広い部屋に大きなベットが真ん中にドンっと置いてある。翼は【リデルガ】に来た日のように物珍しく部屋中を見渡していた。
花火をした後そろそろお開きにしようと言うことで各自用意された部屋へと向かい解散した。
「どうしたの?」
突っ立って部屋を眺める翼に御影が声をかけた。
「本当に豪華というか…広い部屋だね」
「まあ、ここがこの屋敷の1番広い部屋だからね」
翼は心の中で「へー」と相槌をうって天井のシャンデリヤや本棚に机、ありとあらゆる部屋の家具を見る。それに部屋にはトイレ、シャワー室完備だ。純粋にお金持ちって凄いと関心する。
そして翼はずっと気になっていた事を聞いた。
「えっと、私が今日泊まる部屋はここじゃないよね?」
「ここだよ」
「?」
1番広い部屋と言ったのは御影だ。
翼はまさか自分が1番広い部屋に泊まるとは思っておらず、ここは御影が泊まる部屋でまた別の部屋に案内されるのかと思っていた。
「御影は?」
「俺もここ」
「……はい?」
御影は得意げにそう言うと、ソファー上にドカッと座った。
「実は部屋が一部屋少ないんだよね」
「一部屋…」
今日ここに泊まる人数は全員で11人。
この屋敷の部屋数は10部屋。
誰かは誰かと同室になるという事だった。
だからと言って御影と同じ部屋に泊まるというのは如何なものかと翼は考えた。
「…嫌だった?」
御影はそう聞きながら翼の手を引いた。
別に嫌と言う訳では無い…ただなんと言うか男女が一晩同じ部屋というのもどうなのだろうと思っただけだ。
「嫌という訳では…」
「それは良かった!もう何回も一緒に寝た仲だもんね」
「なっ!寝たって…言い方…」
「よーし、俺は先にシャワー浴びてくるよ 翼はゆっくりしてて」
そう言って御影はシャワー室の扉の向こうに消えた。
「ゆっくりして…と言われても…」
今までにも御影の部屋に行き添い寝したり、気づいたら私の部屋で隣に御影が寝ていた事は確かにあった。でもあの時は全て正気を失っている時だ。吸血衝動に襲われたり変な夢を見てパニックになっていたり…だから正直あまり正確に覚えていない。
でも今日は違う…。しっかり正気を保っているし、記憶もばっちりだ。
だから…なんと言うか…ちょっと気恥しかったり…する。
翼はすることも無いので、本棚に目をやった。
いくつもの本の背表紙には聞いた事のないタイトルの本ばかりが並ぶ。『イグドールの森』『遥かなる蒼』『結晶の少女』タイトルだけではその物語の内容まで想像の付かないものばかり。
その中の本を一つ手に取った。パラパラと本の中身を見る。数ページごとに挿絵が入っている。
その時カタンっという音がし翼は音のした方へと視線を向けた。手に取った本が並んでいた場所の奥に本が隠されるように挟まっておりそれが倒れた音だった。そして翼はその本を手に取った。
「『薔薇摘みの儀式』…」
本のタイトルにはそう書かれていた。
翼はその本の1ページ目を開いた。
私たちは大いなる過ちを犯した。
もう二度と過ちを犯さないよう
全てをここに書き記す。
あの忌まわしき 薔薇摘みの儀式
いや
薔薇罪の儀式についてー。
「…罪」
1ページ目にはそう書かれていた。
殴り書きしたような字で…。
翼はその字に背筋が凍った。
次のページを捲ろうとする手が震える。
翼は震える手でページを捲ろうとページに触れる。
「翼?」
背後から声をかけられた翼は咄嗟に振り返り手に持っていた本を背中に隠す。
「…御影」
そこにはシャワーを浴び終えた御影の姿があった。
「…は、早いね」
「あぁ、シャワーだけだからね」
御影はしっとり濡れた髪に少し火照った頬、そしてタオルを首にかけ慌てる私の様子に首を傾げていた。
「あ、そっか」
いつもより少し色っぽい姿の御影に翼はドキドキと心臓が鳴るのが分かった。
「どうかした?」
「ぁ、いや…」
「?」
「ほ、本!」
何故か薔薇摘みの儀式について書かれた本だけは御影には知られてはいけないと思った翼は本棚を指さす。
「本?」
「あの本は御影の?」
指さされた本棚へと視線を向ける御影。
「あぁ、あの本達はお爺様の趣味だよ」
「…お爺様」
「うん、俺の祖父…お爺様は本が好きでそれも童話 よく読み聞かせしてもらったよ」
「この部屋はお爺様の?」
「元はね亡くなるまでの数年 お爺様はここで過ごしていたんだ」
お爺様の本を眺めながら話す御影の瞳は今までとは違いとても懐かしそうな暖かな目をしていた。
「…お爺様とは仲が良かったの?」
「え?」
翼のその質問に御影は目を見開いた。
「ぁ…ごめん お爺様の話をする御影がいつもと違ったから」
「いつもと?」
「うん…お母様のお話をする時は苦しそう…だけど、今は…」
「あぁ…そうだね お爺様は本当に優しい人だったから」
「……」
「お爺様は優しすぎたんだ、本当に心優しい人だった」
そう話す御影の横顔を翼はじっと眺めていた。
優しく悲しそうに話す御影の横顔が酷く恐ろしい程に美しかった。
翼はそれ以上お爺様について聞けなかった。
「さっ、もう寝ようか 翼も疲れたでしょ」
御影のその言葉に翼は頷いた。少し寂しそうに笑う御影の顔に翼は頷くしか出来なかった。ふたりでひとつのベットに潜りそれ以上言葉を交わすことなく眠りについた。


