「はぁ、はぁ、はぁ……」
どうやら魔物を巻けたようだ。足を止めて抱えた子供を下ろし、岩陰の草の上に寝そべらせる。
けれどポンコツ魔法使いは目を覚ますことがない。魔力の放出で過労死してはいないかと心配になる。心臓の拍動が感じられるか確かめるために、そっと胸に手を当ててみた。
ムニュッ……。
すると当てた手にやわらかい感触を覚えた。
まさか……!?
何度か手のひらを開閉すると、小粒サイズながらしっかりとした弾力を感じた。
実物の顔を確かめようと、フードを剥ぎ取ってみる。すると、フードの中に隠していた白銀の長い髪がはらりと落ちた。幼さの中に淡麗な美を感じさせる細身の少女だった。しかも耳は斜め後ろに尖って伸びている。現代で得た知識がこの世界でも共通ならば、いわゆる亜人間――エルフと思えた。
セレストブルーの瞳がパチリと開いて、その視線が与那の視線と衝突する。
あ……起きた!
少女の視線は自身の左胸へと移動する。与那はあわてて手を引っ込めたが時すでに遅しだった。
状況を確かめた少女は無言で手を払いのけてすっくと立ち上がり、手の拳を握りしめた。わなわなと震える拳が蒼白の霧のようなもので包まれた。
その拳を引いて溜め、左足を一歩前に踏み込んだ。そして、目にも止まらぬ速さで右サイドから鋭い拳を繰り出した。
左顔面に走る激しい衝撃を受け、与那の体は華麗に宙を舞った。
「ぎゃ……ぎゃふんっ!」
小柄なエルフから放たれたパンチとは思えないほどの衝撃だった。与那は二回転一回ひねりで地面に背中から叩きつけられ、痛みで呼吸ができなくなった。
左頬には、焼印のように青い拳の跡がくっきりとついている。
少女は倒れた与那の前に仁王立ちし、人差し指でさして言う。
「あなた、あたしが失神している間にいかがわしいことをしようとしたわね!」
「し、してないしてないっ!」
起き上がりつつ、必死に首を横に振るが、少女の怒りは収まらない。
「白状なさい! あんた、ほんとうはラスカ帝国の密偵なんでしょ!?」
「はぁ!?」
「ほら、とぼけているところが最高に怪しいわ! ってか、あたしたちの村に接近している時点で完全に黒ね!」
バチンと左頬に強烈な衝撃が走る。与那は地面をゴロゴロと転がって、背中を岩肌に打ち付けて止まった。
「!?!?」
少女に触れられてもいないのに殴られた。あまりにも不可解な現象だ。与那の頭は混乱していた。
するとふたたび、脳内であの声が響いた。
『説明しよう!
おぬしの頬には「エロフ反射痕」と呼ばれる刻印が刻まれた。エルフ独自の危機回避能力、「エロフ反射」が発動した結果だ』
「はぁ!? エルフ反射じゃなくて、エロフ反射!?」
反射というにはタメが長すぎないか? しかもネーミングがなんか恥ずかしい!
『エルフは長寿の種族ゆえ身持ちが固い。それゆえ、危険だと認識した異性に魔力を植え付け、服従させる反射反応が起きることがあるのだ』
少女が失神していないのは、意識的に発動する魔法とは異なる性質だからのようだ。
なるほど、それで触れずに攻撃をしたというのか。ってことは、俺、こいつの奴隷になっちまったってことか!?
左頬をさすってみるが、触れただけではなんの変化もない。ただ痛みの余韻が、じんじんと脈打っているだけだ。
「そうだ、もしもラスカ帝国の密偵じゃないのなら、あたしに協力して身の潔白を証明してちょうだい」
「なんで俺が……ヘブッ!」
軽く左頬を叩かれた。用途に合わせて強弱が調節できるらしい。もはや口答えなどできるはずはない。
「その刻印は、特定の条件を満たさないと解除されないから。解除してほしければ、全身全霊であたしに協力することね」
少女はツンとすました顔で言ってのけた。なんとなく、人間を見下している感がある。
「わかったよ。じゃあ、できるだけのことはするから、せめて生かしておいてくれ」
与那は森の中に置いていかれても、路頭に迷うだけだと悟っていた。だから選択肢は、この生意気なエルフの少女の奴隷という立場を受け容れることしかなかった。
どうやら魔物を巻けたようだ。足を止めて抱えた子供を下ろし、岩陰の草の上に寝そべらせる。
けれどポンコツ魔法使いは目を覚ますことがない。魔力の放出で過労死してはいないかと心配になる。心臓の拍動が感じられるか確かめるために、そっと胸に手を当ててみた。
ムニュッ……。
すると当てた手にやわらかい感触を覚えた。
まさか……!?
何度か手のひらを開閉すると、小粒サイズながらしっかりとした弾力を感じた。
実物の顔を確かめようと、フードを剥ぎ取ってみる。すると、フードの中に隠していた白銀の長い髪がはらりと落ちた。幼さの中に淡麗な美を感じさせる細身の少女だった。しかも耳は斜め後ろに尖って伸びている。現代で得た知識がこの世界でも共通ならば、いわゆる亜人間――エルフと思えた。
セレストブルーの瞳がパチリと開いて、その視線が与那の視線と衝突する。
あ……起きた!
少女の視線は自身の左胸へと移動する。与那はあわてて手を引っ込めたが時すでに遅しだった。
状況を確かめた少女は無言で手を払いのけてすっくと立ち上がり、手の拳を握りしめた。わなわなと震える拳が蒼白の霧のようなもので包まれた。
その拳を引いて溜め、左足を一歩前に踏み込んだ。そして、目にも止まらぬ速さで右サイドから鋭い拳を繰り出した。
左顔面に走る激しい衝撃を受け、与那の体は華麗に宙を舞った。
「ぎゃ……ぎゃふんっ!」
小柄なエルフから放たれたパンチとは思えないほどの衝撃だった。与那は二回転一回ひねりで地面に背中から叩きつけられ、痛みで呼吸ができなくなった。
左頬には、焼印のように青い拳の跡がくっきりとついている。
少女は倒れた与那の前に仁王立ちし、人差し指でさして言う。
「あなた、あたしが失神している間にいかがわしいことをしようとしたわね!」
「し、してないしてないっ!」
起き上がりつつ、必死に首を横に振るが、少女の怒りは収まらない。
「白状なさい! あんた、ほんとうはラスカ帝国の密偵なんでしょ!?」
「はぁ!?」
「ほら、とぼけているところが最高に怪しいわ! ってか、あたしたちの村に接近している時点で完全に黒ね!」
バチンと左頬に強烈な衝撃が走る。与那は地面をゴロゴロと転がって、背中を岩肌に打ち付けて止まった。
「!?!?」
少女に触れられてもいないのに殴られた。あまりにも不可解な現象だ。与那の頭は混乱していた。
するとふたたび、脳内であの声が響いた。
『説明しよう!
おぬしの頬には「エロフ反射痕」と呼ばれる刻印が刻まれた。エルフ独自の危機回避能力、「エロフ反射」が発動した結果だ』
「はぁ!? エルフ反射じゃなくて、エロフ反射!?」
反射というにはタメが長すぎないか? しかもネーミングがなんか恥ずかしい!
『エルフは長寿の種族ゆえ身持ちが固い。それゆえ、危険だと認識した異性に魔力を植え付け、服従させる反射反応が起きることがあるのだ』
少女が失神していないのは、意識的に発動する魔法とは異なる性質だからのようだ。
なるほど、それで触れずに攻撃をしたというのか。ってことは、俺、こいつの奴隷になっちまったってことか!?
左頬をさすってみるが、触れただけではなんの変化もない。ただ痛みの余韻が、じんじんと脈打っているだけだ。
「そうだ、もしもラスカ帝国の密偵じゃないのなら、あたしに協力して身の潔白を証明してちょうだい」
「なんで俺が……ヘブッ!」
軽く左頬を叩かれた。用途に合わせて強弱が調節できるらしい。もはや口答えなどできるはずはない。
「その刻印は、特定の条件を満たさないと解除されないから。解除してほしければ、全身全霊であたしに協力することね」
少女はツンとすました顔で言ってのけた。なんとなく、人間を見下している感がある。
「わかったよ。じゃあ、できるだけのことはするから、せめて生かしておいてくれ」
与那は森の中に置いていかれても、路頭に迷うだけだと悟っていた。だから選択肢は、この生意気なエルフの少女の奴隷という立場を受け容れることしかなかった。



