ラスカ帝国での戦いが決着した翌日のこと――。

夜を迎えたラウンジ喫茶店(カフェ)、「Cafe de l'Éternité(カフェ・ド・エテルニテ)」は、淡く揺らめく光に包まれる。頭上には砂銀の星々が瞬いていた。

店の一角では、二柱の神が向きあい、一連の出来事を振り返っていた。

ゼーリアが頬杖をつき、不服そうな表情でつぶやく。

「勝負は一見、あなたの勝ちのように見えるけれど――ほんとうにそうかしら?」

ギャンドゥは金髪を揺らしながら、声を張りあげて自信を示した。

「なにを言うんだ。高根乃花の活躍に比べたら、安井与那の実績はみごとなものではなかったか」

ギャンドゥの言葉には勝利への自信がみなぎっていたが、ゼーリアの返答はその勢いを巧みに受け流した。

「だって、エルフを救出したのは高根乃花だし、彼女がいなければ現実世界には帰れなかったわよ?」

ギャンドゥは一瞬言葉に詰まり、苦虫を噛み潰したような顔になった。

「ぐむぅ……それは確かにそうだが……」

悔しさと諦めが交錯する表情が、その壮観な姿に一瞬の揺らめきを与える。

「だから、この勝負は引き分けね。それが嫌なら、あなたが一歩引いて負けを認めてもいいのよ?」

ギャンドゥは深いため息をつくと、ついに提案を受け入れる形で話を続けた。

「ならば、新たなる勝負を企てねばなるまい。まずは、このディナーを楽しみながらじっくりと語りあうとしよう」

「ええ、せっかくの料理、味わわなければもったいないものね」

ゼーリアもまた、上品な微笑みで応じた。

けれど、ギャンドゥもゼーリアも、その続きが訪れることはないのだとわかっていた。二柱の間には、勝負の行方を語りあう日々を懐かしむような哀愁が漂っている。

すると、白銀の鎧をまとった騎士がユニコーンに乗って舞い降りてきた。その姿を認めた二柱の神の表情が緊張に包まれる。

騎士たちはユニコーンから降り、堂々たる態度でギャンドゥの隣に立ち並んだ。

「ギャンドゥ神よ、我々とともに来ていただきます」

「……野暮な連中だな。これから最後の晩餐を楽しむところだったというのに」

けれど、騎士たちは神の事情を汲むことなく淡々と告げる。

「あなたの罪状は『神託妨害教唆の罪』。すなわち、人間に干渉し、神々が決めた運命を変えさせた罪です」

「やはりそうきたか……」

ゼーリアはギャンドゥの諦念を感じ取り、目に涙を滲ませる。

「だが、事情は知っているだろう。人間界の平和のための善行を罪と呼ぶのか?」

騎士たちは冷ややかに答えた。

「善悪は関係ありません。規律を守る、それが天界警察の務めです。異論があるなら、ポセイ・ドン・ギボーテ様に直接訴えるといいでしょう」

ギャンドゥは、沈む夕日のような重いため息をついた。行き場をなくした思いを空へと放出するかのように、深く、そしてゆっくりと。その吐息には、胸の奥で燻り続ける感情が絡みついているようだった。

「まったく、人間界のほうが、天界よりも情があると思えてならないな」

ギャンドゥは静かに立ち上がり、両手を胸の前に差し出す。その瞬間、空間が歪み、銀色の牢獄が周囲に現れてギャンドゥを包み込む。いつのまにか両手には手錠がかけられていた。

「では、逝きましょうか」

「……ああ、しかたない」

ゼーリアはその様子を悲し気に見つめ続けた。ギャンドゥはゼーリアに最後の言葉を投げかける。

「ゼーリアよ、私は人間に加担したことを後悔していない。それに、この店で言葉を交わし、カフェを楽しんだ時間が、私の最高の思い出だった――もう私に縛られず、強く気高く生きてくれ!」

断ち切るように背中を向けたギャンドゥに向かって、ゼーリアは涙を溜めながら声を振り絞る。

「ううん……私、ギャンドゥのことを待っているから! いつまでも待っているから!」

やがてギャンドゥは騎士たちに連れ去られ、空の彼方へと消えていく。

ゼーリアはその姿が見えなくなるまで、カフェの淡い光の中で立ちすくんでいた。