【-5年前】

舞踏会デビューを果たした真理愛が出会った王子様は笑顔を忘れ、目には闇を宿していた。
あんな無邪気に笑っていた鋳薔薇御影は空白の数年間の間に何かあったのは一目瞭然だった。
その異様な雰囲気に身体が強張った。
まるで別人のようだった。

そして彼の隣に静かに立つほんのりグレーの髪の少し背の高い少年もまた瞳に闇を宿していた。
その暗い瞳が真理愛を捉える。
スッと真理愛を見つめる彼…。
その視線に背筋がぞっとした。

「真理愛?」

後ろから慣れ親しんだ声がする。

「壱夜…」
「……」

壱夜は真理愛の反応を見て真理愛が見ていた視線の先を見る。

「ぁ、琉伽」
「知ってるの?」
「…うん」
「…ぇ、ちょっ壱夜!?」

壱夜は真っ直ぐにと琉伽と呼ばれた少年に向かって歩く。そして二人の前でピタッと歩みを止める。

「…琉伽」
「………」

御影は目だけ動かし、壱夜を目の端で捉えまた視線を戻した。
そう少しイラついている様子の壱夜が御影に何か言うとした時、琉伽が制止するように割って入る。

「ごめん、まだ…」

琉伽はそういって御影を横目でチラッとみる。御影はボーっと一点を見つめる。
魂の抜け殻のように肉体がそこにあるだけのように見えた。

「あれ?君は?」

琉伽は壱夜の横にいた真理愛に目を向ける。

「ぁ、えっと…」

急に話しかけられ戸惑う真理愛。

「俺の婚約者」
「ぁ、そうなんだ」

そう言って笑う琉伽。

「なら、将来関わることになるね。俺は次期六花の一人の桃李琉伽よろしく」
「…よろしくお願い、します。私は真理愛と言います」
「うん、よろしくね。壱夜に婚約者がいたなんて知らなかったよ」
「言ってなかったし。別に隠してもねーけど」

ぶっきらぼうに壱夜は呟く。
この時真理愛は琉伽と出会った。
13歳の冬、真理愛は瞳に闇を宿した御影と再開を果たしたのだ。
木々が風で揺れる中、真理愛は広場の木陰に隠れるように座り木に背中を預ける。

-雲一つない空

真理愛は空を眺め過去を反芻する。
御影が何故あんな風になってしまったのか。その理由が知りたくてそしてあの無邪気な笑顔がもう一度見たくて…。
何か出来る事はないのかと思っていた。
将来、六花の婚約者なのもあってよく会議に出かける壱夜についていっては、御影を遠くから眺めていた。
話す機会なんて早々なかったけど、ただ姿を見てはほっとする自分がいた。



【-4年前】

壱夜の六花会議にいつも通りついてきた真理愛は庭で本を読んでいた。

ガチャ

扉が開く音がして真理愛は振り返る。

「…ぁ」

真理愛は息を飲む。
そこには御影が立っていたのだ。

「………」

何も話さず、ボーっと虚空を見つめて…。

-あれ?会議は?

そんなことを思って声をかける。

「…ぁの、御影様」

真理愛の声に小さな反応を示す御影。

「…会議は…?」
「今日は、話してくれるんだね…」
「え…?」

-今日?もしかして…あの日の事…覚えて…。

無邪気な笑顔を見せてくれたあの日のことを…

-覚えていないと思っていたのに…。

「…うっ」

その瞬間御影は頭を抑え苦しみだした。

「大丈夫ですか!?御影様?」
「…はっ痛っ…」

目の前で膝をつき苦しむ姿が見ていられなかった。真理愛はどうしていいか、分からずとりあえず背中をさする。

「…御影様…」
「…あれ、俺…」

御影は真理愛の顔をみる。

「話した…?いつ…?」
「…御影、様…?」

動揺した瞳が真理愛を取らえる。
その瞬間ふわっと風を感じた。
すると真理愛の横に大きな背中が立ちはだかった。

「…御影」

ほんのりグレーの髪が月夜に揺れる。

「…やっぱり、不十分か…」

ーえ?

琉伽がボソッと呟いた、真理愛はその言葉を聞き逃さなかった。

「皆待ってるよ、戻ろう」
「…はっ、頭が…」
「大丈夫、すぐ収まるよ」
「……………」

琉伽は御影を支え立つと真理愛に背を向けて歩き出した。

「あの、」

琉伽は振り返り真理愛を見る。

「御影様は大丈夫なんでしょうか…」
「大丈夫だよ、心配ありがとう」

そう言ってニコッと笑って屋敷に戻って行った。ひとり残された真理愛は御影の小さな背中を見つめることしか出来なかった。
御影の異様な様子、琉伽のあの言葉…。
薔薇が咲き乱れる中庭で初めて出会った彼は優しい笑顔をしていたのに。
再会した彼は薔薇の棘のように近づくなといわんばかりの棘をさらけ出している。
今のように砕けて話すようになるまで時間はかかった。前のように笑ってほしくて、真理愛は壱夜が会議の度ついていった。
他の六花の人とは壱夜は幼い頃から交流があったため、壱夜が輪に入れてくれた事もあり打ち解けるのに時間はかからなかった。
ただ御影を除いては…真理愛は御影の姿を確認する度挨拶をかかさず、少しずつ少しずつ彼は言葉をかけてくれるようになった。

「…ため口でいい」
「え?」

それは突然だった。

「そんな無礼なこと出来ません!」
「六花の5人にも言った」
「私は六花ではありません!」
「…いいんだ、それでも…対等に話せる相手がほしい…」
「…御影様」

その時思い出した。

『皆話してくれないんだ、視線だって合わせてくれない まるで、僕はここにいないみい…』

幼かったあの日の言葉を…。

「…わかりました、今日からタメ口で行きます…」
「うん、ありがとう」

そう言って御影は少し笑った。
それから、愁の父親のおかげもあって七人で交流する事が増えた。一緒に色んな事をしていくにつれ堅苦しさはなくなり、話し方や呼び方が自然に崩れていった。そこはさすが子どもだなと思う。

あれからもう4年。
翼がきてから御影は前より少し笑顔が多くなった。雰囲気も柔らかくなったような気がする。
それも全て翼のおかげだだと分かっている。

-なのに…

あの光景を見て、真理愛は御影の友達になりたかったのではなく唯一無二の特別な存在になりたかったんだと再認識した。
御影の隣が翼ではなく自分だったら…弱さも全て見せてくれたなら…そんな叶いもしない思いばかりが募っていく。御影は次期後継者だ。
まず身分が違う。

-バカみたいだ…本当に…。

それでも、諦められなかった。
あの笑顔をもう一度みたいと思ってしまった。
自分が笑わせたいと思ってしまった。
でももう翼がいる。吸血行為を許すあの御影の幸せそうな顔をみたら…もう…。


「あれ?真理愛ちゃん…?」

声をかけられ振り返る。

「…かぐや、どうして?」
「庵様から翼さんが濃吸症にかかったって聞いて、お見舞いにきたんです」
「…ぁ、そ、っか」
「濃吸症はわりと辛いですから、何か熱に効くものをいくつか持って…って真理愛ちゃん?」
「………」

何故だかかぐやの顔が見られなかった。
視界が揺れて、視界が眩む。
そして頬に雫が伝う。

かぐやはそっと真理愛に近づく。

「…あれ?なんで、私…」

頬の雫を手の甲で拭う。それでも止まらない。
次から次へと溢れ出す涙は決壊したダムのように崩壊する。

「…真理愛ちゃん、」

かぐやは真理愛の名前を呼んでぎゅっと抱きしめる。

「…ふっ、」
「………」

何も言わずただぎゅっと…

「…うっ…」

-大好きだったのになぁ…



ただ声を押し殺して泣いた。