海偉が攫われた翌日の早朝、翼は御影と愁と共に町の外れにある館に来ていた。
古い年季の入った館。館の看板には『占いの館』と書いてある。通された部屋は薄暗く、丸い机に数脚の椅子、そして片目を隠した細目の男。

「いや〜えらい可愛い子やなあ〜」

その男はへらへらと顔を緩ませ翼を下から上までくまなくみる。御影は咄嗟に自分の背後に翼を隠し男を睨みつける。

「ミカちゃん、そんな顔せんとって別に取って食おうってわけちゃうやん」

愁はその様子をみてクスクス笑っていた。

【時は遡り数時間前】

-ピルルルルッ

相手は夜中だと言うのに1回のコールで着信を取る。

『…(はと)、聞きたい事がある』
『なんや〜、ミカちゃんか〜?どないしたん〜』
没落(ぼつらく)貴族について…』

電話越しの相手はその言葉を聞いてククッと笑う。

『そんなん聞いてなんの意味があるんなあ〜』
『ハンターの一族のひとりが攫われた。相手は能力を保持しているのが分かった。』
『えらいことやなあ〜、まあ教えたってもええけど、報酬はどないするつもり?』
『…いくら払えばいい?』
『ん〜、そやなあ。あ!あれでええわ!』
『…あれ?』
『【リアゾン】から連れて来た子。その子でええわ』
『は?』

その言葉に御影の頭は真っ白になる。

『知らんとおもた?舐められたもんやなあ〜。何年情報屋してるとおもてるん』
『…いや、』
『別に渡せ言うとるわけやないよ〜、見たいだけよ。』
『……』
『この目でダンピールを…』
『……っ』
『んじゃ、交渉成立やな。早朝おいで、待っとるよ』

まだ返事もしていないのに切られた携帯を片手に御影はため息を付いた。


そして今に至る-。
翼は何故ここに連れて来られたのか分からず御影の後ろに隠れる。

「かわええなあ〜、名前は何て言うの?僕は鳩言うんよ、よろしゅ〜」

ニコニコ笑う片目の男に独特な奇妙な雰囲気を感じながら翼は名前を発する。

「…翼です」
「翼!名前もかわええなあ〜」

見るからに怯える翼を見て御影は翼から自身に視線が移るよう鳩に向き直る。

「鳩、連れてきただろ。早く情報を」
「ミカく〜ん、そんな早まらんでや〜」
「…人がひとり連れ去られてるんだ。早く情報を貰わないと困る」
「…大丈夫やよ、海偉くんは〜」
「…は?なんで、海偉って…」

その瞬間空気が変わったのが分かった。

「分かるよ〜、連れ去られたん海偉くんやろ?大丈夫や〜まだ時間あるし」
「何なんだよ、時間って」

愁は鳩に詰め寄る。

「時間は時間よ〜、それより先に翼ちゃんの話聞きたいなあ〜」

へらへらと笑う鳩に御影と愁は段々怒りが湧いてくる。一刻も早く海偉を見つけなければ何をされるか分からない。命が無事だという保証も時間が経てば経つほど望みは薄くなる。
そんな中鳩の態度はより一層のふたりの苛立ちを掻き立てた。
そんな苛立ちの空気を翼はしっかりと受け取る。御影も愁も凄く怒っているのが分かった。

「…私の事は…海偉さんが無事帰ってきたら話しますので…」
「翼!」

翼のその言葉を御影は制止する。

「ほんまに〜!嬉しいわあ〜、じゃあ何処から話そうかなあ〜。そやなあ〜、まず君らの言う没落貴族ってのは恐らく蘭寿家(らんじゅ)やろなあ」
「…蘭寿(らんじゅ)家」

御影は何処かで聞いたような名前に反応する。愁は心当たりがないのか検討も着いていないようだ。

「もう100年前になるわ、蘭寿(らんじゅ)家が没落したんわ。」

そして鳩は話し始めた。

「ミカくんも愁くんも今は六大貴族なんて言うけどほんの100年前までは七大貴族って言われとったんは知っとる?」
「あぁ…」
「じゃあ、没落した理由は?」
「「………」」

その事についてはしらないようだった。

「ん、蘭寿家が没落した理由は人間種を売っとたからや」

-人間種を…?

その言葉に絶句する三人。

「…でも人間なんて、【リアゾン】にしかいねーよな。吸血種は【リアゾン】に出入り出来ねーし何処で人間を…」

愁は頭をフル回転するが答えが出ない。
どういう事だ?と今の上にははてなが浮かんでいる。

「…血の争い」

御影が呟く。

「そや、血の争いで世界はふたつに分かれた。その際【リデルガ】に取り残された人間種。その子孫を蘭寿家は繁栄させとった」

-繁栄…?

翼は背筋がゾッとした。
【リアゾン】の歴史の授業でも世界をふたつに分けた際に取り残された人間種を正しく【リアゾン】へと送る活動がなされていたと習った。そして全員【リアゾン】へと無事に送られたと…。鳩の話を聞いて【リアゾン】で聞かされた歴史は偽りだったとだと分かった。

「ほんで、金のある吸血種に人間種を売っていたんよ。裏社会で、高値でなぁ」
「………」
「それが当時の鋳薔薇家にバレて没落したんやわ」
「没落したってことは血筋は終わりだろ?能力者産まれるっておかしくねーか?」

愁はどういう事だ?という風に頭を悩ます。

「そんなん簡単やわ。裏では血筋が続いとったゆーことやないか。名前変えてな」

御影は少し考えて言葉を発した。

「その蘭寿家の今の名前は?」
「さぁ〜なあ〜」

鳩は両手を広げ首を傾げる。

「わっかんねーのかよ!!」
「君ら僕が何でも知ってる思たあんかよ〜」
「名前分かんねーと居場所も掴めねーだろが!!ぁああ!!」

愁が発狂したかのように頭をガシガシかく。
この【リデルガ】を統治する六花にはある程度どの一族が何処に住んでいるか、どのように繁栄していっているかなど管理する部署がある。
名前さえ分かれば大雑把に目星をつける事が出来る。
蘭寿家のように没落した貴族の名前なんてものは記録から消される。それに次期六花であるまだ若者の六人は知らない事が多すぎる。
その時部屋の扉が開き誰かが入ってくる。

「鳩様、情報が届きました。」

そう言って部屋に入ってくるのはふたり。
8歳ほどの子どもだった。

遊磨(ゆま)遊爾(ゆに)。やっときたかあ〜」

遊磨と呼ばれた男の子は鳩の右側に遊爾と呼ばれた女の子は鳩の左側にそれぞれ移動し二人揃って何かを耳打ちする。
すると鳩は笑って何かを紙に書いていく。

「もうすぐ、始まるみたいやわ〜。ここに行き。きっと海偉くんもおるやろ」

そう言われた鳩に渡された紙には住所と時間が書かれていた。

「仮面着けて行きや、服装は正装な。やないと入れて貰われへん。」
「なんで海偉がここにいるって分かるんだよ」
「最近金持ちの吸血種がよーそこに出向いてるわ。それはもう熱心にな。」

鳩がそう言うと御影は何かを察したように鳩と視線を合わせる。

「…人間種をまだ売っている?」
「分からん、けど何かあるやろな。定期的に開催されとる。表向きはただの舞踏会やけどなんか怪しいんよ」
「…御影」

愁は不安そうに御影の名前を呼ぶ。

「言うけど僕の感外れたことないよ」

そう言って笑う鳩の顔を御影は真剣に凝視する。そして紙に書かれた住所と時間を確認する。

-今日の午後19時。

「…行くよ」

御影は愁と翼に声をかけ部屋を出ようと鳩に背中を向ける。

「じゃあ、気おつけや〜」

鳩は三人に手を振る。鳩の横にいる遊磨と遊爾も同じように手を振る。
翼は最後にチラっと鳩に視線を移す。

「翼ちゃん、また()いよ。待っとるからね〜」

その笑顔が少し怖かった。
扉が閉まる瞬間の鳩の目は鋭い目をしていた。
そして三人は『占いの館』を後にした。