『この左頬に痣のある男を捕えよ!』

まもなくそんな命令文と、与那の顔と思われる絵を描いた立札が、帝国のあちこちに立てかけられた。

けれど描かれた顔はぬらりひょんのようで、与那は「絵師さんグッドジョブ!」と心の中でガッツポーズを取った。顔さえばれなければ、エロフ反射痕は100円アイテムのナチュラルファンデーションで覆い隠せばよい。

結果、街を闊歩しても怪しまれることはなかった。

与那は地下道の子供たちに「救世主は敵も多いのさ。今は諸悪の根源と戦っている」と仰々しく言ったのが効いたようで、「カッコイイー!」とリスペクトされていた。

もはや地下アイドルならぬ、地下カリスマである。

「しかしヨナの100円アイテムが飛び出るポケット、まじですげーなぁ」

しきりに感心しているのは、年長者で孤児たちのリーダーの少年、アレン。ルーザーに刀を突きつけたのは彼である。怪我を負ったアレンの妹は、リサという名だった。

ふたりとも艶のある栗色の髪に端正な顔立ちをしている。身なりさえ整えれば、良家の子供だと言っても疑われなさそうだ。

与那はお菓子とお茶を皆に提供し、彼らの日常について尋ねる。

「でも、どうやって子供たちだけで生きてきたんだ? 蚤の市を出しているって言っていたけど……」

「日雇いの肉体労働や、物乞いで食いつないでいたんだけど。それだけじゃ足りなくて、ゴミの中から売れそうなものを見つけてきて、(のみ)の市で売っていたんだ」

アレンは気まずそうに説明した。のっぴきならない生活苦だと思えば責められない。

「そのゴミって、ひょっとして森の中にあったやつか?」

「ああ、きれいなのにもったいないって物が山積みだよ。それが森のいたるところに捨てられているんだ」

そう言って見せたのは、ヤジロベーやけん玉のようなおもちゃだった。

廃品が増えるのは、帝国として生活が豊かになった裏返しなのだろう。与那はごみの山から唸るような声が聞こえたのを思い出す。悲し気にも、怒りを湛えているようにも感じられる声。

「でも、拾った品物なんて売れるのか?」

アレンはふるふると首を横に振った。蚤の市を見て回る子供たちは興味を示すが、親が嫌な顔をするとのこと。

「うーん、そういうもったいない品物を活かす、いい方法はないかなぁ……」

与那はしばらく思案した後、ぱっと表情を明るくした。

「そうだ! いいことを思いついた!」

そこでポケットに手を差し入れる。

じゃじゃん! 『木の板』、『釘』、それに『黒ゴムハンマー(小)』!

ポケットから幅の広い木板が出てきて、アレンたちは目を丸くした。

「そんなでっかいものが、ポケットに入っていたのか!?」

「入っているっていうよりは、取り寄せたんだ。まずは、これを使ってテーブル台を作ろう」

板を組みあわせ、手早く釘を打ってシンプルな台を完成させる。

「で、台を作ってどうするんだよ?」

怪訝そうな顔で尋ねられた。にかっと笑ってポケットに手を入れる。

じゃじゃん! 『100円ライフル銃 狙撃王子』!

取り出したのは、ライフル型の銃のおもちゃと吸盤弾のセット。

「いいか、売れそうな小物やおもちゃを台の上に置いて、離れたところからこのライフルで狙うんだ。落としたら景品としてもらえるってことさ」

「じゃあ、これで試してよ」

渡されたのは、見た目がゆるキャラっぽい指人形。台に置いて距離を取り、ライフルを構えた。

「いいか、見ていろよぉ」

パーン!

ヨナの放った吸盤弾は、みごとに指人形に命中し、こてんと倒れた。

「倒せばこのアイテムをゲットってルールさ。自分で倒して手に入れれば、お金で買うよりもずっと価値を感じるだろ?」

「おおっ、なるほど! これなら儲かりそうな気がしてきた!」

アレンはライフル銃を手に取り、しきりに感心している。

そして、翌日の蚤の市で、射撃センターは開店した。

ライフル銃は5発で200ニェン。ニェンというのが帝国の通貨らしい。感覚的には1ニェン=1円ほどの価値だからお手頃価格のはず。

子供用のおもちゃが台の上に立ち並ぶ。与那も100円の箱型のお菓子を寄付していた。

すると、子どもたちがゲームに興味を示し、「あれやりた~い!」と足を止めて親にせがむ。お手頃な価格設定が効いたらしく、「1回だけな」と言って親は納得した。お金を受け取ると、与那がライフルの使い方を手ほどきする。

「そうそう、片目で狙いを定めて――」

パーンと、軽快な音でおもちゃは弾き飛ばされ、テーブル台から転がり落ちる。アレンはそのアイテムを拾って子供に渡すと、子供は瞳を輝かせ、うれしそうに親に見せながら店を去っていった。いつのまにか、射撃センターの前には子供たちの行列ができていた。

「このぶんだと、今日の晩飯は美味いもんが食べられそうだな」

「救世主のアイディア、まじですげえ。ゴミみたいな人生だって捨てたもんじゃないんだな……」

アレンは感無量で涙ぐんでいた。

それから丸一日、客足は途切れることがなかった。

「ほら、これを見てくれよ! ダントツの最高額だぜ」

リサに見せたアレンの手中には、銅貨がたんまりと積まれていた。

「これでも夕飯代を差し引いた額なんだぜ」と言うと、リサは「ひえぇ、すごい……」と驚いて失神した。

以来、与那とルーザーは地下道に居候し、アレンたちと生活をともにした。

リサの足の傷は、毎日の手当が功を奏して、みるみるよくなっていった。

一方で、バックパックの幻獣は「メイサたんが見つかるまで、ミグは寝て待ってまぁ~すやすやすや……」と、勝手に冬眠モードに入ってしまった。

リサの包帯が外れた日、アレンは快気祝いにパチェットの肉を買ってきた。与那はバーベキューセットを準備し、皆で食材を焼いて贅沢な一夜を過ごした。

遠くにはエルフたちが捕らえられている宮殿が見える。ステンドグラスの窓がきらびやかな輝きを放ち、星の光をかき消していた。

威風堂々たる建築物を眺めながら、与那はぽつりとつぶやく。

「帝王の栄華は、まだまだ続くんだろうなぁ……」

するとアレンがためらいつつ口を開く。

「……いや、この帝国はもう長くないかもしれない」

「え?」

「最近、よくない噂を耳にするんだ。この帝国の終わりが近いんじゃないかって」

帝国の崩壊、あり得るとすれば指導者の問題なのか。

「もしかして帝王って病気なのか?」

アルトゥス帝王には後継ぎがいない。だから帝王が崩御すれば国が不安定になるのだろうと与那は想像した。

「いや、そうじゃない。最近、帝国周辺の魔物が活発になっているらしいんだ」

「魔物が……活発に?」

「群れをなしているオーガの足跡が、何度か目撃されたらしい」

オーガはコボルドよりも大きく、強靭な肉体を持つ魔物だとメイサから聞いていた。

「魔獣分析家の見解では、群れを作らないオーガが集まるってことは、誰かがオーガを操っている可能性が高いんだって。もしも誰かが魔物を操っているとすれば、目的はラスカ帝国に攻め入るためじゃないかってことらしい」

地下道の子供たちの情報網は侮れない。街中からさまざまな噂話を持ち帰ってくるが、いずれも信憑性が高いものばかりだ。

けれど、そんな魔物を統率しているとすれば、他のダークエルフの仕業だろうか。いや、ハーネスたちはヴェンタスを襲う時、コボルドを引き連れていたけれど、屈強な魔物を操れるほどの拘束力があるとは思えない。

心配そうなアレンとは対照的に、ルーザーは手をひらひらとさせてお気楽ムードだ。

「いやいや、過去には魔物にこっぴどい目に遭わされたみたいっすけど、今は守りは頑強だし、機動土器っていう異次元の兵器があるっすからね。そう簡単に襲ったりはできないっしょ」

皆は黙って首を縦に振る。そうであってほしいという気持ちが皆を納得させているようだった。

けれど、与那には悪い予感が胸にまとわりついて離れなかった。機動土器だって無敵ではない。100円アイテムを用いた与那の機転があったとはいえ、貧弱な人間とエルフに打ち負かされているのだ。

皆が食事をたいらげ満足した頃、リサは真剣なまなざしをアレンに向けた。

「救世主のおにいちゃんって、軍に攫われたエルフを助けるためにここに来たんでしょ? だったらお礼になにか手伝ってあげようよ!」

お金が手に入り、衣類と食事に余裕ができたリサたちは、与那を手伝う気持ちの余裕すら生まれていた。

「そうだな。じゃあヨナ、おれたちにできることがあれば、なんでも言ってくれないか」

与那には、ずっと彼らに言い出せないことがあった。けれどそう提案されたからには、ひとつ頼みごとをお願いしようと決心を固める。

「じつは俺、この地下通路の地図を作りたいと思っているんだ」

「へっ? 地図?」

アレンとリサは顔を見合わせた。与那は理由を説明する。

「城とか宮殿ってさ、不測の事態が起きた時に逃げるためのルートが用意されているじゃない? だから、この地下道は城の避難通路の役割もあるんじゃないかと、俺は思っているんだ」

「それって……地下道と宮殿との接点を見つけて、そこから宮殿に潜入しようってことなのか!?」

「それ以外の理由、あるはずないだろ。俺の大切な仲間が宮殿に捕らえられているんだから」

そう言った与那の瞳は自信に満ちていた。けれど、ルーザーは懐疑的な顔をしている。

「でも、どうやって地図を作るんっすか? 地下では星も太陽も見えないんすよ」

「ふふふ、俺に考えがあるんだ」

自信満々の顔でポケットから次々とアイテムを取り出す。

じゃじゃん! 『バインダー』、『グリッドノート』、『鉛筆』、『消しゴム』、『方位磁針』、『巻尺』、『万歩計』、そして『電卓』!

それらのアイテムを並べて、指を差して説明してゆく。

「地下通路の入口を基準点として、まずは方位磁針で方角を確認。それに沿って地図をグリッドノートに描いていく。一目盛りは10歩分だ。長距離になったら万歩計で歩数を記録して、正確さを確認する。そして、自分の歩幅を巻尺で計測して、ノートの縮尺率を計算すれば完成だ。それを持って雑貨屋で帝国の地図を購入し、全土の地下道マップと照らしあわせる。そうすれば宮殿との接点がどこかわかるはずさ」

与那の説明に子供たちは目を輝かせる。ルーザーは圧倒されて感嘆の声をあげた。

「あ、兄貴の作戦、圧倒的に完璧っす……!」

与那は、にかっと口元をしならせ、拳を振り上げて宣言した。

「よし、手分けしてそれぞれのミッションを進めよう!」

「「「「おうっ!」」」」

与那は几帳面さを発揮して地図を作り、ルーザーは射的ゲームの運営を担当した。他の子供たちは景品の調達に奔走する。子供たちとの地下道での生活は多忙で、けれど充実した時間となった。

「できたぞ!」

ついに完成した地下道マップ。帝国の地図と重ねあわせると、一筋の通路が宮殿の外壁に接していることを発見した。

「あとは現場を確かめるだけだな」

与那が自作の地図を見つめながら小声でつぶやくと、ルーザーは意気揚々と挙手をした。

「兄貴、現場確認は拙者に任せてくれっす!」

与那とルーザーのふたり(と背中の一匹)は地下道を進み、宮殿に隣接した地点で足を止めた。けれど、そこに広がるのは質素な土壁だった。

「これのどこで、宮殿に繋がっているんすかね?」

ルーザーが怪訝そうな顔で尋ねる。

「たぶん、この土壁の向こうに扉が隠されているはずだよ。探してみよう」

与那は勢いよくポケットに手を突っ込む。

じゃじゃん! 『U字磁石』と『裁縫糸』、そして『スコップ』!

「金属製の扉が隠されているなら、これで反応するはずだよ」

「ほおお、100円アイテムでダウジングっすか!」

「いや、ただの物理現象」

「あっ、久々にそのフレーズ出たっすね」

与那はU字磁石を裁縫糸で吊り下げ、壁に近づけた。壁沿いにあたりを探ると、突然、磁石がすっと壁のほうに引き寄せられた。

「間違いない。この先だ」

与那とルーザーはスコップを使い、慎重に壁の土を掘り進めていった。やがて、古びた金属の扉が姿を現した。

「すげー、ほんとうに進入経路を発見した! 兄貴、さすがっす!」

ルーザーは目を輝かせて派手に両手を打ち鳴らす。

「まあな。けど……」

問題なのは扉を開ける方法だ。なにせ、こちら側には取っ手がなかったのだ。

ミグの魔法拡張で突破しようとしても、肝心のミグは冬眠しているし、かりに起こしてもメイサが不在なので言うことを聞いてくれない。そもそも、この場所で魔法拡張を使ったら、地下道が崩れて大惨事になることうけあいだ。

バックパックのペンギンもどきは、呑気に寝息を立てている。

「兄貴の100円ショップのアイテムなら、ちょちょいと開けられそうっすけど、どうなんすか?」

「そんな腕利きの怪盗みたいなこと、できるわけねえよ!」

ルーザーは与那の100円ショップアイテムを万能だと思っているようだが、そんなに都合のよいものではない。

その時――。

――ゴゴゴゴゴ――。

地面が低い音を立てて震え始めた。振動は次第に大きくなり、地下道全体が不気味に揺れる。壁に手をついてバランスを保つ。

「地震っすか!?」

「いや……」

ルーザーはあたふたし始めたが、どうも揺れの性状が通常の地震とは違う。地震であれば縦揺れの初期微動の後に横揺れの主要動が来るはずなのに、えんえんと縦揺れが続いている。まるで地底から世界全体に圧力をかけるような、不気味で重厚な振動が。

「この揺れ、なにかやばい雰囲気満載っすよ!」

身構えていると、扉の奥でなにかが崩れるような音がした。けれどその後、振動は次第に落ち着きを取り戻す。

「ほっ……びびるだけ損したっす」

ルーザーは胸を撫でおろし、抱いた不安を過去のものとした。その変わり身の早さに感心する与那である。

すると、扉の向こうから足音が響いてきた。

「ルーザー、宮殿の中でなにか起きているみたいだ。様子がわかるか?」

「任せてください。拙者、耳と剣技には自信があるっすから!」

ルーザーは扉に耳を当てて目を(つむ)る。

「なんか、遠くできゃあきゃあ叫び声が聞こえるっす。――あっ、駆け足の音がこっちに向かってきます。それもけっこうな人数かもです!」

扉がガタン、と一揺れした。続いて、取っ手が捻られるような鈍い音を発する。

扉の向こうに、誰か来たようだ。ルーザーはあわてて身を引き、与那もヘッドライトの光を落として岩陰に隠れた。

重々しい軋音を立て、扉が付着した土を落としながらゆっくりと開く。

すると、開いた扉の奥から、たーん、と勢いよく人が飛び出してきた。手にしたランタンが放つ淡い光が、その人物の輪郭を淡く映し出す。

その姿を見た与那は、あっと驚きの声をもらしそうになった。

ふわりと舞う長い髪とロングスカート。曲線美を描く体のライン。かすかな光にも煌めく、豪奢な宝石を宿したティアラ。――間違いなく、その姿は帝王の妃である、『ノハナ』そのものだった。

まさか、潜入しようとしていたことに気づかれたのか!?

与那の心臓は激しく高鳴った。鼓動で気づかれないようにと胸を抑える。もしも見つかったら捕えられ、なにをされるかわからない。メイサを救出する可能性すらついえてしまうのだ。

『ノハナ』は扉の向こうに手のひらを差し向け、ジェスチャーで誰かに待つようにと指示をした。

他にも誰かがいる、それは圧倒的不利な立場に立たされたことを物語っているようだった。

あまりの動揺で手が震え、ヘッドライトがぽろっと手からこぼれ落ちる。

――しまったっ!

かつん、と地面に落ちる音に『ノハナ』が反応し、視線が与那のほうに向けられる。しかも、そのはずみでライトの人感センサーが作動し、岩陰からのぞく与那の顔を照らし出した。ふたりは薄闇の中で見つめあう恰好となった。

「――ヨナさん……?」

目を見開いた『ノハナ』の唇がかすかに動き、与那の名を発した。

「い、いや……本人の空似で……」

与那の心臓は爆発しそうになり、思わずおずおずと後ずさる。

その瞬間、『ノハナ』の携えたランタンの光が宙を舞う。

「きゃっ!」

危機的状況を察したルーザーが、岩陰から飛び出してランタンを払いのけたのだ。光がころころと地面を転がる。

「兄貴、逃げるが勝ちっす!」

「あっ、ああ……」

与那はヘッドライトを拾うと、振り向いて両足に力を込め、ルーザーとともに全速力で駆け出す。

「待って! 待ちなさいってばヨナさん!」

背後から『ノハナ』の叫び声が聞こえる。あまりにも必死な声色で、与那を逃すまいとする執念のように感じられた。

「待てって言われて待つ阿呆はどこにもいないっす!」

ふたりは振り向く余裕など微塵もない。ヘッドライトの明かりだけを頼りに、突き出た岩肌を必死にかいくぐる。時折、腕や足に衝撃を覚えたが、呻いている余裕などなかった。

「ちくしょう、なんで潜入しようとしていたことがばれたんだ!?」

「捕えられたエルフたちに、魔法探知でもかけさせたんじゃないんすか!?」

「くそう、せっかく突き止めた潜入経路だったのに!」

悔しさを噛み締めながら子供たちの住処に戻ると、リサたち数人の子供たちが食事の準備をしているところだった。

「みんな、このまま地下道にいたら危ない! 急いで外に出よう!」

声をかけて出口の方向を指さす。

「どっ、どうしたんですか!?」

「妃が俺を捕まえようとして追ってきたんだ!」

「ええっ!?」

もしも与那だけが逃げたとしても、子供たちが捕らえられて与那のことを問いただされるに決まっている。だからこの場に残しておくわけにはいかない。

皆はすぐさま地上へと向かった。

「あっ、あれを見て!」

外へ出るやいなや、リサが宮殿のほうを指さして叫んだ。その表情は恐怖で凍りついている。

見ると宮殿の上空には、巨大な暗赤色の雲が渦を巻いていた。

雲は宮殿の中から立ち込めていた。組紐のように絡みあいながら渦を巻き、ラスカ帝国の空を占拠してゆく。

「宮殿の中で、とんでもないことが起きているのは間違いないっす!」

ルーザーが震える声で叫んだ。

「お兄ちゃんたちのところに行かないと!」

リサたちはアレンと合流するために市場へと向かう。ルーザーと与那も駆け出したが、与那は途中ではっとなって足を止めた。

ちょっと待てよ。もしもあの振動が宮殿に起きた異変と関係しているとすれば――『ノハナ』は俺の潜入に気づいたのではなく、宮殿から地下道に避難し、偶然、俺と遭遇したのかもしれない。

それに宮殿から聞こえた叫び声と、追ってきた複数の足音。それは鎧の金属音には聞こえなかった。連れてきたのが兵士ではないとすれば……。

与那は一瞬の逡巡の後、意を決してルーザーに告げる。

「ルーザー、後を追うから、先に行っていてくれ!」

ルーザーは立ち止まって振り返り、驚いた顔で与那に尋ねる。

「あの妃が兄貴を捕えに来たらどうするんっすか!」

「心配しないでくれ。確かめたいことがあるんだ。またあとで落ちあおう!」

ルーザーは不安そうな様子を見せたが、きゅっと口元を結んで答える。

「じゃあ兄貴、子供たちは任せてください! 万一のことがあっても、拙者が全力で守りますから!」

ぐっと親指を突き立ててウインクをし、くるりと背中を向ける。与那もすぐさま振り返った。

それから、ふたりは別の方向へと駆けだしていった。