★
エルフの少女は、名をメイサという。彼女は近くのエルフの村に住んでいるとのこと。やっぱり長寿なのだろうかと気になって年齢を尋ねたところ、無言で左頬にほどよい強さのパンチを入れられ口を封じられた。
「ふーん、聞いたことない名前ね、ヤスイ・ヨナなんて。それに、こんなところに人間が来るなんて珍しい」
「こんなってどこだよ?」
「この世界、ユーグリッドの中でも最大の森、アリエス。それも深層部でしょ」
「はぁ……」
そう説明されても、この世界、ユーグリッドとやらの地理的な知識は皆無である。
「で、さっきはどうやってあのピンチを切り抜けたの?」
「まあ、餌を撒いてごまかした。アイテムのおかげだよ」
「なぁーんだ、戦闘能力が高いわけじゃないんだ」
露骨に「期待外れだなぁ」という雰囲気で、ため息を吐いてみせた。
「悪かったな、俺はいわゆるただの平民だ。」
少女は与那の腰のあたりをまじまじと眺めて言う。
「ははーん、さてはその光るポケットに、敵をごまかすアイテムを隠していたのね」
「じつはな、このポケットは100円ショップとつながっているんだ」
与那は両手でポケットをつまんでぴらぴらと動かす。
「100円ショップ? なにそれ?」
「異世界にある、創意工夫を込めたアイテムの宝庫ってとこかな」
するとメイサは目を見開いて驚いた顔をした。
「異世界って――まさかあの、神が啓示した異世界の救世主!?」
「はぁ? 誰だよそのテキトーなこと言う神って」
「ギャンドゥ神のことよ。知らないの?」
そう言われてギャンドゥ神の言葉を思い出す。
確かに神は『新たな世界の救世主となれ』と言っていた。こんなモブキャラの俺は、神に見込まれたというのか?
「知っているよ! その神の姿をした人形が、俺の働いている100円ショップに置いてあったんだ!」
「ほらー、知っているんじゃない!」
「でもなんで救世主が必要なんだ?」
「村がダークエルフに襲われたから、神に貢物マシマシでお願いしたの。そうしたら、『じゃあ異世界から救世主を送ればいいのね。りょっ!』という崇高な天啓があって――」
さてはあのギャンドゥ神とやら、死にかけた俺に救世主のふりをさせて体裁を繕ったな!?
「救世主は言えばなんでもやってくれるから、って神はおっしゃっていたわ。だからお願いがあるの!」
「それってもしかして……」
「村を襲ったダークエルフを追い払って、仲間たちを助けてほしいの!」
……だよね。そういう展開になる気はしていたんだけどさ。
異世界の救世主的ポジションを肯定してしまったがために、メイサに過剰な期待をされてしまった与那であった。
★
ダークエルフ――褐色の肌を持つ彼らはエルフと似て非なるもの。暗黒魔法を駆使して他の種族を襲ったり、あるいは裏の組織に属して暗躍したりする厄介な種族である。
「それじゃ救世主ヨナ、あたしの村、『ヴェンタス』まで案内するからついてきて!」
なるほど、ギャンドゥ神が「社畜」を求めていたのも理解できる。なんでも言うことを聞く便利な存在をご所望だったということか。
メイサは耳を立て、周囲を警戒しながら森の小道を進む。彼女の足の動きは軽やかで、まるで風を掴まえているかのように歩んでゆく。
メイサの後に続いてゆくと村の裏口に出た。森の中に広がる荒地に平屋の家が立ち並んでいる。あたりはすでに薄闇に覆われていた。村は見張りのダークエルフが数人、うろうろとしている。入れ替わり立ち替わり、小屋に出入りしていた。明るく光る窓では多数の人影、いや、エルフの影が行き来する。なにが行われているのか知りたいが、距離が遠くて中はよく見えない。
「メイサ、なにがおこなわれているか見えるか?」
「うーん、遠くて無理……」
「エルフっていっても目がいいわけじゃないんだな」
「このとおり、耳は人間よりずっといいんだけどね」
耳を指さしてぴくぴくと動かすメイサ。その動きはまるで小動物のようで、与那は思わずその耳をつんと触った。瞬間、メイサは「ひゃあ!」と声をあげて飛び上がった。
「耳、敏感なんだから勝手に触らないで!」
メイサはぽかぽかと与那の頭を叩く。よほど嫌だったのか、それとも恥ずかしかったのか。
「あいたたた……悪い悪い、動きが可愛くて思わず指が出ちまった」
「じょ、冗談言ってないで小屋の中の状況を把握しないと!」
メイサは顔を赤らめてぷいっと視線を小屋のほうに向けた。
与那は部屋の中を確かめる方法を考え、ふと妙案を思いついた。ポケットに両手を突っ込み、目当ての品物を探し出す。
じゃじゃん! なんでも視える『ルーペ大』と『ルーペ小』!
ルーペを両手に持ち、にかっと笑みを浮かべる与那。
「これはものを大きく視えるようにするレンズさ」
「すごーい! なんでそんな魔法が使えるのよ!」
メイサはそれを手に取り、近くの草葉を眺めてしきりに感心する。けれどルーペをかざして遠くを見ても風景はぼやけるだけだ。
「って、これ近くだけしか効果ないじゃん!」
「だからふたつ必要なんだよ」
両手にルーペを持ち、大きいルーペを持つ手を伸ばす。小さいルーペは目の前に掲げて照準を重ねてピントを合わせる。屈折式望遠鏡の原理だ。
ピントが合った瞬間、拡大された小屋の中がガラス越しにはっきりと見えた。数人のダークエルフが陣取ってふんぞり返り、豪華な食事を堪能している。村の住人から奪ったものに違いない。
「ちょっと、あたしにも見せて!」
「はいよ」
与那はピントを合わせた状態でメイサの背中から腕を回し、ふたつのルーペを構えて調節する。
「おおっ、すごい便利な魔法! ほんとうにおっきく視えるよ!」
「魔法じゃなくて物理現象なんだけどね」
ふと、与那は気づいたことがあった。それはダークエルフの服装や紋章がまちまちだということだ。それはダークエルフの軍が、寄せ集めの集団であることを意味していた。
もしかして、村を襲うために、かき集めた即席の軍勢なのか? そうだとすれば、ダークエルフに変装して敵の中に紛れ込むことができるかもしれない。
「よし、ちょっくら潜入捜査してくらぁ!」
「えっ、いくらなんでも無理なんじゃない? 見た目でばればれだよ」
「神から授かった力をなめんなよ! ――いでよ、100円アイテム!」
じゃじゃん! 『仮装シリーズ第15弾、即席エルフのつけ耳』!
ハロウィンパーティー用に仕入れたやつだが、エルフが出てくるアニメが人気で採用した新商品。売り出し中でめっちゃラッキーだ。
じゃじゃん! 『ブラウンマックス・ガングロファンデーション』!
懐かしのブーム商品企画で売られたのはナイスタイミング。これで肌の色をごまかせる。
与那はエルフのつけ耳を装着し、全身にファンデーションを塗り込む。露出した顔や手足だけでなく、つけ耳にも丁寧に。
「これで今日から俺はダークエルフ!」
メイサは与那の顔をまじまじと見てから周囲を一周した。
「なかなかのクオリティね! でも服装が駄目だわ」
「それならここは――いでよ、強そうな100円アイテムよ!」
じゃじゃん! 『万能黒ゴムハンマー(小)』!
「よし、攻撃アイテムを入手したぞ! 悪いけどひとり、犠牲になってもらおう!」
与那は万能黒ゴムハンマーをメイサに手渡す。メイサは真剣な表情になり、ハンマーを無言で受け取った。与那の意図を察したようで、一度だけうなずいてみせた。
周囲を巡回する見張りのひとりが近づいてきた。褐色の肌をした長身の男性エルフ。日本刀のような剣を脇に携えている。与那は岩陰から顔を出し、手招きをして誘い込む。
「同志よ、ちょっとこっちへ来てくれ」
戦いの幕開けに緊張感で胸が高鳴る。呼びかけると、ダークエルフは一瞬ビクッと体を硬直させて反応した。
「み……見たことのない方ですが、もしかして新顔さんですか?」
予想に反してダークエルフの声は微妙に震え、なんとなくそわそわとしている。不似合いな丁寧語は違和感満載だ。怪しんでいるというよりは、恐れているようにも見えた。
「まあな、正確にはこの世界での新顔って言うべきかな。それと――悪い、許してくれ!」
その瞬間、足音を消したメイサがダークエルフの背後から現れる。
――ゴンッ!
ハンマーを構えてダークエルフの後頭部をあらん限りの力で殴りつけた。白目を剥いてふにゃふにゃと倒れるダークエルフ。あっけない勝利だった。
「よくやった、メイサ!」
「どうだ、見たかざまみろ!」
茂みに引きずり込み、身ぐるみはいで手に入れた服を与那が着用する。これで遠巻きに見る分にはダークエルフと遜色ない、完璧な変装だ。
「ちょっと待って! もしもこいつが目を覚ましたらまずいんじゃない?」
メイサは横たわるダークエルフを指でさして不安そうな顔をした。確かに目を覚まされたら、ふたりの存在を仲間に知られてしまう。けれど口封じなんて恐ろしいこと、与那にはできっこない。
「じゃあ、どこかに縛りつけておくか」
「それは無理よ。エルフの類は魔法で自然界のものを自由に操れるもの。草の蔓なんて簡単に解いちゃうわよ」
「そうなのか……」
「だから、こいつはあたしが始末して――」
メイサは口元を引き結び、迷いなくハンマーを振り上げる。与那はあわててその腕を止めた。
「ちょっと待て! 寄せ集めの軍ってことは、こいつは雇われただけの兵隊かもしれない。死なせちゃだめだ!」
「じゃあどうすればいいのよっ!」
「それなら――そうだ!」
与那は妙案を思いついた。すかさずポケットをまさぐる。
じゃじゃん! 『結束バンド』と『万能ふきん』!
「この『結束バンド』は人間が合成した、自然には存在しない物質で作られたものなんだ」
「なるほど、それなら魔法は効かないはず。――でも、こんなにか弱そうなのに大丈夫?」
怪訝そうな顔で結束バンドを手に取って引っ張る。
「んっ、むっ――あれ、ほんとに切れないや! すごい!」
「へんっ、100円パワーを甘く見るなよ!」
メイサはダークエルフの手足を木の枝に縛りつけながら、「引っ張っても緩まないのすごーい!」と感動していた。100円アイテムの強度、侮りがたし!
あとは『万能ふきん』を口の中に詰めておいた。これで叫び声をあげることもできない。対策は万全だ。
「小屋の状況を確認したら小声で伝えるから」
「へ? いくら耳がいいからって、あそこから小声で話されたって聞こえないよ」
「へへーん、そんな時にはこれさ!」
じゃじゃん! 『紙コップ』、『セロテープ』、そして『裁縫糸』!
与那は紙コップをふたつ取り出し、その裏を糸でつなぐ。それらを組み合わせて糸電話をこしらえた。
「糸をぴんと張って話せば、どんなに遠くても声が届くのさ」
「すっごーい! さすが救世主の魔法!」
驚いてぽっかりと口を開けるメイサ。
「これも魔法じゃないんだけどね。じゃあ行ってくらぁ!」
与那は紙コップを手にして小屋へと向かう。堂々と歩いたせいか、誰も与那を気に留めなかった。着くと建物の陰に身を隠し、窓からのぞき込んで聞き耳を立てる。
するとエルフたちが縄で縛り付けられ、一箇所に固められていた。皆、表情は疲れ果て、絶望に満ちていた。くすんくすんと悲し気に泣いている者もいる。床には青白く光る魔法円が描かれていた。
豪華絢爛な衣装を纏うダークエルフが、部下らしき男と話している。
「ハーネス隊長、こいつらをどうしますか?」
「そりゃあオメェ、根こそぎ首を切り落とし、魔法円を通じてあの御方に捧げるのよ。さらなる魔力を与えていただくためにな」
「ではその恩恵、私も享受させていただいてよろしいでしょうか」
「みずから喜んで血に染まるとは、おぬしも悪よのう」
「いえいえ、ハーネス隊長ほどではございません」
「「くっくっくっ……」」
やべえぇぇ、こいつらやばすぎるうぅぅ!
捕虜のエルフたちは怯えた声をあげた。
血も涙もないダークエルフの計画に背筋が冷たくなる。すると部下のダークエルフはナイフを取り出してじりじりとエルフたちに詰め寄った。恐怖の叫び声が上がる。
のっぴきならない状況に、すかさず糸電話でメイサに連絡を入れる。
「エルフたちがまずい!」
「えっ!? じゃあ、あたしはどうすればいいのっ!」
「俺が引きつけるから、魔法でいっぺんに片づけてくれ!」
「それ無理! 救世主なら救世主らしくあっさり片づけなさ――プツリ」
メイサが力んだせいで、あえなく糸が外れたらしい。
もう待ってなんかいられない。与那は腹をくくって小屋の扉を開け、中へと飛び込んだ。
「ちょっと待ったぁ!」
「はぁ? 誰だおめぇ!」
刃を手にしたダークエルフたちの前に立ちはだかる。とはいえ、思わず飛び込んだものの作戦なんてあるはずもなかった。
こうなったら、ハッタリでもなんでもいい! とにかく相手を引き付けて、そのタイミングでメイサに魔法を唱えてもらうしかない!
「俺は異世界から舞い降りた救世主ヤスイ・ヨナ! 崇高なエルフを虐げるその残酷マインド、今ここで悔い改めてもらおう!」
「救世主だとっ!?」
どうか、中二病の俺の意気込みが通じますように!
与那は両手を高々と掲げてからポケットの中に勢いよく突っ込んだ。
「深淵の闇より出でし悪魔の化身ヴァーディ・グラッツガーよ! 轟音を響かせ、敵の心臓を破壊し、魂を闇に葬り去れ!」
ポケットから取り出した100円アイテムを、ダークエルフに向けて構える。
パアアァァァン!!
銃弾が放たれたような破砕音が小屋の中に響く。
カラフルな紙吹雪や紙テープが飛び散り、硝煙の匂いが立ち込めた。
100円ショップの定番商品、『パーティークラッカー』。エルフは耳が敏感だから、この音に驚くはずだと考えた末の策だ。
「ヒイイッ! 俺の心臓が、俺の心臓がァァァ!」
ハッタリが通用したのか、恐怖で怯えるものや、気を動転させる者がいた。次々と取り出して連打する。
パァン! パァン! パァン!
クラッカーの連打で敵は混乱していた。
よし、これで時間は稼げる! メイサ、早く来てくれ!
与那はクラッカーの追撃を浴びせようとしたのだが――。
あれ? ポケットの中にクラッカーの感触がない!
奥まで手を入れて必死に探るが、固く冷たい棚の感触が伝わってくるだけだ。
ふと、薄いプレートのようなものが指に触れた。取り出してみると赤い文字が書かれていた。
『SOLD OUT』
まじかぁぁぁっ!
ハーネスと呼ばれたダークエルフは、憔悴する与那の様子を感じ取ったようで、すかさず全員に号令を出した。
「動揺するな、奴は魔力切れだ! やっちまえ!」
魔力切れというよりは品切れだ。使いすぎるとあとがなくなるという制約が待っているとは盲点だった。
やばい、やばい、やばい! なにかこの世界にはなくて、相手を驚かせることができるものは――。
すると手に触れたものがあった。その感触に記憶のあった与那は「これならいける!」と確信した。
「地獄の権化ズヴァーグルよ、業火から出でし七つの光を放ち、黒き愚者らの魂を無慈悲に殲滅せよ! その神秘の光は、すべての悪を焼き尽くす!」
じゃじゃん! 『着火ライター闘魂君』と『夏の夜を彩る花火』!
ライターを目の前に突き出して点火すると、ダークエルフたちは驚いて足を止めた。
「こいつ……詠唱なく瞬時に炎を発動させたぞ!? 皆の者、警戒せよ!」
花火にライターの火を灯すと、激しい勢いでカラフルな炎が噴き出した。
「おらおらおらぁ! 魂を昇天させられたくなければ、とっととここから立ち去れェェェ!」
どこかへ行ってください! お願いしますから!
無我夢中で花火をダークエルフに向かって振り回す。
「あちっ、あちちちっ! なんだ、この見たことのない光彩の魔法は!」
「エルフの奴ら、こんなに神秘的な力を持つ者を味方につけたというのか!?」
「くそう、異世界の救世主とはほんとうのことなのか! 未知の魔法など相手にできるはずがない! 危険だ、退けェ、退けェェェ!」
ダークエルフたちは花火のまばゆさと未知の魔法との遭遇に恐れおののき、魔法円の中に飛び込んでゆく。次々と吸い込まれるように姿を消していった。
どうやら尻尾を巻いて逃げたようだ。
「はぁ、はぁ……やった!」
小屋の中に置いてあった水入りのバケツに花火を捨てると、じゅっ、と音がして光が消えた。けれど心臓の高鳴りは止まらない。
そこでメイサが必死の形相で小屋に飛び込んできた。
「ダークエルフどもら! あたしの渾身の一撃を受け――あっ、あれ?」
敵の姿がなくなった部屋を見渡してぽかんとするメイサ。与那と目が合うと茫然とした顔で尋ねた。
「まさか――ヨナがみんなやっつけちゃったの!?」
「まあな……ははっ」
顔をちょいちょいと掻きながら、100円アイテムのクオリティに感謝する与那であった。メイサは瞳を潤ませ、与那に向かって駆け寄り勢いよく飛びついた。
「ヨナ、最高の救世主だよぉぉぉ!!」
「ちょっ、やめろよ恥ずかしいから!」
縛られたエルフたちが与那たちを見ていた。気づいたメイサははっとなって与那から身を離した。
けど、エルフってなんかいい匂いがする。甘い柑橘系の匂いだ。不覚にも心臓がときめいてしまう。
すると脳内にふたたびギャンドゥ神の声が響く。
『よくぞこの危機を救ってくれた。さすが私が見込んだ社畜だな!』
やっぱり与那は社畜とみなされ、その結果、救世主に任命されたようだ。
『それでは褒美として、おぬしの願いを叶えてしんぜよう! では――』
ギャンドゥ神は魔法の詠唱なのか、ぶつぶつとひとりごとを口走り始めた。
まさか、元の世界に戻れるのか!? でも俺、願い事って神に尋ねられたっけか?
すると、目の前に半透明なスクリーンが出現し、そこにポイントカードのような格子状のゲージが描かれた。ゲージにはぽん、ぽん、ぽんとギャンドゥ神の顔の印鑑が押された。脳内で勝手にチャラリ~ンと軽やかな音楽が流れる。
『異世界貢献ポイント+3 LV1 上限100円』
『今回は大サービスで3ポイントだ! あと2ポイントで100円の制限が解かれ、300円アイテムまで入手可能となるに違いない!』
「それ、ぜんぜん願ってないんですけどー!!」
神は与那の願いなどどうでもよかったらしい。
『ではこれからも100円の僥倖を、存分に味わうがよい! そして、今後のおぬしの活躍を期待しているからな!』
そう言い残し、ギャンドゥ神の声は遠くへ消えていった。
「ちょっと待ってください! 俺のほんとうの願いは、現代の世界へ――」
その瞬間、左頬に強烈なパンチが入った。エロフ反射の刻印を通じたメイサの攻撃だ。メイサは与那の顔を見上げ、ふくれっ面でこう言い放った。
「悪いけど、元の世界に返すわけにはいかないわよ。だって、あたしたちの戦いはこれからなんだから!」
「いや、それ打ち切り時のフレーズだから!」
「つべこべ言わない! 救世主は世を救うまでが救世主だからね!」
「それは遠足での先生のフレーズだから!」
「意味わかんないけど、救世主として十分な働きをしないかぎり、その刻印は解除できないこともお承知おきを!」
「ひでえぇぇぇ! 俺は絶対に現実世界に帰って、ハッピー店員ライフを再開するんだからなぁぁぁ!!」
とにもかくにも俺はまだ、この世界で救世主――つまり、100円ショップ神の社畜として戦わなくちゃならないらしい。
※ここまでがコンテスト【1話だけ大賞】の応募内容になります。最後まで読んでいただきありがとうございます。この物語は始まったばかりですので、今後の100円アイテムと新キャラたちの登場をお楽しみに!
【更新】2025.3.31に【1話だけ大賞】で部門賞を受賞いたしました。よってここに長編化を宣言いたします!
エルフの少女は、名をメイサという。彼女は近くのエルフの村に住んでいるとのこと。やっぱり長寿なのだろうかと気になって年齢を尋ねたところ、無言で左頬にほどよい強さのパンチを入れられ口を封じられた。
「ふーん、聞いたことない名前ね、ヤスイ・ヨナなんて。それに、こんなところに人間が来るなんて珍しい」
「こんなってどこだよ?」
「この世界、ユーグリッドの中でも最大の森、アリエス。それも深層部でしょ」
「はぁ……」
そう説明されても、この世界、ユーグリッドとやらの地理的な知識は皆無である。
「で、さっきはどうやってあのピンチを切り抜けたの?」
「まあ、餌を撒いてごまかした。アイテムのおかげだよ」
「なぁーんだ、戦闘能力が高いわけじゃないんだ」
露骨に「期待外れだなぁ」という雰囲気で、ため息を吐いてみせた。
「悪かったな、俺はいわゆるただの平民だ。」
少女は与那の腰のあたりをまじまじと眺めて言う。
「ははーん、さてはその光るポケットに、敵をごまかすアイテムを隠していたのね」
「じつはな、このポケットは100円ショップとつながっているんだ」
与那は両手でポケットをつまんでぴらぴらと動かす。
「100円ショップ? なにそれ?」
「異世界にある、創意工夫を込めたアイテムの宝庫ってとこかな」
するとメイサは目を見開いて驚いた顔をした。
「異世界って――まさかあの、神が啓示した異世界の救世主!?」
「はぁ? 誰だよそのテキトーなこと言う神って」
「ギャンドゥ神のことよ。知らないの?」
そう言われてギャンドゥ神の言葉を思い出す。
確かに神は『新たな世界の救世主となれ』と言っていた。こんなモブキャラの俺は、神に見込まれたというのか?
「知っているよ! その神の姿をした人形が、俺の働いている100円ショップに置いてあったんだ!」
「ほらー、知っているんじゃない!」
「でもなんで救世主が必要なんだ?」
「村がダークエルフに襲われたから、神に貢物マシマシでお願いしたの。そうしたら、『じゃあ異世界から救世主を送ればいいのね。りょっ!』という崇高な天啓があって――」
さてはあのギャンドゥ神とやら、死にかけた俺に救世主のふりをさせて体裁を繕ったな!?
「救世主は言えばなんでもやってくれるから、って神はおっしゃっていたわ。だからお願いがあるの!」
「それってもしかして……」
「村を襲ったダークエルフを追い払って、仲間たちを助けてほしいの!」
……だよね。そういう展開になる気はしていたんだけどさ。
異世界の救世主的ポジションを肯定してしまったがために、メイサに過剰な期待をされてしまった与那であった。
★
ダークエルフ――褐色の肌を持つ彼らはエルフと似て非なるもの。暗黒魔法を駆使して他の種族を襲ったり、あるいは裏の組織に属して暗躍したりする厄介な種族である。
「それじゃ救世主ヨナ、あたしの村、『ヴェンタス』まで案内するからついてきて!」
なるほど、ギャンドゥ神が「社畜」を求めていたのも理解できる。なんでも言うことを聞く便利な存在をご所望だったということか。
メイサは耳を立て、周囲を警戒しながら森の小道を進む。彼女の足の動きは軽やかで、まるで風を掴まえているかのように歩んでゆく。
メイサの後に続いてゆくと村の裏口に出た。森の中に広がる荒地に平屋の家が立ち並んでいる。あたりはすでに薄闇に覆われていた。村は見張りのダークエルフが数人、うろうろとしている。入れ替わり立ち替わり、小屋に出入りしていた。明るく光る窓では多数の人影、いや、エルフの影が行き来する。なにが行われているのか知りたいが、距離が遠くて中はよく見えない。
「メイサ、なにがおこなわれているか見えるか?」
「うーん、遠くて無理……」
「エルフっていっても目がいいわけじゃないんだな」
「このとおり、耳は人間よりずっといいんだけどね」
耳を指さしてぴくぴくと動かすメイサ。その動きはまるで小動物のようで、与那は思わずその耳をつんと触った。瞬間、メイサは「ひゃあ!」と声をあげて飛び上がった。
「耳、敏感なんだから勝手に触らないで!」
メイサはぽかぽかと与那の頭を叩く。よほど嫌だったのか、それとも恥ずかしかったのか。
「あいたたた……悪い悪い、動きが可愛くて思わず指が出ちまった」
「じょ、冗談言ってないで小屋の中の状況を把握しないと!」
メイサは顔を赤らめてぷいっと視線を小屋のほうに向けた。
与那は部屋の中を確かめる方法を考え、ふと妙案を思いついた。ポケットに両手を突っ込み、目当ての品物を探し出す。
じゃじゃん! なんでも視える『ルーペ大』と『ルーペ小』!
ルーペを両手に持ち、にかっと笑みを浮かべる与那。
「これはものを大きく視えるようにするレンズさ」
「すごーい! なんでそんな魔法が使えるのよ!」
メイサはそれを手に取り、近くの草葉を眺めてしきりに感心する。けれどルーペをかざして遠くを見ても風景はぼやけるだけだ。
「って、これ近くだけしか効果ないじゃん!」
「だからふたつ必要なんだよ」
両手にルーペを持ち、大きいルーペを持つ手を伸ばす。小さいルーペは目の前に掲げて照準を重ねてピントを合わせる。屈折式望遠鏡の原理だ。
ピントが合った瞬間、拡大された小屋の中がガラス越しにはっきりと見えた。数人のダークエルフが陣取ってふんぞり返り、豪華な食事を堪能している。村の住人から奪ったものに違いない。
「ちょっと、あたしにも見せて!」
「はいよ」
与那はピントを合わせた状態でメイサの背中から腕を回し、ふたつのルーペを構えて調節する。
「おおっ、すごい便利な魔法! ほんとうにおっきく視えるよ!」
「魔法じゃなくて物理現象なんだけどね」
ふと、与那は気づいたことがあった。それはダークエルフの服装や紋章がまちまちだということだ。それはダークエルフの軍が、寄せ集めの集団であることを意味していた。
もしかして、村を襲うために、かき集めた即席の軍勢なのか? そうだとすれば、ダークエルフに変装して敵の中に紛れ込むことができるかもしれない。
「よし、ちょっくら潜入捜査してくらぁ!」
「えっ、いくらなんでも無理なんじゃない? 見た目でばればれだよ」
「神から授かった力をなめんなよ! ――いでよ、100円アイテム!」
じゃじゃん! 『仮装シリーズ第15弾、即席エルフのつけ耳』!
ハロウィンパーティー用に仕入れたやつだが、エルフが出てくるアニメが人気で採用した新商品。売り出し中でめっちゃラッキーだ。
じゃじゃん! 『ブラウンマックス・ガングロファンデーション』!
懐かしのブーム商品企画で売られたのはナイスタイミング。これで肌の色をごまかせる。
与那はエルフのつけ耳を装着し、全身にファンデーションを塗り込む。露出した顔や手足だけでなく、つけ耳にも丁寧に。
「これで今日から俺はダークエルフ!」
メイサは与那の顔をまじまじと見てから周囲を一周した。
「なかなかのクオリティね! でも服装が駄目だわ」
「それならここは――いでよ、強そうな100円アイテムよ!」
じゃじゃん! 『万能黒ゴムハンマー(小)』!
「よし、攻撃アイテムを入手したぞ! 悪いけどひとり、犠牲になってもらおう!」
与那は万能黒ゴムハンマーをメイサに手渡す。メイサは真剣な表情になり、ハンマーを無言で受け取った。与那の意図を察したようで、一度だけうなずいてみせた。
周囲を巡回する見張りのひとりが近づいてきた。褐色の肌をした長身の男性エルフ。日本刀のような剣を脇に携えている。与那は岩陰から顔を出し、手招きをして誘い込む。
「同志よ、ちょっとこっちへ来てくれ」
戦いの幕開けに緊張感で胸が高鳴る。呼びかけると、ダークエルフは一瞬ビクッと体を硬直させて反応した。
「み……見たことのない方ですが、もしかして新顔さんですか?」
予想に反してダークエルフの声は微妙に震え、なんとなくそわそわとしている。不似合いな丁寧語は違和感満載だ。怪しんでいるというよりは、恐れているようにも見えた。
「まあな、正確にはこの世界での新顔って言うべきかな。それと――悪い、許してくれ!」
その瞬間、足音を消したメイサがダークエルフの背後から現れる。
――ゴンッ!
ハンマーを構えてダークエルフの後頭部をあらん限りの力で殴りつけた。白目を剥いてふにゃふにゃと倒れるダークエルフ。あっけない勝利だった。
「よくやった、メイサ!」
「どうだ、見たかざまみろ!」
茂みに引きずり込み、身ぐるみはいで手に入れた服を与那が着用する。これで遠巻きに見る分にはダークエルフと遜色ない、完璧な変装だ。
「ちょっと待って! もしもこいつが目を覚ましたらまずいんじゃない?」
メイサは横たわるダークエルフを指でさして不安そうな顔をした。確かに目を覚まされたら、ふたりの存在を仲間に知られてしまう。けれど口封じなんて恐ろしいこと、与那にはできっこない。
「じゃあ、どこかに縛りつけておくか」
「それは無理よ。エルフの類は魔法で自然界のものを自由に操れるもの。草の蔓なんて簡単に解いちゃうわよ」
「そうなのか……」
「だから、こいつはあたしが始末して――」
メイサは口元を引き結び、迷いなくハンマーを振り上げる。与那はあわててその腕を止めた。
「ちょっと待て! 寄せ集めの軍ってことは、こいつは雇われただけの兵隊かもしれない。死なせちゃだめだ!」
「じゃあどうすればいいのよっ!」
「それなら――そうだ!」
与那は妙案を思いついた。すかさずポケットをまさぐる。
じゃじゃん! 『結束バンド』と『万能ふきん』!
「この『結束バンド』は人間が合成した、自然には存在しない物質で作られたものなんだ」
「なるほど、それなら魔法は効かないはず。――でも、こんなにか弱そうなのに大丈夫?」
怪訝そうな顔で結束バンドを手に取って引っ張る。
「んっ、むっ――あれ、ほんとに切れないや! すごい!」
「へんっ、100円パワーを甘く見るなよ!」
メイサはダークエルフの手足を木の枝に縛りつけながら、「引っ張っても緩まないのすごーい!」と感動していた。100円アイテムの強度、侮りがたし!
あとは『万能ふきん』を口の中に詰めておいた。これで叫び声をあげることもできない。対策は万全だ。
「小屋の状況を確認したら小声で伝えるから」
「へ? いくら耳がいいからって、あそこから小声で話されたって聞こえないよ」
「へへーん、そんな時にはこれさ!」
じゃじゃん! 『紙コップ』、『セロテープ』、そして『裁縫糸』!
与那は紙コップをふたつ取り出し、その裏を糸でつなぐ。それらを組み合わせて糸電話をこしらえた。
「糸をぴんと張って話せば、どんなに遠くても声が届くのさ」
「すっごーい! さすが救世主の魔法!」
驚いてぽっかりと口を開けるメイサ。
「これも魔法じゃないんだけどね。じゃあ行ってくらぁ!」
与那は紙コップを手にして小屋へと向かう。堂々と歩いたせいか、誰も与那を気に留めなかった。着くと建物の陰に身を隠し、窓からのぞき込んで聞き耳を立てる。
するとエルフたちが縄で縛り付けられ、一箇所に固められていた。皆、表情は疲れ果て、絶望に満ちていた。くすんくすんと悲し気に泣いている者もいる。床には青白く光る魔法円が描かれていた。
豪華絢爛な衣装を纏うダークエルフが、部下らしき男と話している。
「ハーネス隊長、こいつらをどうしますか?」
「そりゃあオメェ、根こそぎ首を切り落とし、魔法円を通じてあの御方に捧げるのよ。さらなる魔力を与えていただくためにな」
「ではその恩恵、私も享受させていただいてよろしいでしょうか」
「みずから喜んで血に染まるとは、おぬしも悪よのう」
「いえいえ、ハーネス隊長ほどではございません」
「「くっくっくっ……」」
やべえぇぇ、こいつらやばすぎるうぅぅ!
捕虜のエルフたちは怯えた声をあげた。
血も涙もないダークエルフの計画に背筋が冷たくなる。すると部下のダークエルフはナイフを取り出してじりじりとエルフたちに詰め寄った。恐怖の叫び声が上がる。
のっぴきならない状況に、すかさず糸電話でメイサに連絡を入れる。
「エルフたちがまずい!」
「えっ!? じゃあ、あたしはどうすればいいのっ!」
「俺が引きつけるから、魔法でいっぺんに片づけてくれ!」
「それ無理! 救世主なら救世主らしくあっさり片づけなさ――プツリ」
メイサが力んだせいで、あえなく糸が外れたらしい。
もう待ってなんかいられない。与那は腹をくくって小屋の扉を開け、中へと飛び込んだ。
「ちょっと待ったぁ!」
「はぁ? 誰だおめぇ!」
刃を手にしたダークエルフたちの前に立ちはだかる。とはいえ、思わず飛び込んだものの作戦なんてあるはずもなかった。
こうなったら、ハッタリでもなんでもいい! とにかく相手を引き付けて、そのタイミングでメイサに魔法を唱えてもらうしかない!
「俺は異世界から舞い降りた救世主ヤスイ・ヨナ! 崇高なエルフを虐げるその残酷マインド、今ここで悔い改めてもらおう!」
「救世主だとっ!?」
どうか、中二病の俺の意気込みが通じますように!
与那は両手を高々と掲げてからポケットの中に勢いよく突っ込んだ。
「深淵の闇より出でし悪魔の化身ヴァーディ・グラッツガーよ! 轟音を響かせ、敵の心臓を破壊し、魂を闇に葬り去れ!」
ポケットから取り出した100円アイテムを、ダークエルフに向けて構える。
パアアァァァン!!
銃弾が放たれたような破砕音が小屋の中に響く。
カラフルな紙吹雪や紙テープが飛び散り、硝煙の匂いが立ち込めた。
100円ショップの定番商品、『パーティークラッカー』。エルフは耳が敏感だから、この音に驚くはずだと考えた末の策だ。
「ヒイイッ! 俺の心臓が、俺の心臓がァァァ!」
ハッタリが通用したのか、恐怖で怯えるものや、気を動転させる者がいた。次々と取り出して連打する。
パァン! パァン! パァン!
クラッカーの連打で敵は混乱していた。
よし、これで時間は稼げる! メイサ、早く来てくれ!
与那はクラッカーの追撃を浴びせようとしたのだが――。
あれ? ポケットの中にクラッカーの感触がない!
奥まで手を入れて必死に探るが、固く冷たい棚の感触が伝わってくるだけだ。
ふと、薄いプレートのようなものが指に触れた。取り出してみると赤い文字が書かれていた。
『SOLD OUT』
まじかぁぁぁっ!
ハーネスと呼ばれたダークエルフは、憔悴する与那の様子を感じ取ったようで、すかさず全員に号令を出した。
「動揺するな、奴は魔力切れだ! やっちまえ!」
魔力切れというよりは品切れだ。使いすぎるとあとがなくなるという制約が待っているとは盲点だった。
やばい、やばい、やばい! なにかこの世界にはなくて、相手を驚かせることができるものは――。
すると手に触れたものがあった。その感触に記憶のあった与那は「これならいける!」と確信した。
「地獄の権化ズヴァーグルよ、業火から出でし七つの光を放ち、黒き愚者らの魂を無慈悲に殲滅せよ! その神秘の光は、すべての悪を焼き尽くす!」
じゃじゃん! 『着火ライター闘魂君』と『夏の夜を彩る花火』!
ライターを目の前に突き出して点火すると、ダークエルフたちは驚いて足を止めた。
「こいつ……詠唱なく瞬時に炎を発動させたぞ!? 皆の者、警戒せよ!」
花火にライターの火を灯すと、激しい勢いでカラフルな炎が噴き出した。
「おらおらおらぁ! 魂を昇天させられたくなければ、とっととここから立ち去れェェェ!」
どこかへ行ってください! お願いしますから!
無我夢中で花火をダークエルフに向かって振り回す。
「あちっ、あちちちっ! なんだ、この見たことのない光彩の魔法は!」
「エルフの奴ら、こんなに神秘的な力を持つ者を味方につけたというのか!?」
「くそう、異世界の救世主とはほんとうのことなのか! 未知の魔法など相手にできるはずがない! 危険だ、退けェ、退けェェェ!」
ダークエルフたちは花火のまばゆさと未知の魔法との遭遇に恐れおののき、魔法円の中に飛び込んでゆく。次々と吸い込まれるように姿を消していった。
どうやら尻尾を巻いて逃げたようだ。
「はぁ、はぁ……やった!」
小屋の中に置いてあった水入りのバケツに花火を捨てると、じゅっ、と音がして光が消えた。けれど心臓の高鳴りは止まらない。
そこでメイサが必死の形相で小屋に飛び込んできた。
「ダークエルフどもら! あたしの渾身の一撃を受け――あっ、あれ?」
敵の姿がなくなった部屋を見渡してぽかんとするメイサ。与那と目が合うと茫然とした顔で尋ねた。
「まさか――ヨナがみんなやっつけちゃったの!?」
「まあな……ははっ」
顔をちょいちょいと掻きながら、100円アイテムのクオリティに感謝する与那であった。メイサは瞳を潤ませ、与那に向かって駆け寄り勢いよく飛びついた。
「ヨナ、最高の救世主だよぉぉぉ!!」
「ちょっ、やめろよ恥ずかしいから!」
縛られたエルフたちが与那たちを見ていた。気づいたメイサははっとなって与那から身を離した。
けど、エルフってなんかいい匂いがする。甘い柑橘系の匂いだ。不覚にも心臓がときめいてしまう。
すると脳内にふたたびギャンドゥ神の声が響く。
『よくぞこの危機を救ってくれた。さすが私が見込んだ社畜だな!』
やっぱり与那は社畜とみなされ、その結果、救世主に任命されたようだ。
『それでは褒美として、おぬしの願いを叶えてしんぜよう! では――』
ギャンドゥ神は魔法の詠唱なのか、ぶつぶつとひとりごとを口走り始めた。
まさか、元の世界に戻れるのか!? でも俺、願い事って神に尋ねられたっけか?
すると、目の前に半透明なスクリーンが出現し、そこにポイントカードのような格子状のゲージが描かれた。ゲージにはぽん、ぽん、ぽんとギャンドゥ神の顔の印鑑が押された。脳内で勝手にチャラリ~ンと軽やかな音楽が流れる。
『異世界貢献ポイント+3 LV1 上限100円』
『今回は大サービスで3ポイントだ! あと2ポイントで100円の制限が解かれ、300円アイテムまで入手可能となるに違いない!』
「それ、ぜんぜん願ってないんですけどー!!」
神は与那の願いなどどうでもよかったらしい。
『ではこれからも100円の僥倖を、存分に味わうがよい! そして、今後のおぬしの活躍を期待しているからな!』
そう言い残し、ギャンドゥ神の声は遠くへ消えていった。
「ちょっと待ってください! 俺のほんとうの願いは、現代の世界へ――」
その瞬間、左頬に強烈なパンチが入った。エロフ反射の刻印を通じたメイサの攻撃だ。メイサは与那の顔を見上げ、ふくれっ面でこう言い放った。
「悪いけど、元の世界に返すわけにはいかないわよ。だって、あたしたちの戦いはこれからなんだから!」
「いや、それ打ち切り時のフレーズだから!」
「つべこべ言わない! 救世主は世を救うまでが救世主だからね!」
「それは遠足での先生のフレーズだから!」
「意味わかんないけど、救世主として十分な働きをしないかぎり、その刻印は解除できないこともお承知おきを!」
「ひでえぇぇぇ! 俺は絶対に現実世界に帰って、ハッピー店員ライフを再開するんだからなぁぁぁ!!」
とにもかくにも俺はまだ、この世界で救世主――つまり、100円ショップ神の社畜として戦わなくちゃならないらしい。
※ここまでがコンテスト【1話だけ大賞】の応募内容になります。最後まで読んでいただきありがとうございます。この物語は始まったばかりですので、今後の100円アイテムと新キャラたちの登場をお楽しみに!
【更新】2025.3.31に【1話だけ大賞】で部門賞を受賞いたしました。よってここに長編化を宣言いたします!



