ふわふわとした感覚が身体と頭を襲う。
まるで雲の上で寝ているかのように…ただただその雲に身体を預けるように…。

「…っ!」

目が覚めると知らない天井が目に入った。
頭はまだぼーっとし、浮遊感が身体を襲う。
その感覚に気持ち悪さを覚え吐き気がしてくる。

「起きた?」
「……琉、伽…?ぁ、お兄は!?」

勢いよく起き上がると頭がぐらっとした衝撃で吐きそうになる。

「…ぅ」
「そんな急に起き上がらない方がいい、まだ弦里の血の効き目が完全に消えてないから」
「…血……」

そう聞いてさっきの光景をなんとなく思い出す。
あの時は興奮していて何が何だか分からなかった。

「…っち、くっそあいつ、気持ち悪いことしやがって」
「ん~、まあ…あんまりそう言ってやらないで。陸玖ちゃんを落ち着かせるためにやったんだから」

陸玖は琉伽を睨む。
それでもキスをするなんてどうなのかと心の中で訴える。

「で?お兄どこ?」
「本当に六花の誰かが連れ去ったと思ってる?」
「違うの?てかなんで知ってんの?やっぱり連れ去ったんじゃん」
「違うよ、陸玖ちゃんを気絶させた後俺が見たんだ」
「ほんとっっお前ら気持ち悪い」
「………あぁ、そう、だね」

琉伽は少し寂しそうに瞳を伏せる。
その表情に陸玖はバツが悪くなる。
本気で六花が連れ去ったとは思っていなかった。ただあんな悪ふざけな写真を撮って送ってくること自体に腹が立った。

-何であんたがそんな顔すんだよ

「……ちっ。ってちょっ…と、待って…じゃあ、お兄はどこに…いるの?」

-え?どこ?誰にどこに連れていかれたの?

「…それは、」

陸玖は琉伽の返事を待たずしてベットから抜け出す。
ガクんっっ
まだ足に力が入らなくてその場に崩れる陸玖。

-あ…ダメだ…思い出しちゃダメだ…

そう思った瞬間早くなる呼吸。
心臓は激しく脈を打ち始める。
思い出したくない過去の記憶が蘇ろうとする。
あの日…まだ幼かった日。

「はっはっ、お兄…お兄…はっ、」
「陸玖…ちゃん?」

浅はかだった自分の考えが…。

『陸玖!ダメだって!』
『大丈夫だよ~、兄様に会うだけだからっ!』
『陸玖っ』

-なんでこんな時に思い出すの…?

「早く行かなきゃ…早く…」
「…おい、」
「はっぁはっ…じゃなきゃ、じゃなきゃ……」

上手く息が吸えない。
変な汗が身体を覆う。

『兄様…お兄…』

-赤、赤、赤…赤…暖かい…赤…赤?

あるはずのない真っ赤な生暖かい感触が陸玖の手のひらを覆う。もう何年も前のことなのに今起きているかのように目の前が赤く染まる。
部屋一面血で染まる。

「あぁあぁぁぁぁぁ!!!!」
「陸玖ちゃん!?陸玖ちゃんっ!?」
叫ぶ陸玖。

琉伽は咄嗟に陸玖を抱きしめる。
耳を押え泣き出す陸玖に琉伽は抱きしめることしかできない。震える体を必死に抱きしめる。乱れる呼吸はどんどん酷くなる。

「大丈夫、海偉は絶対に見つけるから…っ」
「はっはっ…お兄…」
「陸玖ちゃん、大丈夫だっ、大丈夫」
「あぁぁ…ごめん、なさい…兄様…」
「…ぇ…?」

ガクンと急に意識を失う陸玖の身体を支える。
その時頭に映像が流れてくる。

『陸玖、もう大丈夫だ』

そう言って笑う陸玖に背を向ける男。

-誰だ?

「…ひとりは嫌…お兄…ちゃん 行かないで…」

そういって陸玖は再び眠りについた。
眠るは顔は辛そうに眉をひそめ、頬には涙の後がついている。いつもヘラヘラと憎まれ口を叩き飄々とした様子の陸玖だがこんなに取り乱すのは初めて見た。
琉伽はその顔を眺め「…海偉」と呟いた。