『兄さん!』
『なあに?御影』
『ずっと一緒にいようね、兄さん』
遠い遠い記憶。もう彼は覚えていない。
琉伽だけが覚えている記憶。
琉伽はうっすらと目を開けた。窓から差し込む光が眩しくて目を細める。その瞬間ふと頬の涙の雫がツーっと垂れた。それを手の甲で拭った。
「…泣いてるの?」
ふと横を見ると弦里が心配そうな顔で琉伽を見ていた。
「…弦里、なんで…」
「琉伽が心配で、夢でも見た?」
「…うん、昔の」
「琉伽の昔の夢?」
「…いや、御影の」
そう言うと弦里は複雑な表情をした。
琉伽は分かっていた。他人の記憶を保持し続けると言うのは他人の記憶と自身の記憶がごちゃ混ぜになり最終的にはどれが自分の記憶でどれが他人の記憶なのか分からなくなると言うこと。記憶の保持をし続けた先祖が最後はどうなったのかという記録までありそれはもう悲惨な末路だった。そこから基本的に記憶保持は禁忌となった。その禁忌を琉伽は犯し続けている。
そんな様子の琉伽を見た弦里は眉をひそめる。
その顔をに気づいた琉伽は言葉を発する。
「そんな顔しないでよ」
弦里から顔を逸らした琉伽は息を吸った。
「御影に記憶を返してって言われた時、この記憶を返したくないと思った」
「…琉伽」
「この記憶は俺の記憶で、思い出したくないのに手放せない自分がいる」
「……」
「自分と御影の境がどんどん曖昧になっていく気がする」
「…お前は、御影じゃない」
「うん、分かってる…分かってるんだけど…これが記憶保持が禁忌になっている理由なんだろうね」
琉伽は御影になりかけている。そう弦里は思った。
あの夜の事は思い出しくは無い。悲惨すぎるものだった。忘れたくても忘れられない…脳裏にこびりつく記憶。琉伽の言葉に弦里は何も言えなかっ
「…黎影は」
「黎影?」
琉伽は唐突に黎影の名前を口にした。
琉伽の口から黎影の名前が出たのは初めてだった。
琉伽と生前の黎影は接点がなかった。
「黎影は本当に死んだのかな」
「…何言って、」
その瞬間突如部屋の扉が開いた。
琉伽と弦里はびっくりして扉の方へと視線を向ける。
そこには少し慌てる御影の姿があった。
「御影…」
無言で近づいてくる御影に琉伽と弦里は何事かと固唾を飲む。
「…琉伽」
御影が琉伽の名前を呼ぶ。
「…どうしたの、御影 怖い顔して…」
御影の只ならぬ姿に弦里は言葉をかけるが返事はない。
「琉伽、今すぐ記憶を返してくれ」
御影は一言そういった。
「っだああああ!あいつまた勝手にどっか消えやがったあああ!!!!」
海偉は取り残された中庭で大声で叫んでいた。
急にどこかに消えた御影。御影に似た誰かの話を陸玖がした途端、御影の様子が変わった。
どこか焦ったような落ち着きのない様子だった。
「どこ行ったんだろ…」
陸玖のその言葉に海偉は頭を抱える。
「私余計なこと言ったかな」
不安に思う陸玖に海偉か言葉をかける。
「別に…余計じゃないだろ だってお前は見たんだろ?」
「うん…」
海偉と陸玖のその姿を見て翼は思っていた。
別荘で見たあの写真の御影に似たもう一人の男の子の事。
「…あの子」
ボソッと呟いた翼に海偉と陸玖は反応した。
「あの子?」
「あ…いや…」
「なんか知ってるの?」
「……」
陸玖にそう言われ言葉が出ない翼。
写真の子が陸玖が見た人なのか…確信がないから何も言えない。
「陸玖」
「…お兄」
海偉はため息をついた。
「まあ、今は言えないこともあるだろ」
「でも、お兄」
「とりあえず今日はこれ以上の詮索は辞めよう」
「……」
「御影からまた何かあるだろ、考えるの辞めー」
海偉はそう言って中庭を後にした。
物事に対して白黒つけたいタイプの陸玖は納得できない様子だったが、海偉は翼の様子が気になった。
『あの子』という言葉を発した翼。『あの子』とは一体…。気になる気持ちを抑えて海偉は学園へと戻っていった。


