【受賞作】異世界に飛ばされた俺のポケットが100円ショップとつながったので救世主をはじめました



戦いは激しさを増し、平原は戦場と化していた。弓矢部隊と剣士、そして機動土器の連携が功を奏し、次々と敵をなぎ倒してゆく。けれど、圧倒的な数の魔物は、荒波のような勢いで軍の戦略を打ち潰してゆく。

「押し返せぇぇぇ!」

乃花が叫ぶが、兵士たちは次第に後退していく。オーガの棍棒が機動土器の頭を吹き飛ばすと、機動土器は制御を失い地に伏した。さらにもう一体、別のオーガが機動土器を破壊した。戦力は瞬く間に半減していた。

「押されている……どうしよう……」

乃花は戦況の悪化にうろたえる。その時、背後からふわっとやわらかい光が差し込んできた。

「乃花さん、俺たちに任せて、早くこっちへ!」

振り向くと与那とメイサ、それにルーザーの姿があった。三人の背後にはミグが翼を広げている。皆は淡い橙色に光る球体に包まれていた。

「みんな!」

乃花は皆のそばに駆け寄る。球体の表面に吸い込まれるように抵抗なく体が抜ける。

「これは……?」

「ミグ様の絶対無双領域。魔法で武器の威力を強化できるんだ」

与那はスーパーボールをスリングにセットして構えた。

「100円ショップのアイテムよ、我が手の中で皆を護る力の礎となり、敵に絶望の疼痛を与えよ!」

パアアアァァァン!

するとゴブリンが一体、派手に吹き飛んだ。衝撃で後続のゴブリンたちもばたばたと倒れる。

「こんなの序の口だ! 百発百中(パーフェクト)を出させてもらうぜ!」

与那の攻撃はゴブリンの兵隊を次々と殲滅していく。

乃花さんは両手を胸の前で握りしめ、「与那さん、すごい……」と目を丸くしていた。

「では、拙者も真価を発揮させていただきまっす!」

ルーザーは使命感を帯びた表情で柄に手を添える。引き抜くと白銀の刀身が姿を現した。与那が研いだ甲斐があって、輝きを取り戻した剣だ。

「師匠ボクデン殿から受け継いだ名刀春雨よ! 天地を裂き、山を砕き、海を割る剛剣となりて敵を滅せ! 無念無想の斬!!」

上段から放たれた渾身の一振りは、空と地面を鋭く引き裂き、はるか遠くまで刃の衝撃を伝播した。軌道上の魔物たちは容赦なく肉体を裂かれ、派手に鮮血をまき散らす。

「なんて威力だ! でも、いつからそれ、名刀になったんだ!?」

「そのあたりは気持ちの問題っす! 名刀っていうと上がる気がするんっす!」

戦国武将である塚原卜伝直伝の剣技がついに猛威を振るう。

「おりゃおりゃおりゃおりゃあああ!!」

ルーザーはまるで人が変わったように、異次元の斬撃を魔物に浴びせ続けた。本気の目つきが恐ろしい。

ふたりの戦いっぷりにメイサも黙ってはいられない。

「ヨナ、あたしも戦う! スリング貸して!」

メイサは戦う意欲満々だ。けれど与那はメイサにスリングを使わせるつもりはなかった。

メイサは一度、ヴェンタスでスリングを使って食料となる獲物を捕らえようとしたことがあった。けれど、発射の際に弾ではなく持ち手のほうを離し、スリング本体がおでこを直撃するというアクシデントを起こした。魔法拡張の効果があったら生きていなかったはずだと、その時のポンコツさを思い出して身震いする。

「じゃあメイサにはこの武器だ!」

じゃじゃん! 『100円ライフル銃 狙撃王子』!

「なにこれ?」

不思議そうな顔でおもちゃの銃を眺めるメイサ。

「あっ、射的ゲームで使った、ライフル型の銃と吸盤弾のセットっすね」

「これならトリガーを引くだけで相手を撃てる。メイサだって使いこなせるはずだ」

「よっしゃあ、ヨナよりもたくさん魔物をやっつけてやる!」

メイサは息まいて武器を受け取った。ルーザーの指導のもと、吸盤弾をセットしてライフル銃を構え、一直線に攻めてくるオーガに狙いをつける。

「街を襲う魔物め、覚悟しろォォォ!」

パアアァァン!

メイサは銃を放った。が、オーガは微塵も反応しなかった。

「あ……あれ?」

メイサはぽかんとした顔をしている。

ところが、頭上から「ギイィィヤアァァァ!」と金切り声が聞こえ、ワイバーンがきりもみ回転をしながら落下してきた。そのワイバーンがオーガの脳天を直撃し、オーガは白目を剥いて地に伏した。

その数秒後――。

「どうだ、これぞ一石二鳥よ!」

メイサはしれっとガッツポーズを取った。

「なんでそうなるんだよォォォ!」

与那は予測不能なビギナーズラックに、渾身の突っ込みを入れずにはいられなかった。

その時、魔物たちの頭上の空に、人間の姿をした者が浮かんでいることに与那は気づいた。

「あれは……誰だ?」

老人のようだが、身を凍らせるような冷酷な視線を向け、威圧的な空気を放っている。その人物の口から、大地を揺るがすような声が発せられた。

『聞け! 滅びのさだめに抗う愚民どもよ!』

老人の声量とは思えない声で、地底からせりあがるような不気味な響きを伴っていた。それが誰なのか、最初に気づいたのは乃花だった。

「あれ、アルトゥスよ! でも、様子がおかしい。声は違うし、無惨にもしょぼくれているわ!」

「どういうことなんだ……?」

与那が理解できないという顔をする。けれど、乃花は礼拝堂であった出来事を思い出してはっとなった。その声には聞き覚えがあったのだ。

「あの声、ダイゾーンっていう神の声だよ。アルトゥスに乗り移っているんだわ!」

「なんだって! じゃあ、神が直接、現世に干渉して帝国を滅ぼそうとしているってことなのか!?」

さらに老人の声が帝国中に響き渡る。

『下賤な貴様らの口から放たれる、絶望という題名の鎮魂歌(レクイエム)を聴かせてもらおう! さあ、立ち上がれ魔物どもよ! 愚かな人間を滅ぼし世界を浄化するために!』

老人は両手を天に向かって掲げ、呪文のような言葉をつぶやいた。

すると、深い森の中から次々となにかが浮かび上がってきた。目を凝らしてみると、錆びたランタン、割れた鏡、古い時計――それらは長い年月を経て、森の中に蓄積された廃棄物だった。

雑貨品たちはまるで命を吹き込まれたかのように空を泳ぎ、老人の頭上に集まり始めた。数えきれないほどの雑貨品がアーチを描いてゆらゆらと揺れる。その動きはまるで嘆き悲しんでいるかのようだった。

「ウウウ……アアア……」

与那には雑貨品たちの声が聞こえた。自身の境遇を嘆くような、失意に満ちた声。

「やっぱりこの声……あの雑貨品たちの嘆きだ!」

「えっ!? なんにも聞こえないけどっ!」

「兄貴、前にも似たことを言っていませんでしたっけ?」

メイサもルーザーも困惑した顔をしている。

「でも、確かに俺には雑貨の声が聴こえるんだ」

すると脳内で神が現れ、驚きと感心の混ざる声で与那に語る。

『安井与那よ、おぬしは社畜として雑貨品と触れあううちに、自然と心を通わせることができるようになったようだな。それがユーグリッドの魔力と融合し、特別な能力へと昇華したようだ。ちなみにこの【超聴覚】は雑貨品店SSランクの社畜が有するスキルであるぞ!』

「え……SSランク! これがっ!?」

SSランクの特殊能力――相当誇れるスキルなのには違いないはずだが、かなり微妙な気持ちの与那である。当初はA5ランクと言われたから、成長しているのは間違いないはずだけど。

せっかくの異世界なのだから、魔法を発動できるほうがかっこいい気がした。たとえ詠唱後に失神するポンコツであっても。

ちらりとメイサに視線を向ける。メイサは「あれを見て!」と言って上空を指さしていた。

すると、広がる黒霧がいくつもの細い筋となって地上に伸びていた。倒れた魔物たちの口に黒霧の帯が吸い込まれてゆく。

倒れた魔物たちはのっそりと立ち上がり、虚ろな目で街を目指して動き出した。神が倒れた魔物を操っているに違いない。

乃花はメガホンを構えて声をあげる。

「総力で魔物を撃てェェェ!」

魔法効果を付与されたメガホンを通じて、乃花の声が街中に届く。

「ウオオオォォォ!!」

兵士たちは皆、己を奮い立たせ、残された力を振り絞って魔物を迎え撃った。与那たちも必死に攻撃を繰り出す。

しかし、魔物の猛攻は止まらない。兵士たちは押されてじりじりと後退してゆく。ゲート際で防衛線を築いて耐えるのがせいいっぱいだ。

「だめだっ! これ以上は持ちこたえられないっ!」

防衛線が瓦解しそうになった瞬間――。

上空から真紅の機動土器が急降下し、勢いのままオーガに突撃した。巨体が軽々と吹き飛んでゆく。ついにアルティメットが地上戦に参戦したのだ。

「ノハナ様、ワイバーンは全滅させました! 私がゲートを護りますので、早く奥へ避難を!」

「ありがとう、セール!」

乃花が口にした『セール』――清流(せいる)という名前に与那は目を見開いた。やはり、アルティメットの操縦士は父に違いないのだ。

ともに異世界で同じ街を救おうとしているなんて、と不思議な因果に胸が熱くなる。

「魔物ども、おとなしく森に帰りやがれ! オラオラオラオラァァァ!!」

アルティメットの拳が次々と魔物を弾き飛ばしてゆく。けれど、神に操られた魔物は痛みを感じないのか、倒してもふたたび立ち上がってくる。

「くそっ、こいつらゾンビかよ!」

すると、倒れた足元のゴブリンたちが、アルティメットの両脚を抱きかかえるように掴んだ。

「ちいっ! 身を挺して動きを封じる気か!」

アルティメットの目前でオーガの棍棒が高々と振り上げられる。危機を迎えたその瞬間――。

パアアァァン!

掲げた棍棒が根元から折れ、宙を舞って地面に突き刺さった。間一髪、与那が棍棒をスリングで撃ち抜いたのだ。足元のゴブリンたちも、次々とスリングで弾き飛ばす。

「助かった、勇敢な青年よ!」

操縦席の父はウインクして親指を立てて見せた。まったく、そんな余裕なんてないはずなのに、と与那は父の気概に目頭が熱くなる。

魔物たちはアルティメットを最大の敵とみなしたのか、あるいは神が操って仕向けたのか――周辺の魔物たちの視線がすべて、アルティメットに集まった。刹那の静寂に続き、魔物たちが咆哮をあげてアルティメットに襲いかかる。

「乱打戦など、覚悟の上だ!」

セールは果敢に叫ぶが、数の上では圧倒的に不利な状況だ。与那は父の危機的な状況にいてもたってもいられなくなった。

「ミグ様、もしもこの『絶対無双領域』を出たら、魔法付与効果はどれくらい続くんだ!?」

「え? 3分ですけど」

「わかったよ、それだけあれば十分だ!」

「って、まさか、生身で突っ込むんですか!? 危険すぎます!」

「構うか! 至近距離のほうが威力は強いはずだ!」

与那はミグの制止を振り切って魔物の群れの中に飛び出していった。

「俺がサポートするから頑張って、父さん!」

思わず叫んだ与那の声に、皆が大きく目を見開いた。

「ええっ、あの操縦士の人って、ヨナの父なの!?」

「って、まさかの異世界で再会ってことっすか!?」

メイサとルーザーが驚くと、乃花が確信のある声を発した。

「あっ……! 与那さんとセールって、確かに名字がおんなじ『安井』だった――ッ!」

「「まじですかーっ!」」

皆の声は操縦席のセールにも届いたようで、与那の姿を見て茫然としている。

「青年よ、君はまさか……息子の与那なのかっ!?」

「そうだよ父さん、俺だよ、与那だよ!」

ふたりは七年の時を超えて視線を交錯させた。そのあたたかい感覚は、かつての日常の中にあった、親子のつながりの温度に他ならない。けれど、戦禍は再会の感動すら、たやすく奪ってゆく。

「兄貴、その油断が命取りっすよ!」

ルーザーの声にはっと我を取り戻す。動きが止まった隙を狙い、魔物の群れがアルティメットに襲いかかってきた。

「ウガルルルゥゥゥ!!」

圧倒的な勢力の魔物たちが、真紅の機動土器を目指して突っ込んでくる。

「まったく、魔物には矜持ってものがないのかよ! 以前の世界では、悪役ですらヒーローの変身を待ってくれたってのによ!」

アルティメットは魔物に向かって身構える。

「くそっ、赤いのを狙うって、おまえら闘牛かよ!」

与那は必死にスリングを連打するが、数の勢力がはるかに上回っている。

アルティメットはゴブリンたちの乱打を両腕で防ぐ。しかし、一方的に攻撃を受け続け、反撃のチャンスは皆無だった。

「ルーザー、なんとかならないの!? っていうかなんとかして!」

「くうっ! 魔法付与された拙者の斬撃じゃあ、兄貴たちを巻き込んじまいます!」

メイサは必死の形相で言うが、手を出せないルーザーは悔しさを滲ませて打ち震えているだけだ。

「じゃあ、あたしが加勢する!」

震える手でライフル銃を握りしめ、吸盤弾を装填する。

「ま、待ってください! メイサ殿がそれを放ったら、一撃で兄貴がぁぁぁ!」

ルーザーはあわててメイサの目の前に立ち、殺人行為の狙撃を食い止めた。

「じゃあ、どうしろっていうのよー!」

与那に視線を向けると、与那は攻撃の手を止め、必死にポケットの中をまさぐっている。その狼狽した表情は、思いがけない事態が起きたことを示していた。

「ああっ! 弾が切れた(SOLD OUT)みたい!」

勢いよく取り出した与那の手には水鉄砲が握られていた。だが、魔法付与効果のない武器など、単なる100円のおもちゃにすぎない。

「ちくしょう! こんな肝心な時に!」

憔悴する与那は無防備で、接近する魔物の気配に気づかない。与那の背後では、オーガが極太棍棒を振り上げた。

「ヨ、ヨナ……うしろっ!」

メイサがあわてて声をあげたが間にあわない。与那が声に気づいて振り向いた時には、すでに棍棒が目前に迫っていた。

「えっ……」

ドドーン!!

砂煙が上がり、棍棒が地面に深々とめり込む。生身の身体で耐えられる衝撃ではなかった。

砂煙が引いた後、与那の姿は消えていた。棍棒の下敷きになったとしか考えられなかった。

「いやああああっ! ヨナ! ヨナァ―――ッ!!」

叫びながら戦場へ突っ込もうとするメイサを、ルーザーが必死に取り押さえる。

「メイサ殿、出て行っちゃだめっす! 頓死するだけっすよ!」

抑止するルーザーもまた、目に涙を溜めていた。

「うそだ! ヨナがいなくなるなんて嫌だ――ッ!!」

狂ったように泣き叫ぶメイサの声が、荒れた黒い空にむなしく吸い込まれていった。