コンコン
自室の扉をノックする音が聞こえる。
翼は咄嗟に返事をする。
「はい」
「…ぁ、俺!海偉 血貰いに来たんだけど」
扉越しにその声を聞き、ソファーから立ち上がり扉を開けた。
そこには申し訳なさそうに立つ海偉の姿があった。翼は心の中で今日海偉が血を貰いに行くと言っていた事を思い出した。
準備するのを忘れていたのだ。
「準備するからソファにでも座ってて」
海偉は大人しく翼の部屋のソファーに座る。
あの一件以来、海偉は定期的に翼の血液を摂取することでヴァンプ化を食い止めていた。
翼は机の引き出しからナイフを取り出しスパッと手首を切る。そこから赤い血が流れ、その血を瓶に入れる。その慣れた手つきが海偉には異様に写った。
「…お前いつもそうやって採取しての?」
「…うん」
信じられないとでも言うような海偉の威圧に翼は吃どもる。ポタポタと流れる血。
いつも海偉が血液を取りに来る時は用意しており渡すだけだが採取の様子を初めて見た海偉は戸惑っている様子だった。
これはあまり人に見せるもんじゃないなと翼は強く思った。
「…ごめん」
急に謝る海偉に翼は驚く。
「俺が噛まれたせいで…本当にごめん」
申し訳ないと後悔している様子の海偉。
いつもヘラヘラと笑い軽い冗談と立ち回りの良さで御影達六花にも堂々としている海偉のこんな苦しそうな表情は初めてだった。
「謝らないで…私役に立てて嬉しいから」
「役に…?」
「うん、今までずっとダンピールである事が嫌でどうして生まれてきたんだろうって思ってたから こうして私の血が役に立てて嬉しい」
「………」
「生まれてきたかいが少しでもあったかも」
そう微笑む翼の姿に海偉は目を反らせなかった。
手首から流れる鮮血、海偉はソファーから立ち上がり翼へと足を進める。
「…海偉さ、ん?」
翼の傍まで来た海偉はそっと翼の手首を握る。
そして翼の手首から流れる血をそっと舐めとった。
その海偉の行動にびっくりした翼は反射的に後ずさろうとするがガクッと足の力が抜けた。
咄嗟に翼の腰を支える海偉。
「……」
「……」
バチッと目が合うふたり。
何とも言えない空気感がふたりを襲う。
「お兄、血貰えた?」
ノックもせず開いた扉には不思議そうにふたりを見つめる陸玖の姿。
「ぇ…なに」
翼の腰に手を当て手首を握っている海偉、赤面している翼。その光景に陸玖は怪訝な表情をする。
「り、陸玖…貰えた!貰えた!さあ!【学園】に向かうぞ〜!」
慌てる海偉は血の入った小瓶を取り翼に「じゃっ!」と挨拶をし陸玖の手を引き颯爽と部屋から出て行った。
廊下からは「え!何今の?何してたの?お兄」と陸玖の声が聞こえた。
ひとり部屋に残された翼は自分の身体が熱くなるのが分かった。
手首から流れる血を自分の舌で舐めとる。
「…御影の血飲みたい」
誰もいない部屋でぽつりと呟いた。
ぎゅっと握られた手首。
陸玖より数歩前を早足で歩いて行く海偉。
陸玖は海偉の後ろ姿を眺めていた。
-耳が赤くなってる…
さっきの光景を思い出しながら陸玖はふふっと笑う。
「…なんだよ」
「別に〜、お兄今の暴君野郎にばれたら殺されるよ」
ピタッと足を止める海偉の背中に思いっきり突撃した陸玖。
「…痛っ」
「…だよなぁ〜…うわ〜俺マジで何してんだよ〜、陸玖 内緒な〜」
情けない顔の海偉に陸玖は渋々返事をする。
「…はいはい、分かった 分かったよ ほら【学園】行くよ」
そうしてふたりは【学園】へと向かった。


