「翼ちゃん、ここはもう大丈夫だからせっかくだし屋敷見てきたら?」
「そうですよ!せっかくですし!」
真理愛とかぐやの言葉に翼は首を振る。
「いいよ、まだ片付けあるし…」
「ふたり居るんだから大丈夫だよ〜!この屋敷本当に広いの!あんまり来れないから見ておいでよ〜」
うんうんと隣で頷くかぐや。
ふたりの好意に負け、翼は頷いた。
「分かった、行ってくる」
「うん!行ってらっしゃい!」
そして翼はリビングを出た。
リビングを出ると大きな広い廊下が左右に広がる。
(見て回ると言っても何処に行けばいいんだろう)
翼は左右を見てキョロキョロ。
どうしようかなと考えなんとなく右側が気になり右へと足を進めた。
廊下はずっと長く、変わり映えのしない廊下をただ歩く。
淡いベージュの細いストライプの壁紙。
天井には遠感覚で控えめのシャンデリアが点々とぶら下がっている。
(本当に大きな屋敷だ)
すると大きな広間に出た。
目の前には豪華な階段が立ちはだかる。
そこを上がり2階へと足を踏み入れた。
1階とは違い薄暗い2階。使われた様子がない薄暗い2階をゆっくり歩く。
すると目の前にひとつ部屋の扉が見えた。
そこは廊下の奥にあり、ひっそりと佇んでいた。
翼は気になりドアノブに手をかけた。
その時、後ろから翼の手を覆う誰かの手が重なった。
「っ!」
柑橘系の香りがふわっと翼の鼻をかすめる。
背中にじんわりと暖かい体温を感じる。
ピタっと真後ろにくっつくのが誰か翼は大方予想が着いていた。
ゆっくり後ろを向く。
「…琉伽」
真後ろに立つ琉伽は無表情でその瞳には影を落としていた。
「…ダメだよ、ここは」
琉伽は翼の肩を掴むと翼の身体を反転させ部屋の扉に押し付けた。
「…ぃっ」
突然の事で琉伽と目が合う翼。
琉伽の瞳が薄らと目が赤くなり始め、翼は咄嗟に目を逸らし顔を覆う。
その翼の行動に琉伽も動作を止めた。
「………」
「………」
動かないふたり。
琉伽は翼の肩から手を離し、翼の手首を掴み1階の琉伽が泊まる部屋へと向かった。
ぎゅっと手首を掴む手が痛い。
翼は琉伽の大きな背中を見ながら、少し怖くなる。
勝手に部屋に入ろうとしたのは悪いが、一言も話さない異様な雰囲気の琉伽に喉の奥がキュッと締まる。
(声が出ない…)
そして1階の個室へと入るふたり。
琉伽は翼をソファーの上に少し乱暴に座らせた。
「…部屋入った?」
「…入ってない…」
その答えに琉伽は何も答えない。
「なんで目合わせないの?」
「………」
琉伽のその言葉に肩がビクつく。
翼は記憶が消されるんではないかと思い琉伽の目を見ることが出来ず俯いていた。
「記憶消されると思った?」
「………」
確かに先程の琉伽の瞳は赤かった。
あの赤い目は能力を解放した時に瞬時に変わる。
琉伽が何を考えているか分からない。
いつもは優しい雰囲気の琉伽だが、今は知らない人のように冷たい。
翼の手はひんやりと体温を失って行くのが分かる。
「おい、琉伽」
すると扉から低い声が聞こえた。
(この声…弦里?)
翼は顔を上げ扉の方へと顔を向ける。
ゆっくりと開かれた扉の先には弦里の姿があった。
「…翼ちゃん?」
怯えている翼の顔を見た弦里は眉間に皺を寄せ琉伽へと視線を移す。
「琉伽、お前何して」
「…思い出させちゃいけないんだ」
か細い声で呟く琉伽。
「思い出させちゃ…絶対に…」
「おい!琉伽!」
その瞬間目の前の琉伽の身体がぐらついたと同時に弦里は琉伽の身体を受け止めた。
「…ダメなんだ、御影が思い出す!あの部屋は入ったら絶対ダメなんだ!あの人の…」
「琉伽!!!!!」
琉伽の瞳が揺れたのが分かった。
心のない瞳、何かに怯えている。
目の前で今にも崩れそうな何かに恐怖する琉伽の瞳から翼は目が離せなかった。
「琉伽!大丈夫だ!何も思い出してない、お前がそんな不安に思うことは何一つ起きてない!だから落ち着け!」
弦里の言葉に一瞬我に戻った琉伽は自身の頭をぐちゃぐちゃとかいた。
「…翼ちゃん、ごめん」
琉伽の一言に首を振る翼。
「…琉伽、お前顔赤くないか?」
弦里の言葉に翼も琉伽の顔を覗く。
「え…?そう、かな」
「ちょっとごめんな、」
弦里は謝りながら琉伽の額に手を伸ばし体温を確認した。
「うん、お前熱いよ 熱あるよ」
「え…」
その弦里の言葉にびっくりする琉伽と翼。
「琉伽、大丈夫?寝た方がいいんじゃない?」
「ぁ、うん」
まだ心ここに在らずといった琉伽は現実感がないのか弦里に介抱されるがままベットへと腰を下ろした。
「お前は本当に昔からギリギリまで我慢するんだから明日も1日寝とけよ」
「…うん」
完全に元気を無くした琉伽はボーッとした表情で、熱所か精神面も大丈夫なのかと心配になる。
チラッと弦里を見ると扉の方へ視線を向け先に部屋から出るように促す。
翼はそっと部屋から出て、部屋の前で弦里が出てくるのを待っていた。
部屋からは何かふたりが話している声が聞こえたが内容までは聴き取れなかった。
すると弦里が部屋から出てきた。
「…ぁ、翼ちゃん」
「琉伽、大丈夫ですか?」
「うん、ちょっと熱でおかしくなってたみたい さっきはごめんね 琉伽の代わりに謝るよ」
「いえ、大丈夫です あの…」
「ん?」
琉伽が言ったあの部屋。
あの部屋には一体何があるんだろう。
それを弦里に聞いていいのだろうか…。
「あの部屋のこと?」
「…え」
まさかの弦里の言葉に喉が詰まる。
「あの部屋は…んーなんて言えばいいのかな」
弦里は言葉に詰まった。
あの部屋は俺と琉伽しか覚えていない。
誰が使っていたのか、誰の思い出が詰まっているのか御影を含めた残りのもの達はだれひとりあの部屋の存在を覚えていない。
俺たちがそうした。琉伽とふたりでそうしたんだ。
「…秘密の扉」
「…秘密?」
「そう、秘密」
「…秘密」
「翼ちゃん、君が御影を思うならあの部屋の事は誰にも言わないでほしい」
「……」
「…お願い」
そう言った弦里の言葉に翼は頷く事しか出来なかった。本当は色々と聞きたい事は山ほどあった
あの部屋は?あの人って?御影が何故出てくるの?どういう関係?
そんな疑問も口には出せず、だから翼はゆっくりと頷いた。


