「…おぇ…はぁ…はぁ…うっ」

出てくるのは透明な唾液だけ。
(つばさ)は込み上げてくる吐き気と戦っていた。トイレの個室で嗚咽が漏れる。
幸い授業中だから、誰もいない。
思いっきり吐く事が出来るが、身体の熱は治まらない。身体の内側から血を欲しているのが分かる。自分の身体を両手抱きしめるがガタガタと震えて止まらない。
この状況に勝手に溢れてくる涙。

-なんで、私なの…なんで

「…もう…嫌だ…」

気づいたら言葉を呟いていた。

コンコン

その時個室のドアがノックされた。
その音に(つばさ)は息を飲む。
身体に一気に緊張感が巡る。

「…大丈夫ですか?」

遠慮がちに放たれた言葉は青年の声だった。

-男…?

「…開けてくれますか?」

その声にハッとする。

-この声…もしかして、さっきの…

落ち着いた透き通るような声。
優しい声色とは裏腹に直感的に怖いと感じてしまう。

「別に苦しいのはあなただから、開けてくれなくてもいいですけど…早く楽になりたくないですか?」

-楽に…なれる?

もう何もかも限界だった。
血を欲してしまう自分も、我慢して苦しくなって暴れてしまいそうになる自分も…。
何度も何度も頭の中で人を襲った。
首元に牙を突き立てれたらどんなに良いだろう。
こんな衝動からも解放される?

(つばさ)は震える手を伸ばして鍵を開けようとしたが躊躇する。

「このままではあなた、人を襲いますよ?」

その言葉に胸がズキっと疼いた。
人を襲ってしまうかもしれない…?

「………っ」

震える手をどうにか抑え、ゆっくり扉の鍵を開けた。

カチャ…

ゆっくりと個室の扉が開かれる。
(つばさ)の目にはスローモーションに見えた。窓から差し掛かる太陽の光が邪魔をして彼の姿が影になる。
眩しくて目を細める翼つばさ。
そこには金髪の髪が光に照らされ揺れる。

鋳薔薇(いばら) 御影(みかげ)の姿があった。
御影(みかげ)は苦しそうに蹲る《うずくま》(つばさ)の姿に不敵な笑みを浮かべ、起き上がら蓋をしたトイレの便座へと座らせ個室の鍵を閉めた。

「…凄い、苦しそう」
「……っ、」
「彼女の匂い濃かったもんね。可哀想に…」

御影(みかげ)(つばさ)の頭を撫でる。
彼はずっと笑みを浮かべこの状況を楽しんでいるかのようだった。
そして、御影(みかげ)は自身の制服のボタンをはずし首を露あらわにする。白い真っ白な肌。
翼つばさは御影(みかげ)のその行動に疑問を覚えながらも、言葉を発する元気もなくただただその光景を眺める事しか出来なかった。

そして(つばさ)の後頭部を抑え御影みかげの首元に(つばさ)の顔を押し付ける。
突然の事で(つばさ)の身体は強ばる。

-…ぇ

「飲んで、じゃないと苦しいままだ…」

その言葉で意味は分かった。
噛めと彼は言っているのだろう。
このまま彼を噛めば(つばさ)は自分自身が人間では無い事を実感してしまいそうだった。
こんな状況になっても(つばさ)はまだ゛人間゛でいたかったのだ。

「このままだと君は友達を傷つけるよ、それでもいいの?」

頭の中で浮かんだのは凜々の顔。
可愛らしい笑顔でいつも名前を呼んでくれる彼女…。

-でも…でも…

それでも躊躇(ちゅうちょ)していると、ガリっという音と共に個室に広がる甘ったるい匂い。その匂いに(つばさ)は顔を上げる。
彼は自分で自分の手首を噛んでいたのだ。
そこから溢れ流れる赤い血。
その匂いに頭がクラクラする。

「まだ、我慢するか?僕は吸血種(ヴァンパイア)だ、か弱い人間とは違う。簡単に死んだりしない…」

溢れ出る涙。
彼の真剣な瞳が(つばさ)を捉える。
その瞬間、(つばさ)は考える事を放棄した。

ガリっ

勢いよく彼の首元にかぶりつく。
無我夢中で彼の血を吸った。
溢れ出る涙を無視して…。

-あぁ…やっぱり私は…

「…見付けた。゛ダンピール゛」

その言葉を耳にして涙が余計に溢れる。

-どうして、私を生んだの…?

-ねえ…お母さん…




私は吸血種(ヴァンパイア)と人間の間の子





゛ダンピール゛だ。





「…ごくっ」