小さな虫や動物の鳴き声が密かに聞こえる夜更け。翼はソッと目を開けた。まだ窓の外は漆黒の闇。隣には静かに眠る御影の寝姿。
翼はソッとベットから抜け出し、手には先程見つけた本を片手に部屋を抜け出した。

(どこかゆっくり本を読める場所は…)

広い屋敷を回るには時間が足りない。長い廊下を歩きながら翼はふと立ち止まる。暗い廊下の壁。何の変哲もない壁。だが何故か気になった。翼は手でその壁を押した。すると…

ガコンッ…

という音と共に壁の一部が扉の様にスっと少し開いた。

「……っ」

翼は息を飲みその扉の先へと進んだ。心臓はドクドクと鼓動が早くなる。だが何故か怖いとは思わなかった。その先は階段になっておりゆっくり…ゆっくりと階段を降りていく。幾分か降りた所でまた扉が待ち受けておりそれをソッと開く。空間が広がっていたが暗すぎて何も見えない。翼は壁を伝い何かスイッチは無いかと探る。そして指先に何かスイッチの様な物を感じた。

カチッ

するとパッと電気がついた。急な光に翼は目を細める。ゆっくりと焦点を合わせるとそこは豪華な部屋が広がっていた。御影と泊まっていた部屋と大差が無い程に豪華な部屋。広くは無いが料理をするには十分なキッチン、三人がけのダイニングテーブルとイス、そしてもう1つ奥に扉があった。その扉を開けるとそこにはキングサイズのベットにドレッサー、そしてその部屋にはバスルームが完備されていた。生活するには十分な部屋だ。

(なんでこんな所に…部屋が…)

疑問に思った翼は部屋を出ようと先程降りて来た階段へと向かおうと踵を返した。
すると持っていた本の間から何かがひらりと落ちた。床に落ちた1枚の何か…

(写真?子どもが3人?)

顔ははっきり見えないが子どもが3人方を寄せ合っている。近くで見ようとその写真に手を伸ばす。すると向かい側から誰かの手が伸びた。びっくりして手を引っ込めてしまう翼。

「………御影」

そこには御影がいた。御影がその写真を拾った。

「…………」

その写真を見て何も話さない御影。

「…御影?」

御影の顔がどんどん険しくなる。

「……っ、」
「…御影?」
「…はぁ…はぁ…」

呼吸が早くなる御影。その姿に翼は御影に寄り添った。

「…御影?御影、大丈夫?ねぇ…どうしたの?」
「…はぁ…大、丈夫…大丈夫だから…」
「でも!御影…」
「大丈…夫だから、静かに…ね?翼」

苦しいのにも関わらず翼を落ち着かせようと笑いかける御影。その姿が痛々しく映る。

「…はぁ、」

御影が息を深く吐いたその瞬間ポタっと何かが翼の手に落ちた。御影を見上げると御影は静かに涙を流していた。

「…御影」

翼が名前を呼んだ瞬間、御影は翼を抱きしめた。

「……御影?」

翼は名前を呼ぶ事しか出来ない。

「…思い出せない」
「…え?」
「…思い出せないんだ、」
「………」

戸惑う翼に御影は続ける。

「…何も思い出せない」

そう言って御影は泣いた。ただ静かに声も出さずに翼の肩に顔を埋め静かに泣いた。
手には3人の子どもが写る写真を握って。




それから御影と部屋に戻った後、御影は子供のように泣き疲れて眠りについた。翼は何だか寝付けなくて目が赤くなり眠っている御影を眺めていた。部屋の机の上に裏返しに置かれた一枚の写真。あの写真を見て御影の様子は一変した。翼は机に向かいその写真を手に取った。

「……御、影?」

そこには3人の子ども達が肩を寄せ合い笑っている写真だった。
真ん中には御影と思える幼い男の子、右には御影と瓜二つの男の子、ひとつ違うのは目の下に泣きぼくろがあること。そして左にはふたりより少し年上のこれまた御影とよく似た女の子の姿。

(御影の兄弟?でもそんな話は…)

コンコン

控えめなノック。こんな時間に誰だろう。
警戒しつつ部屋の扉を開ける。

「…翼ちゃん」

その声は

「…弦里さ、ん」
「…ちょっといいかな?」

















無言の弦里の後ついて行く翼。
こんな夜更けにどうして…?そんな疑問を抱きながらまた御影が起きたらどうしようと考える。

「御影なら起きないよ」
「…え?」
「今琉伽が記憶を消してるから」
「…それって、どういう」
「見たでしょ?写真」
「………」
「あの写真は御影に良くないんだ」
「…良くないってどういう事ですか?」

暗い廊下を歩いていた弦里は足を止めひとつの部屋の扉を開ける。

「…翼ちゃん君は、」

弦里が足を踏み入れた部屋…それは

「君になら」

昼間に琉伽に制止された部屋だった。

「話すよ、俺が知ってる全てを」