「あー!翼ちゃん!帰ってきた!」

リビングに戻ると真理愛が待ってましたと言わんばかりに両手に線香花火を持っていた。

「今花火し始めたとこなんですよ、ほら」

かぐやに花火をひとつ渡されリビングから繋がる大きなルーフバルコニーへと向かう。
そこではもう、皆がわちゃわちゃしながら花火を始めていた。

「お!翼来た!」

愁の声に反応し、その隣には御影の姿があった。

『…ダメなんだ、御影が思い出す!』

琉伽の言葉を思い出していた。
琉伽と弦里は一体何を隠しているんだろう。

「…翼?」

ボーッと御影の顔を眺めていたら、御影が翼の名前を不思議そうに呼んだ。

「…ううん」

それに気づいた翼は咄嗟に首を振った。
かぐやに渡された線香花火に愁に火をつけてもらいただじっと小さな光を眺めていた。
考えなくていい事もある、知らなくていい事もきっとある。
あの出来事はきっとその類だ。
考えなくていい、知らなくていい…。

目の前には同じ目線で線香花火を眺める御影。
その瞳には小さな線香花火の火が映っていた。
この花火のようにいつかは消える小さな光、息を吹きかけることも無くただただひっそり誰にも知られず消えていく。
それでいいのよと言うように…。

ポトッ…

「俺の負けだ」

御影が呟く。

「翼の勝ち」
「勝ち?」
「線香花火、先に火が落ちた方が負け 聞いたことない?」
「…初めて花火したから」
「「「「………」」」」

翼の一言にその場が凍る。

「御影〜墓穴掘るなよ〜」

愁の言葉に少しイラッとする御影。

「墓穴って…なんだよ」

その言葉に愁は御影の肩を持ちコソッと耳打ちする。

「翼は海も初めて花火も初めて何もかも初めてなんだよ!もうなんか見てて不憫だわ」
「逆に何が初めてじゃないんだろうな」

そこに壱夜が加わり

「もしかして…本当に娯楽という娯楽はした事ねえーのか…」

そして海偉も加わり4人は振り返り翼を見た。

「なんでもいーわ、もう!お兄も変なノリに乗らないで」

陸玖の言葉に御影以外の3人は面白くねーと言うように散った。
真理愛はかぐやと庵と線香花火を囲っている。

「わあー!真理愛の勝ちー!」
「ちっ」
「さすが真理愛ちゃんです」
「庵、今舌打ちしたわね」

あっちはあっちで揉めていた。

「…ところで琉伽様と弦里様はー…」

かぐやの言葉に皆がそう言えば…と2人の存在がないことに気づく。

「…ぁ、琉伽が熱出しちゃって弦里が付き添ってる」
「本当にか!?」

焦る庵に翼は頷いた。

「ちょっと行ってくる」

庵はサッと立ち、バルコニーから出ていった。

「本当にあいつは琉伽の事になるとあーなるんだよなー」

愁は庵の背中を眺めながら呟く。

「庵は琉伽大好きだからなー」

壱夜の言葉にぷぅと頬っぺを膨らますかぐや。

「ちょっと焼きますわ」
「かぐや大丈夫、愛されてるのはかぐやだけだから!庵の琉伽に対する感情は執着だから!執着」

そんな事を真理愛達が話している時翼はチラッと御影に目を向けた。
御影も庵の背中をジッと眺めていた。












「琉伽!大丈夫か!」

庵は勢い良く琉伽の部屋の扉を開けた。

「…庵」

そこにはベットに横たわる琉伽とベットの横の椅子に座る弦里の姿があった。

「庵、どうしたの?慌てて」

横になっていた琉伽は上体を起こしながら庵に声をかける。

「琉伽が熱出したって聞いて…熱は?高いのか?」
「あぁ、大丈夫だよ そんな高くない」
「本当か…?何か欲しいものとかあるか?」
「くっふふ」

横からの笑い声で琉伽と庵は声の方へと顔を向ける。弦里がふたりをみて笑っていた。

「…なんだその笑いは」

怪訝な顔して庵は弦里に声をかけた。

「いゃ、ごめんごめん 庵は本当に琉伽の事になるといつもの冷静さを失くすなと思って ははっ」
「…そうか?」
「そうだよ、自覚ないの?」
「………」

弦里の言葉に言葉が詰まる庵。
庵にとったら琉伽は初めての理解者だ。
初めて本音が言えた相手でもある。

「ないのか 本当に、お前ってやつは」

弦里はニコッと笑って庵の頭に手を置いてくしゃっと撫でた。

「兄面するな」

庵はその手を振りほどき、琉伽に話しかける。

「琉伽…」
「ん?」
「最近おかしくないか?」
「…最近?」

不安そうな庵に琉伽は首を傾げる。

「なんか以前より痩せたように思うし体調もずっと良くないだろう、何か隠している事があるんじゃないか?」
「…ないよ」
「…琉伽、本当の事を」
「俺が庵に隠し事なんてする訳ないだろ」
「…………」
「本当にただの風邪だよ」
「……分かった」

庵は何か諦めたように頷いたが内心では納得などカケラもしていない。
何かを隠しているのは見え見えだ。
庵はチラッと弦里の顔を見る。ただ何も言わずジッと琉伽を眺めていた。
その姿に弦里は何かを知っているんだなと確信した。
そしてそのまま庵は部屋をでた。
来た通りに長い廊下を歩く。
その長い廊下を歩きながら庵は昔のことを思い出していた。
能力が出現し始めた頃コントロールが出来ず常に人の心の声が聞こえていた。
どこにいても何をしても頭の中で声が響く。頭がどうにかなりそうだった。
そんな時…

『君が庵くん?』

母が連れてきたのは六花を継ぐ者のひとり、桃李家の琉伽だった。
その間も頭の中ではガンガンと声が響く。
気持ちが悪い…。今にも吐きそうだ。
庵は吐きそうになる身体を抑えるように丸くなる。

『うっ…』
『大丈夫!?』

琉伽は庵の背中をさするように躊躇もなく撫でる。

ドクン

その瞬間庵の心臓が跳ねたと同時に琉伽の心の声が庵に流れ始める。

『庵くん…大丈夫かな…』
『気持ち悪い?吐く?』
『どうしよう…誰か呼んだ方がいい?』
『しんどそう…何が出来る?』
『庵くん…』

琉伽の言葉は全部庵の身を案ずる言葉だけだった。今まで出会った人とは違う。
触れると心の声が聞こえると勘違いしている大人は『心の声が聞こえるなんて気持ちが悪い』『こいつが例の…』『あれが南雲家の…』『どう利用しようか』聞きたくもない声が頭を支配する。触れなくてもある程度の距離に居る者の心の声が聞こえる。触れなくとも聞こえるのだ。
気持ち悪がる者、利用しようとする者様々な声が聞こえた。

なのに…琉伽は一度も庵を気持ち悪がるような言葉もなく、ただただ心配してくれていた。

『…気持ち、悪くないの…?』

そう琉伽に聞く。

『え?何が?』
『……』
『あ!吐く?いいよ!んーと受け皿ないから手の上に吐く?吐いていいよ!』

そう言って琉伽は両手を受け皿のようにくっつけ庵の前に出した。

『……いや、それはさすがに…』

その言葉に琉伽は『だよねー、あはは』と言って笑った。それが琉伽との出会いだった。
そこから庵は琉伽と親しくなるのにそう時間はかからなかった。
琉伽は恩人だ。あの苦しく辛い子ども時代を救ってくれた。

(だから、俺は…)

そして庵はリビングへと戻った。