六花の薔薇



屋敷の一室。
暖炉には火がぱちぱちと燃えている。
暖かい部屋に大きなソファ。
そのソファに寝転びながら男は目の前のスクリーンを眺める。

「…いいの?」
「なあーにが」

黒いワンピースに身を包んだ夜々ややは部屋の片隅に身を潜めソファの上の男に声をかける。

「…プレイヤーのひとり人間種だった」
「あぁ、そうだな」

ぶっきらぼうに答える男に夜々は眉をしかめる。

「…気づいてたの?」
「気づいてねーわけねーだろ」
「…じゃあ、なんで」
「…良い機会だと、思ってな」

そう言うと男はソファから立ち上がりスクリーンへと目を向ける。
スクリーンでは人間種の女と吸血種の男が子ども達を守りながら行動している姿が映し出される。

「さて、始めるか」

そう一言呟き、男は一瞬にして部屋から消えた。
夜々だけが部屋に取り残される。
夜々はただジッとスクリーンを眺める。
ただジッと…。その瞳に焼き付けるように。























一通り話し終えた少年は最後にこう締め括った。

「だからね、僕達は逃げるしかないんだ」

その少年の話を愁と陸玖は物陰に隠れながら真剣に耳を傾けた。
その話は信じられないものだった。
物心ついた時からから既にこの鬼ごっこに参加していたというのだ。
その子は運が良く今まで逃げ切っていたが、大体は幼い子ども故 大人の吸血種からは逃れられず餌食になり絶命する事が殆どだという。
愁は頭を抱え俯く。

「…こんな事あっていいのかよ」

俯きながら呟く愁の姿。
陸玖は怒りが湧いてくるのを必死に抑えた。
一体いつから鬼ごっこが行われていたのか分からない。ただ六花である最高権力者達がこの事実を見逃していたという事に愁は自分自身に怒りを覚えた。

「鬼ごっこはいつ終わるの?」

陸玖の言葉に少年は頭を傾げる。

「…わかんない。いつも気づいたら牢屋に戻ってるから」
「…戻って、る…」

この話を聞いて陸玖は先程の黒いワンピースの少女を思い出す。
きっとあの少女が御影の言っていた能力者だと確信する。それは陸玖特有の鋭い感がそうだと言っていた。
陸玖が【学園】を出ようとした時陸玖の目の前に御影が現れ『首謀者は能力者だ。100年前に六花権限を失った元貴族。油断するなよ』それだけ言って去っていった。
御影の言っていた六花権限を失った元貴族。
気づいたらこのよく分からない部屋にいた事、少年の言う牢屋にいたという発言。
それは全てあの少女の能力なのか…。
そもそも能力者はひとりなのか…。
まだまだ分からない事が沢山ある。

「…誰かの能力か…」

愁の言葉に敵は何人いるんだと心が騒ぐ。

「陸玖、さっき海偉も参加してるって言ったよな?」
「…ぁ、うん。この子がね、鬼ごっこが始まる前に人間種のお兄さんと会ったって、」
「うん!そうだよ!人間のお兄さん!お姉さんと同じ目の色してたの!」
「…目?」

そう言われ愁は陸玖の瞳に目をやる。
パッと見は黒だが、よく見ると深い黒に近い緑の瞳だ。

「おぉ、緑だ。気づいてなかった」
「うん!初めはね吸血種かなって思ったの、吸血種は色んな目の色してるでしょ?でもね、なんとなく人間だと思って。人間は黒なのに緑色綺麗だなあって覚えてたの!」
「…遺伝?」

愁の言葉に陸玖は答える。

「ハンターの一族の血を引いてる人間は瞳は緑で生まれる事が多い。何故かは知らない。」
「ふーん、じゃあそのお兄さんってのが海偉って事か?」
「多分、お兄だと思う。緑の瞳の人間種なんてハンターの一族しかいないもの」
「そのお兄さんとは何処で会ったんだ?」
「牢屋だよ!僕達が暮らしているところ。ヤヤとトキが連れて来たんだ」
「ヤヤ?トキ?」

すると少年はそのふたりについて話し出す。

「ヤヤは女の子でトキがお兄さん!いつも一緒にいてね、トキの言う事は絶対だよ。逆らっちゃダメなんだ」
「そのふたりが能力者ってこと?」

陸玖が愁に聞く。

「…多分な」

その愁の言葉に陸玖は頷く。

「お兄…じゃなくて、さっきの人間のお兄さんもそのヤヤとトキって人に連れて来られたの?」

陸玖の言葉に少年は頷く。

「そうだよ、トキが牢屋に連れてきたんだ。でもねお兄さんを見つけたのはハクだよ」
「…ハク」

次から次へと聞き慣れない名前が出てくる。
その時点で三人の名前が挙げられた。
能力者は最低三人いるという事なのか…。

「鬼ごっこが始まるまでお兄さんと一緒にいたんだ。だからきっとお兄さんも何処かにいるよ」

何処かにいる…。
その言葉に海偉は生きている…その事実に陸玖は安堵する。ただきっとお兄の事だから私や愁のようにきっと子どもを守りながら逃げているはず。

-どうか無事でいて…

そう陸玖は心の中で呟いた。