陽が落ち鋳薔薇(いばら)家の大きな屋敷に帰る。部屋にあるシャワー室でシャワーを浴び(つばさ)はベットにダイブした。

最近の【学園】生活で身体はかなり疲れていた。【リデルガ】での教養は一切身につけていない為【学園】の勉強についていくために予習復習は欠かせない。

-勉強しなくちゃ…

(つばさ)は重い身体を起こし勉強を始めようとしていた。
部屋に用意された大きな机に向かう。そこに座ると暗い広い部屋を見渡す事ができる。

-”あの家”とは大違い。

”あの家”は狭くて息苦しくて、そこにいるのにいないみたいな…そんな”家”だった。
【リアゾン】を出れば、何か変わると持っていた。広くて暖かくて全て揃っているこの部屋にいても、”あの頃”とは何も変わらない。
心はいつも冷たいまま…(つばさ)は机に突っ伏、意識を手放した。



『…ごめんね』

『…愛してる…わ、(つばさ)

『…あの人の宝物…』



「っっ!」



【リデルガ】に来て、毎日夢を見る。
最後の母親の言葉。気づいたら突っ伏したまま寝ていたのだ。寝汗を掻いて目が覚めた。
時計を見ると夜中の2:30を指している。変な体勢で寝ていたせいか身体も頭も痛い。

「…最悪…今日も、眠れない…」

(つばさ)は椅子から立ち上がりカーディガンを手に取っていつもの場所に向かう。
広い廊下を通って階段を下り、大きなガラス張りの扉を開ける。
その瞬間、サアーっと風が花の香りを運んでくる。

そこは鋳薔薇いばら家の大きな庭園。
薔薇の花が綺麗に咲き乱れる。
月夜に照らされ薔薇が輝く。
まるで宝石のように…。

ここは(つばさ)が眠れなくて屋敷中を歩いていて見つけた場所。眠れない夜はいつも庭へ続く階段にに座って、月を眺めるのが日課になっていた。

「…………」

環境が大きく変わり分からないことばかりで頭が追い付かない日々。
母の言葉もここに連れて来られた意味も…。

「11回目」

静寂を遮って後ろから声がする。

「……御影(みかげ)

そこには月明かりに照らさた御影みかげの姿があった。

(つばさ)がここに来るの。眠れないの?」

御影(みかげ)はそういって(つばさ)の隣に腰を折ろす。

「…うん」
「…そう」

二人の間に沈黙が流れる。
御影(みかげ)も月を眺める、その横顔がとても綺麗だった。

「母親のせい?」

唐突に聞かれた言葉。

「…ぇ?」
「最後の言葉、(つばさ)かなり困惑してたから」

『…私のこと邪魔だったんじゃないの?産まなきゃよかったってそう思ってたじゃなかったの?ねえ、お母さん!!』

あの日の自分の言葉が蘇る。

「あんなこと言うなんて思ってなくて……」

物心ついた時にはもう母の笑顔は思い出せなかった。ずっと怒って、厳しくて疎ましいんだと(つばさ)はずっと思ってた。

だから…


『…愛してる…わ、翼つばさ』


あの言葉を聞けるなんて思っても見なかった。

「…そっか」
「……ぅん」
「…俺も、やっぱり母親っていう存在はよく分からない」

風に吹かれて消えそうな、そんな小さな声。

「…でも、これだけはなんとなく分かった」

御影(みかげ)は月から翼つばさに視線を合わせる。

「あの言葉に嘘はなかったと思う」

御影(みかげ)の真っ直ぐな瞳が(つばさ)を貫く。


『お母さん!お母さん!』

『なあに?(つばさ)?』


小さな小さな記憶…。
(つばさ)を抱きかかえ優しく微笑む若き日の母親の姿。そんな穏やかな優しい記憶が微かに蘇る。


「…ぅ、ふっ……」


唐突に溢れ出す涙。
もう帰れない住み慣れた家。
(つばさ)は腕に顔を埋め静かに泣いた。
御影(みかげ)(つばさ)が泣き止むまで何も言わずずっと隣にいた。

そんな記憶忘れていたかった。その方が苦しくないから。思い出せば出すほど悲しくなるから。忘れた事にして、そっと閉まった。もう思い出さないように厳重に鍵をかけて…。









静かに泣き出す(つばさ)を横に暗闇を照らす月を眺める。愛しているとかいないとか、本当のところは分からない。人は簡単に嘘をつく。
けれど、(つばさ)の母親のあの時に言葉だけは嘘ではなかったと信じたい。
琉伽(るか)に記憶を消される前に微かに動いた唇。


(つばさ)をお願いします』

愛する娘を【リデルガ】に連れていかれ、娘に関する記憶も消されるはずなのに『お願いします』だなんて…。普通はもっと抵抗してもおかしくない…なのにあの冷静さに状況を飲み込む早さ…。

-彼女の母親は一体…