その頃私はいつも本を読んでいた。
周りの子ども達が外で遊ぶ中、私はずっと部屋の中にいた。
部屋の窓から眺める外は私には眩しかった。
聞こえる音も多い、五感が人より鋭いせいでよく体調を崩していた。
そんな中両親が死んだ。
仕事先で事故にあったと言うのだ。
親戚もいなかった私は養護施設へと送られた。
あまり感情が顔にもでなければ自分の感情に鈍感で両親が亡くなっても涙ひとつ見せない私を大人達は少し気持ち悪がっていたのを覚えている。
養護施設に行っても私は何ら変わりはなかった。
毎日毎日部屋で本を読んで過ごす生活。
そんな時だ。
兄様が現れたのは…。
『陸玖ちゃん、ちょっといいかな』
施設の先生が珍しく声をかけてくるそれを不思議に思い先生の後をついて行った。
客間に通された私は部屋の窓から外を眺める男の人に目がいった。
『陸玖ちゃんの親戚の人よ』
先生はそう言った。
自分に親戚がいたなんてこの時まで知らなかった。
私に気づいた男の人は私を見るなりニコッと笑った。
『陸玖迎えに来たぞ』
緑色の瞳がきらりと揺れる。
私の目と同じ色。
それが加賀美空羅、兄様との出会いだった。
それから私は加賀美家へと引き取られ養護施設を出た。
何が何だか分からないまま加賀美家へと連れて行かれた。施設の外へ出るのは久しぶりで、街中の音や人の匂い、気配…様々なものに当てられ加賀美の家へ着いた頃には身体が悲鳴を上げていて熱を出していた。
『空羅、お帰りなさい』
『お帰り空羅』
出迎えてくれたのは加賀美の両親。
ふんわりとした雰囲気の女性とキリッとした少し怖そうな男性。
その2人を見るなり兄様は優しい笑顔になった。
『ただいま、この子が陸玖だよ』
『あら、可愛い。陸玖ちゃんこれからよろしくね』
『疲れただろう、食事にしようか?』
両親の優しい笑顔、暖かい家。
何だかこの人達は他の人と違って嫌な感じがしなかった。
その瞬間安心したのだろうか、私は意識を失った。
次に目が覚めた時見慣れない天井に加賀美家に来たんだと思い出す。
覚醒しない頭で天井を眺めていると、横から視線を感じ視線を横へと向けた。
するとそこには空羅とよく似た幼い子どもが陸玖をじーっと見ていた。
陸玖と目が合ったその子は一瞬びっくりした顔をして部屋から出て行った。
『兄ちゃん!陸玖が起きたー!』
その声と共に空羅とその子が部屋に入ってくる。
『陸玖、大丈夫か?』
陸玖は空羅のその言葉にコクっと頷く。
『まだちょっと熱高いな、ご飯食べれそうか?』
『…うん』
『じゃあ、少しでもいいから食べような。あ、そうだ』
空羅は海偉を自分の前へ誘導した。
『こいつは海偉、俺の弟だよ。陸玖よりは3歳年上だ。仲良くしてやって』
陸玖は空羅から海偉へと視線を移す。
少し緊張気味の海偉の表情が面白かったのを覚えている。
それから私はこの加賀美家で色々な事を教えて貰った。
加賀美家は代々ヴァンパイアハンターの一族の末裔として今も【リアゾン】と【リデルガ】の均衡を保つため影で色々な仕事に就いていること。
ハンターの一族は緑の瞳で生まれる事が多い事、そして私の父は空羅と海偉の母親である希那きなさんと姉弟きょうだいである事。
色々な事を少しずつ…。
『陸玖ちゃんは悟(さとり)によく似てる』
『…お父さん?』
『えぇ、目の形とか特にね。』
希那(きな)さんはたまに私の父の話をしてくれた。
父はハンターの一族に生まれた事が嫌で、成人してから加賀美の姓を捨て私の母と結婚したのだと言う。ハンターの歴史は深い、完全に切り離す事は出来ずたまにハンターの仕事をしていたのだそう。その時は教えてくれなかったが、私が13歳になった時両親が亡くなったのはハンターの仕事中だったという事実を教えてくれた。
加賀美家に来た陸玖の一日と言うと希那さんの家事の手伝いをしたり歳の近い海偉とよく一緒に遊んだ。
空羅はハンターの仕事に忙しくたまにしか家にはいなかったが家にいる時は海偉と陸玖とよく遊んでくれる優しいお兄ちゃんだった。
陸玖には兄弟はいなくひとりっこであったため空羅と海偉の関係は少し羨ましいと思っていた。
空羅が海偉を見る目も海偉が空羅を見る目も尊敬や愛を含む眼差しだったのを覚えている。
兄を慕う弟、海偉は空羅が帰ってくるといつも一番に出迎えていた。
『兄ちゃん!』
そう言って空羅に飛びつく海偉。
『ほら、陸玖もおいで』
そう言われ陸玖も空羅に遠慮気味に飛びつく。
その陸玖の行動に空羅も海偉も笑った。
そんなただ穏やかな日常がずっと続くと思っていた。
加賀美家に来て一年が経った頃、ここでの生活にも慣れ陸玖は表情が顔に出るようになっていた。
そんな時だった陸玖の一言が始まりだった。
『兄さまに会いたいな』
陸玖のボソッと呟いた言葉だった。
何気ない一言。
『…会いに行く?』
『え?』
『俺も兄ちゃんに会いたい、』
『でもどこに行ってるか分からないよ?』
『…俺分かるよ』
家を出た海偉は迷いもなく歩みを進めていく。
小さな身体で一生懸命着いていくる陸玖を気遣いながらも海偉は歩みを止めなかった。
『…ここどこ?』
境界線付近の森の中、枝や草花を押し退け進んでいく。
『…兄様こんな所にいるの?』
『前に後を付けたんだ、あそこ』
海偉が指さしたのは大きな古いトンネルのような通路。
海偉は中には入らず、入口の近くの木を背もたれにし座る。
『ここで待っとこう、兄ちゃん来るから』
『…うん』
陸玖は海偉の隣に座りただじっとふたりでそのトンネルを見つめた。
そして待てど暮らせど空羅は現れない。
痺れを切らした陸玖は徐おもむろに立ち上がるとトンネルへと走り出す。
『陸玖!ダメだって!』
『大丈夫だよ~、兄様に会うだけだからっ!』
『陸玖っ』
トンネルの入口に立つと冷たい風が一気に流れ込んでくる。それでも陸玖は走る足を止めなかった。
暗いトンネルの中も空羅に会えると思ったら何故か怖くはなかった。
『陸玖!戻って!』
海偉が慌てるように声をかけ追いかけてくる。
その時ピタッと陸玖の足が止まった。
『…陸玖?』
追いついた海偉は陸玖の視線の先へと目を向ける。
『……。』
誰?陸玖の目の前には同じ歳くらいの子どもが蹲っている。
『大丈夫?』
海偉は蹲っている子の背中を撫でながら声をかける。
『…お兄…』
『…気持ち悪い?大丈夫?』
海偉の言葉に反応を示さない子ども。
どうしようと不安になっていると…
『お兄!!!その子から離れて!!』
陸玖の大きな言葉。
『…ぇ』
その瞬間海偉の身体がふわっと浮いた。
衝撃で目を瞑る。
『海偉、大丈夫か?』
耳に指す居心地のいい声がした。
『兄ちゃん!』
空羅はしっかり海偉を抱き抱え、その子どもから距離を取っていた。
『陸玖、もう大丈夫だ』
『…兄様』
『海偉、陸玖連れて逃げろ』
『でも、兄ちゃん…』
『大丈夫だ、父さんと母さん呼んできてくれ。』
『…陸玖行くよ』
海偉は陸玖の手を引っ張りトンネルから出ようと試みる。
『いや!兄様といる!』
『ダメだよ!陸玖!』
『陸玖!!』
空羅が陸玖の名前を呼ぶ。
『帰ったら何して遊ぶか考えとけよ!今日は朝まで付き合ってやる!海偉!頼んだぞ』
空羅の言葉に海偉は頷いて、陸玖の手を引っ張りトンネルから出た。
その後の事はあんまり覚えていない。
気づいたら大人達が沢山いて、兄様は死んだと言われた。あの子どもが何だったのか、どうして兄様が死んだのか私は覚えていない。
兄様が死んで加賀美家は変わった。
朗らかで優しかった希那さんは自室に篭もり続け時折部屋からは泣き声と叫び声が聞こえ、海偉の父は仕事ばかりで家に寄り付かなくなった。
あの時私がトンネルの中に入らなければ兄様は死なずにすんだのか…。
そんな事をずっと考えていた。
兄様が亡くなって一年経った頃、希那さんも死んだ。死因は自殺。兄様を失った事が耐えられなかったんだろう。
私がここに来なければずっと幸せでいられたかもしれない。
お兄から兄様を奪わないで済んだかもしれない。
みんなみんな、私のせいだ。
私の…。
『…陸玖』
『………』
『陸玖のせいじゃないよ、僕のせいだよ』
そう言って希那さんのお葬式が終わった後お兄は私の前で初めて泣いた。
声を押し殺しながら、大粒の涙を流して。
その姿を見ていたら、私も涙が止まらなくてふたりしてその日は目が腫れるまで泣いた。
誰も知らない。ふたりだけの記憶。
まだ幼い私たちには残酷で心が壊れそうで、助けてくれる大人もいなかった。
だから、ふたりで耐えた。耐えたんだ。
もう二度とあんな思いしないって…。
「お兄!!!!!!!」
手を伸ばしても掴めないものってきっとこの世にはあると思う。でも今は絶対に掴まなきゃいけない時何だと思う。
陸玖は倒れる瞬間の海偉の身体を受け止める。
「お兄!しっかりして!お兄!」
ぐたっと力が抜けた海偉の身体。
「…嘘だ、ろ」
海偉の首元から血液が流れる。
「あはははははっ!美味しいねえ〜とっても美味しいよ〜!ハンターの血ってこんなに美味しいんだね!でも…なんか前にも似た味あった、な…?」
珀はケラケラと笑いながら、少し考える。
「…まぁ、でも僕覚えてないし」
するとゴォォオという音と共に地震のように揺れ始めた。そして部屋が崩れ始め床は地割れを起こしたように割れ始める。
「うわっ!」
愁の目の前で床は地割れを起こす。
そのせいで、陸玖と海偉の元へと行けない。
「陸玖!!海偉!!!」
名前を呼んでも周りの音がうるさく愁の声が届かない。
泣か叫びながら海偉の名前を呼び身体を揺さぶる陸玖の姿。その目の前でケラケラ笑う白髪の男。
それを最後に愁は意識を失った。


