子で彼女が目の前に差し出してきたのは、一つの紙袋だった。中にはダンボール箱に梱包された何かが入っていて、彼女はそれを丁寧な手付きで取り出す。
そうして現れたのは、木製の台のようなものだった。独特な形をしたそれを、私も見たことがある。
「それってもしかして、お月見のときにお団子を載せる台……かな?」



