あの鬼ごっこ事件から数週間が経とうとしていた。
【リデルガ】では平穏な日々が続いている。
数週間前にあんな出来事がかったなんて想像もつかないくらいに。

海偉に噛まれた翼は意識を失い数日間眠っていた。その間に暗血線と六花のおかげで早々と色々のことは片付いたらしい。
元貴族の蘭寿家で匿われていた子ども達は無事【リアゾン】の養護施設に送られ、鬼ごっこに関わっていた貴族達は階級剥奪の上、暗血線送りになったという。
首謀者である蘭寿家改め紅羽家の刻、夜々は逃走。現在も見つかっていない。
そしてヴァンプ化の能力を持っている珀は死亡が確認された。

数ヶ月前【学園】での舞踏会中に謎の子ども達が貴族を襲った事件は珀によりヴァンプ化した人間種の子どもだったことが分かった。
当の本人である珀が死亡した事からこの事件は幕を下ろした。

御影は事件の詳細が書かれた資料を見ながらため息をつく。
全て手の内で踊らされたような感覚に陥っていた。

「…はぁ…」

【学園】での舞踏会の事件後 母親である紫檀が言った。

『この件には首を突っ込むな』

あの言葉は元貴族である紅羽家が関わっている事、ヴァンプ化の能力の仕業であること全て分かった上での忠告だったに違いない。
吸血種を束ねる鋳薔薇家が元六花の現在も続いている血縁を断絶出来ていない事が世にばれれば信頼はガタ落ちする。
上層部は全て秘匿とし、処理をした。

「…そういうこと」

御影ボソッと呟いた。

「どういうこと?」

横から声がし御影は視線を移す。

「琉伽」

そこには琉伽の姿があった。

「珍しい 御影が俺の気配に気づかないなんて」
「…報告書に集中してた」
「だよね、で…何が分かったの?」

琉伽は御影と距離を取りソファへと座る。

「海偉が連れ去られた理由」

そして御影は話そうと一呼吸置き口を開く。

「「珀を殺すため」」

ハモった声に御影は目を丸くする。

「なんだ分かってたの」
「分かってたというか、何となくだよ 舞踏会で謎の子どもが現れたこと その後にわざわざ人間種である海偉を攫った。これはもう『俺たちの存在に気づいてくれ』って事だよ」

琉伽はどこか一点を見つめる。

「………」
「昔ヴァンプ化の能力の話を聞いた事がある。出現した一族は少なからずその子どもが成人する前に殺したって」
「…あぁ、そうだね」
「だからさ、見た感じあの珀って俺らとそう歳変わらないでしょう?刻ってやつ相当限界だったんじゃない?」
「全て珀を殺すために仕組まれた事だったってこと…」

御影のその言葉に何だかもやもやが残るふたり。

「御影は優しいね」
「…優しい?」
「途中で気づいてたんでしょ?これは珀を殺すための茶番だって」
「………」

黙る御影に琉伽は困ったように笑った。

「ところで琉伽」
「ん?」
「体調はどう?」

御影にそんな心配をされると思っていなかった琉伽は目を開く。

「どうしたの急に…そんな心配されるとは」

一瞬ムッとした顔をした御影は琉伽の身体を眺める。

「…また痩せたんじゃない?」
「そう見える?大丈夫だよ、皆が戦っている時俺は寝てたから。十分休息取ってたよ」

琉伽は皆が屋敷に駆り出されていた間 部屋で大人しく皆の帰りを待っていた。
本当は参戦したい気持ちだったが、どうも身体が言うことをきかなかった。
そんな状態で行っても足でまといになるというのは目に見えていた。

「…琉伽」
「俺の事なんかより!翼ちゃんは大丈夫なの?海偉に噛まれたんでしょ?」

琉伽の言葉に目を逸らす御影。

「…ぁ、うん 今はもう大丈夫」

意識を取り戻した翼の身体には何の異常もなく今もう普通の生活を送っている。

「…そっか、ならいいけど、でもよくあんな方法とったね」

あんな方法…。琉伽の言うあんな方法とは海偉に翼を噛ませた事を指しているのだろう。

「賭けだったけどね…」
「翼ちゃんのダンピールの血を飲むことでヴァンプ化を止められるなんてなぁ…よく知ってたね」
「…翼は吸血種と人間種の血を体内で共存させている 翼の血を飲むことでヴァンプ化の毒を打ち消す事が出来るかもって思ったんだ」

ヴァンプ化の能力は噛んだ相手に身体の構造を変える言わば毒を噛んだ時に体内に入れる事で起こる。

「じゃあ、弦里の能力でも良かったんじゃないの?」
「弦里は吸血種だ 吸血種の血と吸血種の血では濃度が濃くなるだけ 打ち消すことは出来ない 共存できる血液を持っているダンピールの血を体内に入れる事でヴァンプ化の毒が勝らないようにした」
「…そういうこと、ってことは…」
「海偉のヴァンプ化は翼の血で抑えているだけ 危機を回避したわけじゃない 期限を伸ばしただけに過ぎないんだよ」
「…それじゃあ、これからも翼ちゃんの血を摂取し続けなければならないってこと?」
「…うん まあ能力者は死んでるし、摂取し続ければいつかは毒は消えるとは思うんだけど」
「…はぁ…本当に厄介な能力だね」

項垂れる琉伽。

「だっぁぁぁあああ!!!!」

すると大きな声と共に専用室の扉が開かれる。
そこには愁と壱夜の姿があった。

「うお、琉伽じゃねーか!久々」
「元気だね 愁」
「琉伽のこと久しぶりに見た〜琉伽ゲームしようぜ!」
「しないよ壱夜」
「なぁ!御影!」

愁はニコニコに笑いながら御影に声をかける。

「皆で別荘行こうぜ!」

その言葉に御影と琉伽は(またこいつ変なこと言ってるよ)と心の中で思ったのであった。