・ある通販サイトのレビュー

 最近イライラがたまってたんですよね。仕事もうまくいかないしお局様にはいびられるし、なんにもいいことないなって。それで、ストレス発散によく女性もののフリマアプリを見るようになったんです。ちょっと高級な商品を扱ってて、フリマでもストレス買いするほどの余裕はないかなぁ、なんてとこだったんですけど。
 そこにとっても素敵なワンピースがあって。モデルさんが来ている写真も付いてたんですが、レビュー欄に『こんな素敵なお嬢さん、お山にいらっしゃい、ここのものいくつでも買ってあげますよ』ってなんか危ないコメントがついてて。レビューなんてほとんどつかないか『素敵ですね!』『良かったです』みたいな一言コメントは多かったので目に着いて。
 で、私は特にその日イライラしていたのと好奇心もあって、その奇妙なレビューに返事してみたんですよ。
『ほんとにいくつでも買ってくれるんですか? 興味あります!』
 なんて我ながらしょーもないこと書いたなって思ってその日はスマホいじるのやめたんです。翌日、興味本位でそのフリマアプリを開いて私がつけたコメント欄を見てみたら返信が来てて……。
『お山へいらっしゃい、たけの子も美味しいよ、買ってあげるよ、お山へいらっしゃい。処女だととても嬉しいです、いらっしゃい』
ってなんかわけのわからないセクハラめいた話になっていたので、無視してアプリの商品みたりして時間を潰してました。ただアプリを閉じる前に問題のレビュー欄をもう一回見てみたら……。
『×××××―〇〇〇です。お山にいらっしゃい、皆待ってます』
って具体的な住所まで示してあって。九州地方だったんですけど……。とにかく不気味でさっさとアプリを閉じて寝る事にしたんです。それから何日か忙しい日が続いて、問題のアプリも見てなかったのですが、その夜はふとあの書き込みが気になってアプリを開いてみたんです。そしたらレビュー欄のいたるところに『なぜお山に来ない、なんでも買ってやる』『お山に来い、皆待ってる』みたいな書き込みがびっしりと書かれていたんですよね……。
 なんだか私責任感じちゃって。運営も削除をしてるみたいなんですけど、次々に新しいアカウントつくってるみたいで。それで何かヒントにならないかなって、レビュー欄にあった『×××××―〇〇〇』をストリートビューで調べてみたんです。そこにはお山と言われるだけあってそんなに高くないけど山が立っていました。カメラも山の中には入れなかったのか映像はそこまで、360度見まわしてみると村のようで特に気になるようなものもなく、あ、でも神社がありました、大きな石も……。
 いたずらかなって思ってもう一度山の画像を見たんですが、さっきみたときより薄暗くなっていて……。もちろん気のせいだと思うんですが、それがもう怖くて怖くて。ストリートビューを切ってフリマアプリサイトに戻ったんですが、新しいコメントがいっぱいでどれも同じ言葉で――

『嫁入りせよ』って。



・2023年8月号 怪奇! 布団の上で溺死した少年の謎!

 今回小誌が皆様に紹介するのは、我々の独自ルートで発見した情報、『布団の上で溺死した少年』の話である。場所は×××××―〇〇〇の麓に広がる小高い丘である。ここには大きな石と小さな観音菩薩像が祀られているが、それ以外はなんの変哲もない広場である。
 地域への取材でこの石は大石様と呼ばれている事が判明した。ただ、大石様が何かは皆語ろうとしない。観音菩薩像の下には和紙でくるんだ飴玉があり、子供たちが何か唱えて持っていく。インタビューを試みると、『呪文を唱えたあとの飴は大層甘くて美味しい』のだそうだ。その呪文を聞いてみると
『えんかしきしことあさりぬ
 えんかしきりことあさりぬ
 えんかしきりことあさりぬ』と三度唱えると良いらしい。奇妙な呪文だがどこかの宗教の呪文かと考えたが、あいにく当てはまるものはみつからない。私も忘れないうちに観音菩薩像の前で呪文を唱え、飴をとってみたがとても甘美で素晴らしい味であった。
 しかし、観音菩薩像の下にいつ、誰が飴を置いているのかは村でもよくわかってないらしい。我々はこっそり飴をいくつか持ち帰ることに成功した。今度は呪文を唱えずに食べてみるつもりである。また、冒頭の溺死した少年にはこの飴と大石様の因果が関係しているらしいが、それも村の人間はほとんど口を割ろうとしない。
 小誌は引き続きこの謎を追っていくので、読者各位は見逃すことの無いようお願いしたい!

 追伸、複数持って帰った飴のひとつを小誌記者が無断で持ち帰り家で舐めたという。録音された音声をここにテープ起こしする。『えー、例の呪文を唱えて食べる飴を、何も唱えずになめてみたいと思います。では、味は……苦い! めちゃくちゃ苦いです! 甘味なんてどこにもない。うわ、これどーしよ、ちょ、無理です。吐き出します。げぼ、げほ、げふ……ゲボォ! オボッ、おえ、オゴゴゴゴゴ、げふ、げふっ、げふっ、なんで、止まらな……ゲボォ、ゴフ、ゴボ(以下記者の咳き込む声)』
 送られて来た音声(途中で途切れていた)からただ事でないと判断した我々は、救急に通報し我々も記者の家に向かった。一足早くついた我々はカギのかかっていなかった部屋に侵入、寝室で溺れたように水に包まれた記者を発見した。遅れて来た救急隊員たちの見立てで、彼はその場で死亡が確認された。記者の死因は溺死であった。記者は、村の少年同様自宅のベッドで溺死していたのだ。
 我々はこれからも最新の注意をはらいこの情報について取り扱っていく所存である。



・私の事と彼女の事

 寺内さんから久しぶりに連絡が入ったのは三月の終わりであった。
「お久しぶりです!」と人好きするような快活な声は相変わらずだ。連絡があったのは一年ぶりくらいだろうか? 元々私と彼女になんの接点もなかった。ただ、1年前都内某所で開催された怪談の集いで意気投合したのが馴れ初めである。
 私は恥ずかしながら売れない怪談作家として良いネタはないかと何度か顔を出し、大学三年生の彼女も怪談好きとして何度も顔を合わせるうちに馴染みとなった。寺内さんは自分の知った怪談を分け隔てなく私に供給してくれたし、私は怪談好きの先輩として怪談バーなどに連れて行ったものである、
 寺内さんはそこそこの世間話を終えると、少し声を緊張させて言った。『私、来年から□□□□社で働く事になったんです!』□□□□社と言えば怪談大手の数少ないこの業界の生き残りだが、前日取材中の記者が亡くなったことで評判は良くなかった。一方、マニアにはそのほうが大いに受けたのだが。
 危なくないのかな? とやんわりと咎めてみるが、彼女は憧れていた会社に入れて意気軒昂といったところであった。『だいじょうぶですよ、ガイドラインも新しく出来ましたし、卒業したら怪異を求めて全国を飛び回るんですよ、めちゃくちゃ楽しみです』彼女のテンションにおわれて、私も曖昧な祝いの言葉しか言えなかったが、どうにも気になった。
 というのも、大きな石と観音菩薩像の祭られた祠は私も以前取材しているのだ。干ばつが続き、これまでかというときに村に大きな石ーーそれは巨岩というに相応しいものが落ち、そこから恵みの雨が降り注いだというものだ。
 以来、村人はその石を大石様、石碑様と呼んで崇めているらしい。
 観音菩薩像の下に飴は置かれたというのは初耳だったが、元々の逸話からあまり良い気はしない。呪文を唱えて貰っていくというのも気になる。その呪文で大石様は何かを蓄えているのだろうか、とは勘ぐり過ぎであろうか。そもそも、誰も観音菩薩像の下に飴を置いているところをみたことがないということが気になる。飴はいったいどこから運ばれ、あの場所に設置されたのだろう。
 一抹の不安を覚え、寺内さんには張り切り過ぎないように伝えたが『私が全部解き明かしてみせますよ!』とやる気満々だった。結局私は時折連絡をくれる事と、その土地できめられたことは破らないという約束事だけとりつけて連絡は終わった。どうにも不安が拭いされないが、どうしようもないことだと自分を納得させるしかなかった。
 そこでふと、私も大石様に関して過去に取材したことがあるのを思い出した。


・大石様

 これは××××の〇〇〇にある山間部に伝わる巷説である。
 この話をしてくれた矢田さんによると、そこにはひとつの石が祀られていたらしい。
 石と言ってもかなりの大きさで、高さは子供の背丈ほど。横幅や奥行きもかなりあり、石というよりは巨岩と呼ぶにふさわしい様相であるという。
「でも、そこに住んでいる人たちは皆、大石様とか石碑様って呼ぶんだよね」

 そもそもこのひとつの石、大石様が祀られ始めたのはかなり昔にさかのぼる。山間に段々畑のようにして沢山の耕地が広がる村……現在はいくつもの村や町が合併し、ひとつの市となっているこの場所は、古くから農業が盛んであった。
 蜜柑の木を育て、田畑を耕しては野菜や米、それに芋なども生産していたらしい。
 しかし、ある時村に深刻な干ばつが訪れた。雨の降らない日が続き、農作物も枯れ果てもはやこれまでかという時に、山の頂から大きな石が落下してきたそうだ。
 その瞬間、今まで晴れ渡っていた空に分厚い雲が立ち込め、乾ききっていた村の畑に恵みの雨をもたらした。村の人たちはこの雨に深く感謝し、雨を運んできたように現れた石を崇めその場所に祀った。

 これが大石様の由来なのだという。
 大石様の前には広場が設けられ、隣には小さな観世音菩薩様の像が置かれている。
 Yさんの子供のころの通学路であったこの場所には、ひとつの奇妙な風習があった。
 どのようにして置かれ始めたのかわからないが、観世音菩薩様の像の前にはたくさんの飴玉が供えられるようになった。ひとつひとつ丁寧に和紙にくるまれたもので、舐めるととても甘い味がしたそうだ。
「この飴を貰うのには決まりがあってね」
 Yさん曰く、観世音菩薩様の像から飴を貰う時には『おん あろりきや そわか』と三回唱え手を合わせてから頂く、というしきたりがあったらしい。
 なぜそうした決まりが出来たのかも、誰が大石様の横に観音菩薩像を設置して飴玉を置き続けていたのかもわからないという。

 ある時、大石様の前を通ったひとりの男の子が、ちょっとしたいたずら心から呪文を唱えずに飴玉をごっそりとつかみ取った。
 口に含んだそれは大層苦く、男の子はびっくりして大石様に向かってその飴を吐き出してしまったらしい。
 大石様の祟りを恐れた男の子の両親は一生懸命にお参りをして、石を清めた。しかし、ある夜その男の子は就寝中に容態が急変し、死亡してしまった。
 村は大騒ぎになったが、人々を震え上がらせたのはその子供の死因であったという。
 彼はなぜか自室の布団のなかで、溺れたように窒息して死んでいたのだ。

「雨を司る大石様の祟りだって教わったけど……」
 ちょっと横を向いたYさんが、首を左右に振って続けた。
 村の騒ぎは、大石様の存在そのものにまで話が及んだらしい。
「村の中には、こんな危険な石は即刻祀るのをやめるべきだっていう意見もいっぱい出たらしいんだけど」
 大石様を撤去するべきだという意見が出てから、何日も雨の降らない日が続いた。
 日照りが二週間を過ぎるころには、大石様を悪く言う声も次第に小さくなっていったという。
 そこで村の宮司が改めて大石様に祈祷を行うと、真っ青な空に雲が垂れこめ、ポツポツと雨が降り出した。
 それっきり、村では大石様を失くしてしまおうという意見は出なくなった。
「一度祀ってしまったものは、簡単に下ろすことは出来ない」
 宮司の言葉に、誰も反論することが出来なかった。
 ただ、大石様の周囲にはぐるりと柵が張り巡らされ、たとえ村人であろうと容易に近づけないようになったらしい。

 今でも近くの子供たちは朝には大石様の前でラジオ体操をして、観世音菩薩像の前で呪文を唱え飴玉を貰っていく。
 最近は、布団のなかで溺れて死んだ男の子のことは、語られなくなったそうだ。



・連絡1

「これが私が取材した大石様に関する情報だよ」
 一週間後、再び連絡を取った寺内さんに一通り話し終えると、私はふぅっと息を吐きだし告げた。話を聞いた寺内さんは興奮気味に『すごいじゃないですか!』と言った。『□□□□社の取材よりしっかり話を取れてるじゃないですか、さすがは怪談作家ですね』と早口でまくしたてる。
「そんなことないよ、近くの人に運良く聞けただけだし。でも不穏な話だろう?」
『ええ、ますます調べてみたくなりました! 私も先生みたいに裏をとりたいです!』
「裏なんてとってないよ、ただ話を聞いただけだよ」
『でも、一度祀ったものは簡単に降ろせないとか興味深いなぁ、ますます調べてみたくなりました』
 遠ざけようと思って資料を漁って聴かせたが、寺内さんの興味はなおのこと高ぶったようだ。
「でも、これ以上何もないと思うよ? 完結してるというと変な言い方だけど、大体のことは話切ってくれたんじゃないかなぁ」
『それもそうですけど……××××に纏わるお話、他にも持ってたりしませんか?』
 そう言われてドキリとした。××××は親族の住所の近所なので、帰郷ついでによく取材に回ったのだ。
「まぁ、いくつかあるけど……今日は遅いしまた今度連絡とるよ」
『えー、ほんとですかぁ? 約束ですよ!』
「わかったから。じゃあ今日はこんなところで。××××の話はまたするから、くれぐれも軽率な行動は取らないようにね」
『はい、わかりました……』
 彼女は納得していないような声でそう告げて、通話を切った。



・天狗への捧げもの
 そりゃあひどい話だよ。非道な話っていったほうがいいかもな。とにかくろくでもない話さ。
 俺がガキのころ、もう七十年以上前の話さ。うちの地域、××××地方は雨がひどい地域でね、農耕で生活してる俺たちには厳しい土地だった。そんなある日、山で女の子が足を滑らせて沢に落ちて死んだ。するとどうだい、空を覆っていた雨雲がするすると流れていき、田畑に陽射しが差し込んだんだよ。
 それから何日も快晴で、村ではかつてないほどの豊作となった。
 村の祭りで村長が言った。「こりゃあお山の天狗様のおかげじゃ、感謝せんといけん」
 それで沢に落ちた女の子は天狗様に貰われたってことになったんだ。おかしいよな? 雨雲が晴れた事と、沢で女の子が死んだことはそもそも別々の話のはずなんだ。でもこの偶然の一致を村の連中は天狗様に捧げものをした結果、て思い込んでるんだよ。
 それからなんて目も当てられねぇ、毎年農耕の時期になると村は天狗様にお嫁を出すようになったーー意味、わかるか?最初の女の子が死んだ沢に村娘をひとり、落としてしまうんだよ。最初は村長の娘だった、いたくこの迷信を信じたーーいやこの天狗様と女の子の事故を関連付けて考えたのは村長だったからな。足にすがって泣く女房子供無視して、孫娘を沢に投げた。
 するとどうだい、その年も天気に恵まれて、また村はかつてないほどの豊作に見舞われた。これは何かあるってんで、いよいよ村長の言う事を村人も信じ始めた。そう、死んじまったのさ。それからは毎年どこかの家の娘が沢に落とされて、天狗様の生贄となっていったんだ。
 でもおかしいだろ?最初に村が快晴になったのと、少女が沢に落ちて死んだ事故は全くの別物だ。
 それなのにどうして村の奴らは、それをくっつけて考えてしまったんだろう。娘を取られたくない家が反発すると村八分にされたうえ、いつの間にか娘は沢で殺されていたりするんだ。
 でもな、ある年とうとう沢に落とす娘が足りなかったときがあった。子供はいたがまだ幼く、天狗様の怒りを買うってんで避けられた。けどよ、結局その年も豊作だった。だから俺は子供ながらに言ったんだ。「もう天狗様に生贄を出すのをやめよう」って。
 すると村長は言ったんだ。「天狗様のご不興を買うような事は出来ない、来年からまた毎年沢に女の子を落とす」ってな。
 結局、村が解体されて市町村に新しく編成されるまで続いたよ。娘たちの生気の抜けた顔がつらくてねぇ……次は我が身だ、明るくなんか振る舞える訳ねぇ。だからなぁ……××××には溜まってるんだよ、沢に落とされて死んだ女の子たちの霊がな。悪いことは言わねぇ。近づかねぇほうがいい。


連絡2
「なんかちょっと気になりますね」
 私が寺内さんと二回目の連絡を取った時、彼女は開口一番そう言った。
「気になるって言うと?」
「だって、同じ××××なのに、大石様の話は干ばつに苦しんでいて、天狗様のお話は長雨に苦しんでいるんですよ、これってあり得ることなのかな」
 彼女が言うように、同じ××××という地域で干ばつと長雨の被害が毎年起こると言われているのは妙ではある。ただし、××××はあくまで地名で、その指し示す範囲はかなり大きい。広大な山々が中心に背骨のように走っているし、天候の条件はそれが原因とも思える。
 はたまた、もともと長雨や干ばつの多い地域がすれ違うように数年間それを繰り返し、村人の間で信仰が生まれた可能性もあるのだ。特に大石様はいつ起きた事か年代も遡れない。山間の地域の天気が極端になることはままあるものだ。
 そう伝えても、彼女はいまいち不服そうだった。
「やっぱり悩ましいですよ、私、□□□□社に入ったら最初に××××を取材してみようと思ってるんです」
「いやぁ、あんまり深入りはしないほうが良いよ」
「でもこれだけ話を集めて、先輩だってもう十分深入りしてると思うのですが」
「いやいや、私なんてまだまだだよ。××××は踏み込み過ぎると行方不明になるって評判だから」
「行方不明……」
 寺内さんは意味深に頷いた。彼女の目が好奇心旺盛に輝いているのを見て、私は不吉な思いを拭えなかった。


・展覧会

 西澤さんは××××にある美術大学に通う四年生だ。
 ある時、西澤さんは友人たちとお金を出し合って、絵画の展覧会を行うことにした。
「僕らももうすぐ卒業ですし、思い出作りには良いかなって思って」

 西澤さんたちは銀座の雑居ビルの一角にある、小さな画廊を借りた。
 宣伝のチラシも学校の中とビルの狭い受け付けの脇に置いただけの、ささやかなものである。
 展覧会当日も、画廊は大して賑わうことはなかった。
 出展者の友人たちが連れ立って来るものの、一通り見ればすぐに帰っていく。
 画廊の受け付けを担当していた西澤さんとしてもそれは予想していたことであり、画廊の雰囲気とそこに並んだ自分たちの絵を見てぼんやりと楽しんでいた。

 展示会場のお客さんが誰もいなくなった折、ひとりの女性が受け付けにやって来た。
 黒のロングヘアーに金髪のメッシュがいくつも入っている、派手な女性だ。
 耳もそこらじゅうにピアスが開いており、黒いドレスのような服に身を包んでいる。
 ――誰かの彼女かな?
 美術大学には個性的な生徒も多かったので、西澤さんは彼女も学校の関係者だろうと思ったそうだ。
 女性は展示会場に入ると、ひとつひとつ丁寧に展示された絵をのぞき込んでいく。
 時には絵の前で足を止め、手を伸ばしてまるで絵に語りかけるような仕草もしている。
「本当に熱心に見ていまして。ボクとしてはやっぱり、お付き合いで来るだけの人よりちゃんと見てくれる人の方が嬉しかったですね」
 
 やがて、熱心に絵を見ていた女性は西澤さんに一礼して去っていった。
 自分たちの絵も捨てたものじゃない。
 そんなことを考えながら、西澤さんは再び無人になった展示会場を歩いて回った。
 あの女性が熱心に見ていたのは誰の絵だったのか、気になったのだ。
 確かこの辺りで足を止めていたはずだけど――。
 思い当たる場所に行き、いくつかの絵を見て回る。
 すると、展示されている絵の中に真っ白な何も描かれていない展示品があった。
 西澤さんの記憶では、ここには友人の女性が彼氏をモデルにした絵を飾っていたはずである。
 絵の下の小さなポップには『想い人』とタイトルもある。間違いないだろう。
 首をひねった西澤さんは、絵を描いた友人に電話で確認をする。
 電話に出た友人も確かに恋人を描いたと言っていた。
 事の次第を伝えると、友人は不安になり恋人に連絡を取ってみると言ったが、すぐに西澤さんに折り返しの連絡が来た。
 友人が言うには、彼氏と連絡が取れないらしい。
 慌てる友人を「何か用事があって電話に出られないだけかもしれない」と宥めたものの、白紙になった絵の跡を見て、西澤さんは言い知れぬ不安に襲われた。

 結局、それっきり友人は恋人と連絡が取れていない。
 友人の話では、恋人は家にも不在でバイト先も無断欠勤が続いていた。
 家族にも連絡が取れず、最終的には失踪という形になったのだという。
 友人は泣いていたが、西澤さんにも他の仲間にも、慰める言葉は見つからない。
「それで、絵が消えることについて色々人に当たってみたんですが……」
 西澤さんが絵が消える現象を探っていたところ、ひとつの噂にたどり着いた。
 展示会などで、絵を食うと言われている女の話だ。
 その女は、展示会にふらりと現れては、絵画のなかの食べ物を食して行ってしまうらしい。
 そして、絵の中には食べ物が消えた形で他の風景だけが残るのだ。
 しかし今回消えてしまったのは、人である。
 それに関しては、噂を話してくれた人も難しい顔をするばかりであった。

 それからというもの、西澤さんたちは実在の人物を絵のモデルとして展示することを辞めた。
 デッサンなどで描いたものも、慎重に個人か学校の倉庫で管理している。
 消えてしまった男性は、未だに音信不通のままだという


・連絡 4月6日
「もしもし、先輩ですか? 寺内です。今日から××××の取材、ゲットしました! もう今から楽しみです。色々わかったらまた連絡しますね」

・4月8日
『おかけになった電話番号は、現在電波の届かないところにいるか電源が入っていません』


「嫁入りせよ」


寺内さんが音信を断ってたから2週間が過ぎた。彼女は私が教えた話をなぞっていったはずだ。それならばいつか巡り合うハメになったであろう。それも仕方がない。私の番はいやだ。私の番はいやだ。私の番はいやだ。私の番はいやだ。私の番はいやだ。私の番はいやだ。私の番はいやだ。私の番はいやだ。私の番はいやだ。私の番はいやだ。私の番はいやだ。私の番はいやだ。私の番はいやだ。私の番はいやだ。私の番はいやだ。私の番はいやだ。

ひどい話。非道な話と言った方がいい。
彼女はもう戻らないだろう。私は深い安堵感に包まれた。