白を基調とした壁に囲まれ薬品の匂いが鼻をかすめる。【学園】の保健室に海偉はいた。

「じゃあちょっと、チクッとするわよ」
「はーい、うっ」

海偉は唸りを上げた。海偉の腕にチクッと刺さった針はその腕から血液を吸い上げる。

「これでおっけい、針抜くわね 痛かった?」
「いや、大丈夫っす」
「よかった、検査に回すから検査結果は来週にでも都合いい日に来てくれる?」
「うっす」

【学園】専属の保険医 諸矢紫呉は珀によってヴァンプ化の能力に犯された海偉の身体の検査を定期的に行っていた。血液を採取し翼の血液を摂取する前と後の濃度の濃さや身体に何か変化はないかなど細かいところまで調べていた。【リアゾン】の医師では到底出来ない為、海偉は【リデルガ】に月2.3回は出向いていた。

「他に何か異変はない?」
「そう…すね、得に」
「そう、このまま当分は翼さんの血液は定期的に飲んでね 何とかヴァンプ化は収まっているけどいつ何が起こるか分からないから」
「……あの」
「何?」

海偉はここ最近気になっている事があった。1か月前六花の面々と行った別荘から帰ってきてから琉伽の姿を一度も見ていなかった。元から専用室にはあまり来ないがひと月一度も姿を表さないなんて事は今までなかった。

「…琉伽の事なんすけど、なんか知ってますか?体調が優れない事は知ってんすけど」
「…琉伽くんね、私から何も言えないかな」
「…言えない」
「個人情報だし…ここで喋っちゃうと守秘義務がね…聞きたいことは本人に聞く事ね」
「…そうっすよね」

歯切れの悪い海偉の様子に紫呉はパソコンを打つ手を止め海偉へと向き直る。

「私が言えるのは琉伽くんは病気や何かに侵されてる訳ではないわ、そこは安心して」

頷く海偉に紫呉は微笑んだ。
紫呉は人間種が吸血種の心配をしている事が少しおかしかった。吸血種の診察を大人しく受けている海偉に対しても時代は変わったなと思う。

「ありがとうございました」
「はーい、何か異変が出てきたらすぐ来てね」
「…はい」

そう言って海偉は保健室を後にした。









青い空、白い雲、鳥の声…陸玖は【学園】の渡り廊下でぼーっと空を眺めていた。
定期的に【学園】の保健医である諸矢紫呉の診察を受けるために【リデルガ】に出向く海偉に必ず同行していた。保健室に入るでもなく海偉の診察が終わるまでこうやっていつも空を眺めていた。この渡り廊下からの景色が何となく好きでこの場所がお気に入りになりつつあった。

「………」

六花の面々と一緒に行った別荘は思いの他楽しくて陸玖の中では良い思い出になった。小さい頃からヴァンパイアハンターの末裔としてある程度の護身術やトレーニングをこなして来た為、友達とどこか遊びに行ったりなど殆どして来なかった。その為陸玖の中で新鮮な経験だった。

でも陸玖はひとつ疑問があった。最終日の日どことなく琉伽の様子がおかしかったのだ。見た感じいつも通りの琉伽なのだがふとした時に何か違和感を感じた。それは陸玖が人の小さな変化に気づく事に長けているからなのか、それとも陸玖の考えすぎなのか…。陸玖はずっと琉伽の事が頭から離れなかった。

「…あれ」

そして陸玖は【学園】の中庭にある見慣れた後ろ姿を見つけた。金髪の髪が風に揺れている。御影だ。陸玖は御影なら琉伽の事を何か知っているだろうと御影の方へと歩みを進めた。

「ねぇ」

御影の後ろ姿に声をかけるが御影が一向に振り返る気配がない。疑問に思う陸玖。

「ここは変わらないね」

その声に違和感を覚える。

「ここで良く内緒で遊んだなあ」

いつも御影の声そのものだ。なのに何かが違う。陸玖の心臓はドクンドクンと大きく脈を打つ。

「…っ」

その瞬間その男は陸玖の方へと振り返る。

「もうすぐ金木犀が咲く頃だ、僕金木犀の匂い好きなんだ」

そう言って笑う御影。でも御影ではない。
同じ顔、同じ声。どこからどう見ても御影だ。だけど陸玖の頭は違うと警報がなる。

「…だ、れ」
「誰だろうね」

その瞬間ぶわっと風が吹いた。唐突な風に陸玖は一瞬目を瞑る。

「……っ」

目を開けた時その男の姿は消えていた。
戸惑う陸玖。

「おーい、陸玖」

その声に肩を震わす陸玖。声の方へと視線を向けるとそこには海偉の姿があった。

「お兄…」
「どうした?幽霊でも見たような顔して」
「…幽霊…」

顔面蒼白の陸玖に違和感を覚えた海偉。

「どうした?陸玖」
「お兄、暴君野郎の所行こう」
「は?御影?なんで…」
「ちょっと、確かめたい事がある」