「これが俺が知っている全て」
「……っ」
淡々と話す弦里に違和感を感じる翼。
「正直あの三人に何があったのか俺は知らない」
「…その記憶を琉伽が消したってこと…?」
「御影の記憶をね…でも琉伽は全部持ってる」
「…全部?」
「琉伽の能力は人の記憶を消すこと…だけどもうひとつある相手から抜き取った記憶を自身の中に保管できる」
「…保管…?」
「大体は相手の記憶を消す時、通常抜き取った記憶をそのまま削除するらしけど、それを自身の中で保管する事も出来る…だけど保管する事は並大抵の体力じゃ出来ない」
その言葉を聞いて翼は思い出す。陸玖や他の皆が言っていたこと。『やつれた〜?』『体調大丈夫か?』弦里の『熱あるぞ』様々な言葉を翼は思い出す。琉伽の体調の変化は御影の濃い記憶をそのまま自身の中で保管していたから…?
「…だから…」
「今の琉伽はもう限界、記憶だけじゃなく御影の感情まで請け負っている」
「…感情」
「だからたまに自分が誰だか分からなくなってる…琉伽はそう言った所を見せないだけで、もうだいぶガタが来てるんだ」
その話をしている弦里はとても辛そうだった。
「…どうして私にその話を…?」
そして弦里は寂しそうには笑いながら翼と向き直る。
「翼ちゃんなら琉伽も御影も救ってくれる気がしてさ」
「…私が?」
「俺には何も出来ないから、あの日の記憶を御影が思い出したら御影はどうなるか分からない。でもあの日の事を思い出さない限り御影は前には進めない」
「……」
「迷ってるんだ…」
「…弦、里さん」
「…はぁ、俺何言ってんだろ、翼ちゃんごめん」
苦しそうに謝る弦里に翼はどうしていいか分からなかった。どうすれば正解なのか…。この話を聞いて御影の言葉を思い出していた。
『………なんか、昔…誰かにこんなようにしてもらった…よう、な』
『…あれ、誰だっけ…』
翼が御影の頭を撫でた時に発した言葉。
(あれはきっと姉である千影さんが御影にした思い出だ)
「もう隠し通すのは無理だと思います」
「…翼ちゃん」
「御影は思い出し始めていると思います」
「………」
「だから…」
「翼…大丈夫だよ俺は」
その声に振り返るとそこには
「…御影」
「…琉伽」
ふたりの姿があった。
【数十分前】
暗い部屋、御影が横たわるベットにゆっくり腰をかける琉伽。そしてそーっと御影の額に手をかざす。するとその手首をガッと掴まれる。
「…っ 御影…」
そのままゆっくり開かれた瞳。
「…もういい」
「…え?」
「もう消さなくていい」
「…何言って」
御影は上半身を起こしながら琉伽の手を払う。
「…記憶、消さなくていいよ」
「御影…思い出したの?」
「思い出してない、思い出せるわけないだろ 琉伽が持ってるんだから 俺の記憶」
そう言って笑う御影。
信じられないとでも言うように琉伽は尋ねた。
「…いつから…いつから分かってた?」
「…いつから、かな?でもここ最近はよく夢を見る 誰か分からないけど少女が俺の名前を呼ぶんだ…優しい声で」
「……」
「…あの人はあの写真の少女でしょ?」
「…御影」
「…ずっと守ってくれてたんだね」
「…俺は…」
「こんなになるまで…」
「違っ、…俺は」
「もういいよ、記憶…返してくれても」
その言葉に琉伽は顔を横に振る。
「駄目だ…そんな事をしたら…御影が…」
「俺が?」
「…御影が…壊れ…る」
その言葉に御影は琉伽の手を握る。
「…そっか、琉伽は知ってるもんね 俺の記憶見たんでしょ」
「…ごめん」
「いや、怒ってるわけじゃない そんなに悲惨?」
笑いながら言う御影に黙る琉伽。
「ふーん、そっか…」
「………」
何も答えられない琉伽に御影はすぅーっと息を吸い込んだ。
「…いつか、琉伽がもう大丈夫だと思った時、記憶返してくれる?」
「…御影」
「今はいいから…そしてこれ以上記憶を奪わないでよ」
寂しげに笑う御影に琉伽の頬に涙が流れた。この感情は何なのだろうか。ただ小さな男の子だった御影がいつ間にか成長していた。守らなくちゃと思ったあんな悲惨な出来事…思い出さなくていいと思った。だから何回も記憶を削除しようとした。でも出来なかった。千影との暖かい思い出も全て消す事になるから…だから出来なかった。
「琉伽、今まで守ってくれてありがとう」
そう御影は口にした。


