六花の薔薇



「温室…」

キィーと大きな扉を開く
ガラス張りの天井から煌々と太陽の光が降り注ぐ。

-暖かい…

綺麗な植物達に陽の光が当たって水滴に反射してキラキラ光る。心地良い暖かさに眠気が襲う。なんだかここは落ち着く。

「あれ、愁様、庵様?」

落ち着いた声が後ろからした。
振り返ると、そこには柔らかい雰囲気の細身の男性の姿。

「ゼっさん」
「ゼツさん」
「珍しいですね、お二人が来るなんて」
「ちょっとなあ~」

愁と庵に交互にゼツは挨拶をして翼に視線を向ける。

「この可愛らしいお嬢様は?」
「翼!新しい仲間」
「……こん、にちは」

ゼツはボーっと翼を見る。

「?」

翼を通して違う誰かをみているような、そんな不思議な眼差し。翼が疑問に思っていると…

「こんにちは、私はこの温室庭園の世話をしている十全じゅうぜん 絶ぜつといいます」

何事もなかったかのように挨拶をする絶。

「あ、伊崎翼です」

目が合ってニコッて笑う絶。
少し恥ずかしくなって目を背ける。

「翼に【学園】内案内してんの!」
「そうなんですね、気に入る場所はありましたか?」
「……えーっと」

まだ図書室しか行ってない…返答に困っていると。

「まだ、図書室しか行ってないんだ」

横にいた庵が言う。

「図書室!といえば琉伽様は元気ですか?」
「元気だよ、相変わらず本ばっか読んでっけど」
「それは良かった。初等部の頃はよくここで琉伽様と庵様が一緒に本を読んでいましたね。また機会があれば琉伽様もお顔を見せに来て頂けると嬉しいとお伝え下さい」
「伝えとくよ!ありがと、ゼツさん」

その後絶の案内で庭園内をぐるっと回った。
絶は翼が気になった植物を詳しく説明し、四人でワイワイと楽しい時間を過ごす事ができた。
翼は久しぶりに少し笑えた気がした。

「笑ってる」
「ん?」
「翼だよ、ほら」

絶の植物の説明を聞きながら笑って会話する翼の姿。【リデルガ】に来て、あんな表情を愁はみたことがなかった。
知らない世界に連れてこられたのに翼はいつも落ち着いていて目の前で何が起きようと反応が薄かった。
御影と琉伽が翼を連れて【リデルガ】に帰ってきた時琉伽の胸で寝ている翼を見て人形みたいだと思った。
寝ているからそう思うだけなのかと思ったが、翼は表情があまりなかった。
分けもわからない世界に連れて来られたのに、泣きも喚きもしない。
【学園】で襲われた時も、怖い思いをしたのにも関わらず表情は変わらなかった。

そんな翼が微笑んでいた。
まだ出会って間もないのになんだかその姿が妙に嬉しかったのだ。

その光景を眺めていると…

「頬、緩んでる」

庵に指摘された。

「え」

自分のほっぺを片手で包む。

「まあ、良かった」

庵がポツリと呟いた。
表情が変わらないのは庵も同じだ。

『俺達は将来この『リデルガ』を任されているようなヴァンプだ、普通お前のようなダンピールが一緒にいていいようなヴァンプじゃないんだよ、俺達は』

口ではあんな事を言うが、少し安心していたのがその横顔から分かった気がした。
御影が海偉に言ったように【リアゾン】にいる方が危険だからという理由だけで翼を【リデルガ】に連れてくるはずかない。
もっと他の何か理由があるに違いない。
あの御影だ。きっと何かあるはずだ。