【千影の部屋】

「…御影、」
「琉伽…記憶を消したんじゃ」

千影の部屋に現れたふたり。
御影はうっすらと笑う。その笑顔に弦里は戸惑った。

「ここが姉さんの部屋か」
「御影…お前思い出したのか?」
「いや…弦里も変なことを言う 思い出せる訳ないだろ 琉伽が俺の記憶持ってるんだから」
「…だよな」
「琉伽と約束したんだ」
「え…?」
「琉伽がもう大丈夫だと思った日には記憶を返すって」
「琉伽…本当か?」

弦里は信じられないとでも言うように琉伽を見る。琉伽は黙ったまま俯いている。

「俺の記憶は俺の記憶 琉伽の記憶じゃない」
「…御影」
「取り戻して俺は全て乗り越えるよ」

そう言って笑った御影。何かが少し吹っ切れたように…。琉伽が御影に記憶を返した時御影はどうなるのだろう。乗り越えられるのだろうか…。あの日の出来事は弦里さんの話だけじゃ真実の所は全く分からない。三人の中で何があったのか…それを思い出した時御影は…。

「…私も」

翼は御影に向かって歩く。そして御影の手をぎゅっと握る。

「…私もいる 御影には皆がいる ひとりじゃない」

そう言って御影を見ると…

「うん」

優しく笑う御影がいた。
ひとりじゃない…ひとりじゃないないよ。
御影はひとりじゃない。

すると窓の外から光が入ってくる。

「…いつの間にか朝になっちゃったな」

御影が呟いた先には朝日が登っていた。








朝が来てそれぞれが目を覚ます。
そして今日が始まる。

「おはよう」

真理愛がリビングに行くと御影、翼、琉伽、弦里の姿が既にあった。

「「「「おはよう」」」」
「早いね〜皆」

それぞれの手元にはコーヒがあり心地いい朝の匂いと化していた。

「真理愛もコーヒーほしい!」
「はいはい、今入れるね」

弦里がキッチンに立ちコーヒを入れてくれる。
そんな穏やかな朝の時間が流れていた。

「…御影、ちょっと」

琉伽は御影を呼び、コーヒーを持ってバルコニーの方へと向かった。
バルコニーに出ると夏の香りがフワッとふたりを包んだ。

「…いつ気づいた?」

琉伽のその言葉に御影は隣の琉伽へと視線を向ける。

「いつ、記憶を消されてるって分かったの」
「…いつ」
「………」
「正確には覚えてない…さっきも言った通りある時から少女の夢を見るようになった。そして自分の中に思い出せない空白の時間がある事に気づいた 思い出す記憶は全部俺ひとりで…でも年々誰かがいた気がするって思う事が多くなった」
「………」
「違和感が確信に変わったのはあの写真を見た時…あぁやっぱり…記憶消されてるんだと分かった」

琉伽はぎゅっと目を瞑る。あの写真が御影の違和感が最後のピースだった。それがハマってしまった以上何も言えなかった。
そして琉伽は思い出す。夜更けに御影と翼が出てきた隠し扉の事。
監視していた訳では無いが御影が部屋を出て行ったのを感じ弦里とふたりで御影の後を追ったのだ。そしてふたりが出てきた隠し扉。あれは…。

「…御影、あの扉は」

言葉の続きを言おうとした時御影は琉伽の言葉を制止した。

「琉伽は全てを消さなかったんだね、それは助かったよ」
「…何を」
「姉さんと黎影の記憶だけを消した」
「………」
「そのお陰で翼を探す事が出来た」
「…何を言ってるの御影」

琉伽は御影の顔を見る。真っ直ぐに海を眺める御影。

「さっ、もう中に入ろう 朝だからまだ風が冷たいよ」

そう言ってバルコニーからリビングへと向かう御影。その背中を琉伽は見つめるしか出来なかった。
あの日、琉伽が御影の記憶を消すのを現当主に強要された時琉伽は戸惑った。その日の夜の出来事の記憶のみを消すのか千影と黎影の存在そのものの記憶を消すのか…今の琉伽ならどちらかのみを消すというのは簡単だ。だが10代の琉伽にはどちらかを消すという行動は高度な技術だった為難しかった。だから琉伽は千影と黎影の存在そのもの…そしてあの日の夜の出来事を全て御影から消した。

「…消した…はず」

琉伽はリビングへと入り翼や弦里、真理愛と楽しそうに話す御影に疑問を抱いた。
生まれた時からそばに居る姉弟の記憶を消すことは空白だらけになる。幼少期の記憶はほとんどないはず…。

『そのお陰で翼を探す事が出来た』

御影の記憶を消してから琉伽はほとんどの時間を御影と過ごした。翼と出会う、ましてや【リアゾン】に行くことなんて一度もなかった。出会うはずがなかった。

(何処で…いつ、翼ちゃんと出会ったんだ?御影…)

笑い合う四人の姿。

(翼ちゃんは一体…?)















誰もいない部屋の机の上に一冊の本がひとつ。
窓から吹く風にぺらっと捲れる本のページ。

『鋳薔薇家に双子が生まれるのは運命(さだめ)である 儀式を行う為の悲しき運命だ』


その1ページにはそう書かれていた。