「…様!愁様!」

遠くから聞こえる声が段々近くなってくる。

「愁様!」
「…っ!」

意識を取り戻した愁の隣には全身黒ずくめの男が愁の身体を揺すっていた。

「大丈夫ですか!意識取り戻しましたね!」
「…ぁ、あぁ」

意識を失った愁は鬼ごっこが始まる前の赤の間にいた。壁に上半身を持たれさせる体勢で。

「私暗血線の(よう)でございます。御影様の命めいを受け参りました。」
「…ぁ、ご苦労…」

部屋には倒れている吸血種達を拘束し連行する暗血線達の姿。

「…陸玖…陸玖と海偉は!?」

段々と思考が覚醒していく中愁は聞く。
(よう)はある一角を指さした。
人集りが出来ている場所に陸玖の姿が見え隠れする。

「陸玖!」

愁は立ち上がり人集りに向かって走り出す。
その中心には胸を抑えながら、苦しそうにのたうち回る海偉の姿があった。

「…海偉」
「…ぐっ、あぁぁあ、はぁあ、うっ」
「お兄!お兄!大丈夫!?どうしたの!?」

海偉の首元には先程あの白髪に噛まれた傷から血が垂れている。
言ってしまえば吸血種に噛まれただけだ。
こんな悶え苦しむなんて何かがおかしい。

「…毒」

ぽつりと愁は呟く。
弦里のように自らの血が毒になる能力者だってことか?【リデルガ】の歴史上今までに何人かいた。噛まれた時に能力を発動されたのか…?どうしたらいい?どうしたら…。

「陸玖ちゃん!」

その時勢いよく部屋の扉が開く。
そこには真理愛と弦里の姿。

「陸玖ちゃんそこ変わって!とりあえず私の治癒が効くか試すから!」
「…ぅ、うん お願い」

泣きそうな顔の陸玖は真理愛と場所を変わり、治癒の能力を海偉に発動する。

「どうだ?真理愛」

愁の言葉に真理愛は答える。

「……怪我は特にしてない…けど、何か海偉の中で細胞が急速に変わっていってる、」
「…それって?」

弦里の声に真理愛は答える。

「…ヴァンプ化…」





『では壱夜さん、真理愛さん。ちゃんと聞いて下さいね。六花やその血縁にあたるおふたりは10歳前後に能力が出現する可能性があります。』

まだ幼かったあの日。
能力なんて本当に自分に出現するのかと疑っていたあの日。

『能力は千差満別であり、コントロールが難しい能力もあります』

家庭教師は壱夜と真理愛に話し出す。

『例えばどんな能力?』

壱夜の純粋な疑問に家庭教師は悩む。

『…そうですね。もう100年も前に確認されて以来、現在は確認されていないですが』
『……?』
『人間種を吸血種に変える、通称ヴァンプ化の能力ですかね』
『…ヴァンプ化?』
『ヴァンプ化の能力を持って生まれた子どもは血を飲んでも飲んでも空腹感は満たされず、飢餓状態に陥ると言われています。そしてのちに感情のコントロールもままなら無くなり、自我を失い血を求める吸血鬼となると…。人間種を襲いヴァンプに変えその者もまた人を襲う。負の連鎖を作り上げると言われています。』
『うぇ、なんだよ その能力…最悪じゃん』

壱夜が気持ち悪くなったのかべぇっと舌をだす。

『まあでもこのヴァンプ化はもう100年も確認されていませんし、あなた方 六花は一族ごとに出現する能力は大方決まっているので大丈夫です』
『…本当?』

真理愛の不安そうな声に家庭教師は優しく微笑む。

『えぇ…あなた方は大丈夫ですよ。ヴァンプ化の能力はもうきっと出現しませんから』






「…ヴァンプ化?なんだよ、それ」

愁は聞いたことがない言葉に戸惑う。

「昔、能力の出現の話を聞いた時に家庭教師の先生が言ってたの!人間種を吸血種に変える能力があったって!」
「真理愛、それは確かか?」

弦里の言葉に頷く真理愛。

「もしかしたら、海偉くんは今吸血種になろうとしているのかもしれない」

真理愛の言葉でその一帯が固唾を飲んだ。