三学期が始まって最初こそ落ち着かなかったが、1月の終わりには火事もどうやら自然発火らしいとなり、大矢場先生にも皆が慣れ、坂本と郁人も仲直りし、穏やかな日々が戻って来ていた。

変わったことと言えば、郁人だ。
懲りずに二回目の告白をしてきた1年生の六道恵水という子と付き合い始めた。
エミリと呼ばれていたが、本名は恵水と書いてエミで、この辺りでは有名な造り酒屋の娘だと芽生から聞いた。
普段、山袋では酒は禁忌だが祭りの時は持ち込みを許されるが、そこの日本酒が奉納され、みなに振る舞われた。
だが、みな自分を見失うほど飲むことは無い。

「ねぇ彼女は家に連れてこないの」
「その話はしない」
「なんで。ねーねーねー」
1月の終わり、郁人はテスト勉強をあいも変わらず私の家でやっていて、仕事で疲れた父はもう寝ていた。
郁人は三学期から正式にサッカー部の副部長になり、前よりも忙しそうだった。
「黙れ」
「節分に連れて来なよ。私、舞いをするから見てね」
「なんでだよ。あれやるの小学生だろ」神社の仕事は基本的には小学生の女の子達が担うのだ。
「巫女舞する子がインフルエンザにかかって出来なくなった。私は六年で巫女舞いして去年も次の子に教えたから、まだ覚えてる」
「去年やった子は?」
「インフルエンザ。教えに行って移ったって」
「だめ。やるな」
「郁人には決める権利ない。お山様のために踊る人が必要なんだよ」
「巫女舞は危ない。最近倒れた凛花が踊る踊りじゃねえだろ」
「たくさんは回らないから大丈夫」
「だめ。これ以上凛花を心配したくない」
「心配かけてごめん」
この集落に生まれた私には、踊らない選択肢はなかった。
お山様を怒らせてはならないのだ。


「先生、明日山袋の節分祭に行きませんか。クラスのみんなで行こうって話してます」
金曜日の帰りのホームルームで芽生が手を挙げて発言した。
「節分祭があるんだ。いいね。豆を撒くの」
「豆まきあります。那珂都山神社の節分祭はすごくて、このあたりの祭りでは一番面白いんです」
「へぇ。出店が出たりする?」もうみな不規則に次々と祭りのことを先生に話はじめた。
「出店は無いけど、けんちん汁とあんこのおもちが食べられます」
「豆まきは、お相撲さんが来ます。いつも三人は来て、豆まきして、四股踏みをするんです。すごく大きい」
「巫女舞があって、今年は凛花がやります」
「櫻井が踊るのか」
「本当は小学生がやるんですけど、インフルエンザが流行って経験者の私がやることになりました」
「それは見てみたいな。五十嵐は何かやる?」
「ハイ。俺は今年は鬼で、…鬼の面に白装束に藁沓で祭りを回ってから、現世(うつしよ)の悪いものを引き連れて川の水で体を清めます」
「わー、寒そうだな。風邪ひくなよ」
ホームルームはおわり、みな明日の待ち合わせの約束などをしながら、それぞれ部活へ向かった。
私は体育館へ行かず、外の部活棟へ行く郁人を追いかけた。
「鬼やるの聞いてない」
「昨日、神社にやるって言ったんだ」
「鬼は高校生以上でしょ」
「そうだな。ほら、体育館いけよ」
郁人はそれ以上は私を相手にせずに、靴を履いて昇降口から出ていった。

翌朝、朝六時に那珂都山神社へ行き、白装束で水で身を清めたあとに、巫女の控室に小学生の女の子たちと入った。
みな知っている顔だ。化粧をされるのを待っているあいだも、おしゃべりが止まらずかわいい。
本番までには時間があり、順番に髪をやり化粧をして、最後の通し稽古をした後は、衣装を着付けてもらい、化粧の仕上げをして本番だった。
巫女はそのあいだ男性には会わず、お世話をする割烹着姿の女性たちに囲まれて過ごす。

仕上げの化粧をしてくれたのは宮司の奥さん、つまり俊兄ちゃんのお母さんだった。
真っ白く白粉を塗られ、目の周りや眉、最後に唇に紅をさす。
「急に頼んだのに引き受けてくれてありがとうね」
「いいんです。前にやった時も楽しかったから。みんなの前で舞って、最後本当に何かが見えました」
「巫女舞をした子はみんなそう言うの。あなたのお母さんも巫女舞をして、私は後ろで演奏をしていたけれど、ゆっくり弾こうと思っても周りにつられてどんどん曲が速くなって…」
「お母さんは?」
「最後ピタリと曲の終わりと一緒に止まって、舞台から皆を見下ろしてた。見ていた人はお母さんにくぎ付け。その時の写真が新聞に載って、なんとかって賞を取ったはずよ」
「初めて聞きました」
「あらそう。今度、探しておくわね。さあ出来上がり」
鏡の中の自分を見た。おしろいで白く光るようで自分の顔なのに、人間ではないようにも見えた。
「凛花ちゃん、鏡をごらんなさい。なんて綺麗なの。お山様が喜ぶわ」


全て踊りの型は決まっている。

手の角度、目線をどこへやるか、足の向き、神楽鈴を鳴らす時の手首の動き。踊りはゆっくりと始まり、単調な音楽が次第に拍子を速め、太鼓の音に急かされるように速くなる。
最後まで型通りに踊れ笛の高らかな音でピタリと止まるとおしまいだった。

戦後最年長の巫女舞と言われ、二回目の事もあり、失敗は許されなかった。
稽古は2日間みっちりとやったが、途中曲を見失う恐れは存分にあった。
本来は12月から稽古して、2月2日が本番だ。
「みこさまは怖くないの」
舞台の袖に行くと、楽団の女の子が私に声をかけた。
「私たちにはお山様がついているから大丈夫。安心して舞台にお出でなさい」
口から出てきた声も言葉も自分のものではないようだった。
女の子はうなずいて自分の列にもどり、奉納の巫女舞が始まった。


次にハッとした時は舞台から降りて、控えの間で小さな女の子たちに囲まれて座っていた。
「みこさま、みこさま、お山様は来たの?」
まだ化粧をし、衣装を身に付けたままの小学生たちが私を見つめていた。

「来た」
私はうなずいた。
踊りの終わりの笛の音とともに、確かに見た。
「お山様は喜んでいらした?」
「とてもとても喜んでいらした。今年はとてもいい年になります」
わぁと女の子たちの静かな歓声が上がった。