「うおおおおい! 与那ァァァ! どこに行ったんだぁぁぁ!」

宇賀店長は涙目で与那が消えた店内を駆け回り、倒れた陳列棚の隙間をくまなく探っている。

与那の姿は、まるで神隠しのごとく忽然と消えてしまった。けれど憔悴する店長とは裏腹に、高根は妙に納得した表情をしていた。ゆっくりとうなずきながらつぶやく。

「ああ~、もしかすると、与那さんは今――」

店長は高根に目を向けて首をひねる。

「高根よ、どういうことだ」

「あっ、いえ、わたし心当たりがあるんです。ただ――ほんとうにそうなのかどうかは、このお店を切り盛りしていればわかるかもしれません」

「はぁ?」

高根は確信を抱いた顔で、両手をぐっと握りしめた。

「そうか、この店はあいつの帰るべき場所だ。だったら俺が24時間、店内の様子を見ていてやろうじゃないか!」

気合い満タンの店長の様子を見て、高根は不思議そうに尋ねる。

「ところで店長は、どうしてそこまで頑張れるんですか? すごいなぁとは思うんですけれど」

「まあ、家に帰ったって俺を待っている奴なんていないしさ」

「でも、好きな人とかはいらっしゃらないんですか?」

すると店長は思春期男子のようにぽっと顔を赤らめた。刹那の様子の変貌に高根はすぐさま感づいた。

「その反応、さては想い人がいらっしゃるんですね」

「ん、まあな……」

「けれど一緒にいないということは、まだ想いを伝えられていないんですね」

店長は観念したようで、照れた顔でひげをこすりながら答えた。

「いやさ、俺って頭がよく見えるじゃん? だから自然と壁を作っているように思われがちなんだ」

「なるほど、髪がないから地肌がよく見えるってことですね」

「まったくもってそういう意味じゃねえ!」

「だから後頭部の絶壁が、壁のように見えちゃうってことですね」

「うおーい! 少しは俺のメンタルを愛護的に扱ってくれ!」

高根は歯に衣着せぬ物言いで店長に大ダメージを与えていた。外見の劣等感に打ちひしがれてほろほろと涙を流す店長。けれど高根に悪意はない。つい遠慮のない言動をしてしまうのは、それが許されてしまう彼女の育った環境のせいともいえた。

「でも、店長が勇気を出さないと、きっと相手に届きませんね。とにかく猪突猛進で頑張ってください」

高根は握りしめた拳を上下にフリフリし店長を励ます。エールを受けた店長はほどほどに正気を取り戻した。

「むぅ……確かに高根の言う通りだ。この歳で若者に励まされるなんて、断崖絶壁で背中を押された気分だ」

「そこで背中押されたら転落しちゃうじゃないですか!」

「だったら堕ちられるところまでとことん堕ちてやろうじゃないか!」

「は?」

すると店長は意を決して窓のガラスを開け、大気を胸の中に取り込む。そして青々とした空に向かって大声で叫んだ。

「与那ぁぁぁ、おまえに伝えたいことがある。だから、絶対に俺の元へ戻ってこいよぉぉぉ!!」

その叫びの意味を察し、高根の笑顔はかちーんと凍りついたのであった。