ドンッ!
「弦里!開けるぞ!」
夜更け…父の慌てふためく声で弦里は起きた。いつもの冷静な父とは違うその声色に戸惑いながらも弦里はまだ覚醒しない頭でベットから起き上がる。
「…父さん、何かあったの?」
「弦里、すぐ用意しろ」
「…え?」
「鋳薔薇家に行くぞ」
「…鋳薔薇家…?」
その言葉を聞いて胸騒ぎが収まらなかった。何をそんな慌てているのか何をそんなに気持ちがざわめくのかふわふわした感覚と実感できない緊張感。鋳薔薇家の屋敷に着くまで弦里の心臓の音は大きくざわめいていた。
鋳薔薇家の屋敷に着くとそこはもう地獄絵図だった。案内されたのは御影の部屋で、その部屋は壁中に血が飛び散りある一角に使用人達が集まっていた。弦里はその中心に行こうと歩みを進めたが弦里の父はそれを制止した。
「…父さん」
「………」
その時その中心から担架で人ひとりを運び出した。担架は弦里の真横を通った。
ドクン…
弦里の心臓が大きく跳ねたのがわかった。
担架で運び出されたのは…
「…御、影…?」
そして使用人達が群がる隙間から見えたのは見覚えのある指輪をしている右手が覗いた。
(…俺があげた指輪)
信じたくなかった今見ているものは全て幻想だと言って欲しかった。嘘であってほしいと願った。
『はい、千影にあげる』
『え!なになに!』
『開けていいよ』
『うわぁー指輪だ!綺麗』
『付けてあげるよ』
『うん!綺麗だね』
叶う恋ではなった。君と僕は王で下僕。決して同等にはなれない。将来なんてなかった。でも…それでも良かった。君が幸せになるその日まで俺は君を守りたかった。ただそれだけだった。
ゆっくり…ゆっくり震える足でその指輪に向かって歩く。
「弦里!」
父さんが後ろで呼んでいたがそんなの気になんて止めなかった。止めれなかった。
ガクンと両膝が床につきその手を握った。弦里が来た事を使用人達も気づき顔が見えるよう場所を開ける。その間から見えたのは眠ったように横たわる千影の姿だった。
「…ち、か…」
声が上手く出せない。
「…千影…っ」
ボロボロと流れる涙で千影の顔が歪んで見えない。その綺麗な顔にもう千影はここには居ないのだと悟る。千影の腹部には大きな剣が刺さっていた。
「…なんで…こんな…っ」
そして千影の隣には黎影も横たわっていた。
「…黎影」
千影とよく似た顔で…。
「早くどうにかしろ!!!!!!」
すると廊下の方から大きな怒鳴り声が聞こえた。弦里はその声を聞き廊下へと向かった。
「…どうにかって…琉伽はまだ子どもよ!!」
「子どもだろうがなんだろうが時期六花だろ!記憶を消すのはお前達の仕事だろ!」
そこには現当主と女性が言い合っていた。
「影裄、これはあなたの失態でもあるの…あなたが」
「その名で私を呼ぶなあ!!!!」
「……」
「いいよ、母さん 俺がやるよ」
「琉伽…でも成長期のあなたでは負担が大きすぎるわ」
「…大丈夫」
(…琉伽?)
暗い廊下のせいで顔ははっきりと見えない。ただその少年が担架の上にいる御影の額を触った瞬間眩しすぎる光が一帯を覆った。弦里は明るすぎるその光に目を瞑った。
「……っ」
「琉伽!!!」
その時琉伽の母親の声が廊下に響き渡った。
弦里が目を開けると横たわる御影の横に琉伽は四つん這いになり呼吸が乱れていた。
「…琉伽、大丈夫?ねえ、」
「…大丈夫だから…ぅ…」
「消せたのか」
その光景を見て現当主は一言呟いた。
「…はぁ…はぁ…消し、ました」
息苦しそうな琉伽に現当主は「そうか」とだけ言って去っていった。
琉伽の母親は現当主の背中を睨みつけていた。
「…琉伽」
弦里は琉伽の方へと歩き声をかけた。
琉伽は息苦しい中その声に反応し顔を上げた。
「…弦、里…?なんで…」
弦里と琉伽は数年前に会ったきりそれ以降は会っていなかった。琉伽は学園に殆ど通っておらず弦里と会う機会は殆どなかったのだ。
「…大丈夫か?」
「…弦里こそ」
泣き腫らした赤い弦里の瞳を見て琉伽は言った。弦里はその言葉には反応せず意識のない御影に目をやる。
「…御影は…生きてる…?」
「…えぇ、生きてるわ」
琉伽の母親は呟いた。
「…良かっ…た」
そして弦里は泣いた。意識のない御影の腹部の上に顔を埋めただ泣いた。何がどうしてこんな事になったのか…どうして千影はああならなければならなかったのか…そんな事考える暇なんて無くてただ御影が生きている…その事実に安堵した。その日弦里の中の光が消えた。


