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メイサは目隠しされ、手を縛られたまま連行されていた。金属製の螺旋階段が兵士たちの足音で騒々しく鳴り、地下深くへと引きずり込まれていった。冷たく、湿った空気が肌にまとわりつく。
たどり着いたのは暗く陰鬱な地下の牢獄。鍵が鈍く音を立てて回り、重厚な扉が軋んで開く。
「動くなよ、腕を切られたくなければな」と兵士に脅され、メイサは身をこわばらせた。
すると手を縛っていた縄が突然解かれ、背中から突き飛ばされた。冷たい石畳の床に倒れ込む。扉が閉まる音が背後で響き渡った。
おそるおそる目隠しを外すと、壁にかけられた燭台の炎に照らされた人影が浮かび上がる。毛布に身をくるませた捕虜のエルフたちだった。暗闇に目が慣れてくると、疲れ切って覇気を失っている顔がメイサの目に映った。
突然、捕虜の中のひとりが立ち上がり、声をあげた。
「もしかして、メイサなのか!」
「えっ、メイサがここに!?」
男性の声と、続く女性の声。聞いた瞬間、メイサの胸は高鳴った。メイサはその声を知らないはずはなかった。
「父、母……!?」
そこには、ダークエルフに捕えられて以来、会うことができなかった両親の姿があった。ふたりはメイサの目の前でひざまずき、心配そうに手を差しのべる。
「ああ、メイサ。あなたまで捕えられてしまうなんて……」
母はつながった手を引き寄せ、メイサを抱きしめた。父は両手を広げてふたりを包み込む。
「やっと、やっと会えたよぉぉぉ……」
メイサの声は震え、涙がこぼれ落ちた。たとえ牢獄に閉じ込められようとも、両親が生きていた事実を知りえただけでうれしかった。
「あたし、助けにきたんだけど、失敗しちゃったの」
「そうだったの……もう、メイサったら無理をしちゃって……」
メイサを抱きしめる母もまた、瞳を潤ませていた。
「ヴェンタスがダークエルフに襲われたんだけど、でも、救世主が助けてくれて。けれどダークエルフも人間たちに襲われて――」
それから、メイサは両親と離れ離れになった後のことを熱く語った。
ヨナという救世主が現れ、ダークエルフの襲撃から村を救ってくれたこと。
異世界の絶品料理を作り出して、村に笑顔と幸せをもたらしてくれたこと。
激闘を繰り広げた相手のダークエルフにすら、救いの手を差し伸べたこと。
メイサは駆け抜けた激動の日々を振り返り、最後にこう締めくくった。
「――でも、救世主はきっと、あたしたちのことを助けてくれると思う。だから信じて!」
いつのまにか、皆がメイサの熱弁に聞き入っていた。捕虜のエルフたちは異世界から転移した救世主の存在と、100円アイテムという現代世界の創意工夫に驚愕していた。希望の光が灯されたエルフたちは、互いに励ましあい、次第に生気を取り戻していった。
数時間が経ち、深夜の時間帯に差しかかる頃、牢獄の扉に鍵を差し込む音がした。誰もが興奮で眠ることができなかったので、皆の視線が音の鳴る扉で重なる。
すると、そこに姿を現したのは――『ノハナ』と呼ばれた王妃だった。与那を捕えようとした張本人だ。メイサはその姿を見るやいなや、睨みつけて歯ぎしりを立てた。
けれど、乃花は落ち着いた声でメイサに語りかける。
「確か、メイサちゃんっていう名前よね。わたしはあなたに尋ねたいことがあってここに来たの」
「はぁ? あたしに尋ねたいこと? 答えたらみんなを開放してくれるならいいわよ」
メイサはこめかみに青筋を立て、両耳をピクピクと動かした。乃花はそんな態度を意に介せず、冷静に質問を投げかける。
「あなたが身代わりになって守ろうとした、左頬に痣のある男。いったい何者なの?」
そう聞かれ、メイサは反抗心に満ちた声で答えた。
「ヨナは神によって異世界から転移した『救世主』よ。あたしたちの村は、ヨナの活躍によって救われたの」
「きゅ……きゅうせいしゅですって!?」
乃花は目を見開いた。けれど心当たりはあった。ゼーリアという女神が言っていた、世界を救う役目。彼はその役目を担った人物なのだと乃花は直感した。同時に彼は自分と同じく死の危機を逃れて異世界に転移した存在であり、羽場兎の仕立てた暗殺者でないということも。
救世主としてエルフの信頼を勝ち取った彼だからこそ、少女が身を挺して彼を守ろうとしたことも納得できる。
「なるほど、神が遣わした救世主ね。あなたの言っていること、わたしは信じるわ」
乃花が納得したので、メイサは両腕を組み、毅然とした態度で言い返す。
「だったらもういいでしょ。早くここから解放してちょうだい!」
「それはできないわ。けれど、あなたのことはわたしが守ってあげるから」
「守ってあげるって、なにがよ!? あたしたちエルフを攫ったくせに!」
すると、盾突くメイサに父が歯止めをかけた。
「メイサ、そんな横暴なことを言うな。王妃は我々を庇ってくれているんだ」
「はぁ? 捕まえてこんなところに閉じ込める人間のどこが!」
父はメイサを諭すように言う。
「ここにいるエルフたちは皆、粗末な食料しか与えられていなかった。けれど王妃は時々、他の兵士の目を盗んで食料や防寒具などを運んでくれるんだ」
王妃の立場なのにそんなことがあるはずないとメイサは思った。けれど乃花を見やると、その表情にはパレードの時に見たような殺伐とした雰囲気がなかった。
「メイサちゃん、今は辛抱して待っていて。必ずここから出してあげるから」
そう言う乃花のまなざしには、慈悲深ささえ垣間見える。
「……絶対よ。約束して」
メイサが疑い深く答えると、乃花はかすかに柔和な笑みを浮かべた。
じつは、パレードで捕らえられそうになった与那を守ろうとしてメイサが飛び出してきた時、乃花の内心は大騒動だった。
妃として威厳のある態度を見せていたが、メイサのニット帽が外れて顔があらわになった瞬間、乃花の心臓はときめきの旋律を奏でた。
なにこの二次元的かわいさに溢れた美少女!
シルク生地に勝るほどの美白で滑らかな肌!!
蒼天を吸い込んだような澄んだブルーの瞳!!!
妖精と人間のハーフアンドハーフ、めっちゃ神秘性がダダ漏れしているじゃない! そこに痺れる憧れるゥゥゥ!
浮世離れしたメイサの姿はどんな宝石よりも乃花の心をわしづかみにした。だから、不遇な扱いを受けているメイサを助けたいという気持ちは乃花の本心である。
乃花はしばらく思考を巡らせ、思いついたことをメイサに尋ねる。
「ねぇ、もしかしてそのヨナっていう男、100円ショップとかなんとか言っていなかった?」
乃花は女神が「100円アイテムを駆使する力を与えてあげる」と言っていたのを思い出したのだ。すると今度はメイサが目を丸くした。
「救世主の駆使するあの究極のスキル、あなたも知っているの!?」
「えっ、ええ、まぁ……」
「もしかして、あなたも使えるの!?」
「あっ、ううん。わたしは、それはちょっと……」
言葉尻がしどろもどろになり、ごまかすように髪をかき上げた。
乃花は100円ショップの格安アイテムを卑下し、その能力を受け取ることを拒否してしまったのだ。異世界で生きている以上、スマホでハッタリをかます以外に、なんらかのスキルを手に入れておくべきだったと後悔に襲われた。
「ところで、どうしてヨナという男はわたしを探していたの?」
「ヨナはあなたを見つけ出し、一緒に戦うんだって言っていたから」
「へっ? わたしと一緒に戦う?」
乃花の口からすっとんきょうな声が出た。
「それに、あなたと出会ったその先に、元の世界に戻れる道が開けるんだって」
「もどる方法が見つかる、って……ほんとうに!?」
乃花は絶句した。王妃となって3か月、現実世界に戻る手がかりはまったく掴めなかった。けれど突如として現れた青年が、元の世界に戻る『鍵』だと知って、期待を抱かないわけがない。
「わかった。わたし、あなたとヨナに協力するわ」
「えっ、ほんとうに!?」
乃花の意外な申し出に、メイサは期待と疑念を織り交ぜた表情を浮かべる。
「そうよ。わたしもこの世界での使命を果たすために、ここにいるのだから。でも、この会話のことは――」
真摯な表情で人差し指を唇の前に立てて見せる。
「――どんなひどい目に遭っても、絶対に内緒にして」
そう言い残して、乃花はすっくと立ちあがった。
皆は乃花とメイサの不思議なやり取りに聞き入って、唖然としていた。メイサは振り返らずに去っていく乃花の姿を見つめながら、強く拳を握りしめた。
メイサは目隠しされ、手を縛られたまま連行されていた。金属製の螺旋階段が兵士たちの足音で騒々しく鳴り、地下深くへと引きずり込まれていった。冷たく、湿った空気が肌にまとわりつく。
たどり着いたのは暗く陰鬱な地下の牢獄。鍵が鈍く音を立てて回り、重厚な扉が軋んで開く。
「動くなよ、腕を切られたくなければな」と兵士に脅され、メイサは身をこわばらせた。
すると手を縛っていた縄が突然解かれ、背中から突き飛ばされた。冷たい石畳の床に倒れ込む。扉が閉まる音が背後で響き渡った。
おそるおそる目隠しを外すと、壁にかけられた燭台の炎に照らされた人影が浮かび上がる。毛布に身をくるませた捕虜のエルフたちだった。暗闇に目が慣れてくると、疲れ切って覇気を失っている顔がメイサの目に映った。
突然、捕虜の中のひとりが立ち上がり、声をあげた。
「もしかして、メイサなのか!」
「えっ、メイサがここに!?」
男性の声と、続く女性の声。聞いた瞬間、メイサの胸は高鳴った。メイサはその声を知らないはずはなかった。
「父、母……!?」
そこには、ダークエルフに捕えられて以来、会うことができなかった両親の姿があった。ふたりはメイサの目の前でひざまずき、心配そうに手を差しのべる。
「ああ、メイサ。あなたまで捕えられてしまうなんて……」
母はつながった手を引き寄せ、メイサを抱きしめた。父は両手を広げてふたりを包み込む。
「やっと、やっと会えたよぉぉぉ……」
メイサの声は震え、涙がこぼれ落ちた。たとえ牢獄に閉じ込められようとも、両親が生きていた事実を知りえただけでうれしかった。
「あたし、助けにきたんだけど、失敗しちゃったの」
「そうだったの……もう、メイサったら無理をしちゃって……」
メイサを抱きしめる母もまた、瞳を潤ませていた。
「ヴェンタスがダークエルフに襲われたんだけど、でも、救世主が助けてくれて。けれどダークエルフも人間たちに襲われて――」
それから、メイサは両親と離れ離れになった後のことを熱く語った。
ヨナという救世主が現れ、ダークエルフの襲撃から村を救ってくれたこと。
異世界の絶品料理を作り出して、村に笑顔と幸せをもたらしてくれたこと。
激闘を繰り広げた相手のダークエルフにすら、救いの手を差し伸べたこと。
メイサは駆け抜けた激動の日々を振り返り、最後にこう締めくくった。
「――でも、救世主はきっと、あたしたちのことを助けてくれると思う。だから信じて!」
いつのまにか、皆がメイサの熱弁に聞き入っていた。捕虜のエルフたちは異世界から転移した救世主の存在と、100円アイテムという現代世界の創意工夫に驚愕していた。希望の光が灯されたエルフたちは、互いに励ましあい、次第に生気を取り戻していった。
数時間が経ち、深夜の時間帯に差しかかる頃、牢獄の扉に鍵を差し込む音がした。誰もが興奮で眠ることができなかったので、皆の視線が音の鳴る扉で重なる。
すると、そこに姿を現したのは――『ノハナ』と呼ばれた王妃だった。与那を捕えようとした張本人だ。メイサはその姿を見るやいなや、睨みつけて歯ぎしりを立てた。
けれど、乃花は落ち着いた声でメイサに語りかける。
「確か、メイサちゃんっていう名前よね。わたしはあなたに尋ねたいことがあってここに来たの」
「はぁ? あたしに尋ねたいこと? 答えたらみんなを開放してくれるならいいわよ」
メイサはこめかみに青筋を立て、両耳をピクピクと動かした。乃花はそんな態度を意に介せず、冷静に質問を投げかける。
「あなたが身代わりになって守ろうとした、左頬に痣のある男。いったい何者なの?」
そう聞かれ、メイサは反抗心に満ちた声で答えた。
「ヨナは神によって異世界から転移した『救世主』よ。あたしたちの村は、ヨナの活躍によって救われたの」
「きゅ……きゅうせいしゅですって!?」
乃花は目を見開いた。けれど心当たりはあった。ゼーリアという女神が言っていた、世界を救う役目。彼はその役目を担った人物なのだと乃花は直感した。同時に彼は自分と同じく死の危機を逃れて異世界に転移した存在であり、羽場兎の仕立てた暗殺者でないということも。
救世主としてエルフの信頼を勝ち取った彼だからこそ、少女が身を挺して彼を守ろうとしたことも納得できる。
「なるほど、神が遣わした救世主ね。あなたの言っていること、わたしは信じるわ」
乃花が納得したので、メイサは両腕を組み、毅然とした態度で言い返す。
「だったらもういいでしょ。早くここから解放してちょうだい!」
「それはできないわ。けれど、あなたのことはわたしが守ってあげるから」
「守ってあげるって、なにがよ!? あたしたちエルフを攫ったくせに!」
すると、盾突くメイサに父が歯止めをかけた。
「メイサ、そんな横暴なことを言うな。王妃は我々を庇ってくれているんだ」
「はぁ? 捕まえてこんなところに閉じ込める人間のどこが!」
父はメイサを諭すように言う。
「ここにいるエルフたちは皆、粗末な食料しか与えられていなかった。けれど王妃は時々、他の兵士の目を盗んで食料や防寒具などを運んでくれるんだ」
王妃の立場なのにそんなことがあるはずないとメイサは思った。けれど乃花を見やると、その表情にはパレードの時に見たような殺伐とした雰囲気がなかった。
「メイサちゃん、今は辛抱して待っていて。必ずここから出してあげるから」
そう言う乃花のまなざしには、慈悲深ささえ垣間見える。
「……絶対よ。約束して」
メイサが疑い深く答えると、乃花はかすかに柔和な笑みを浮かべた。
じつは、パレードで捕らえられそうになった与那を守ろうとしてメイサが飛び出してきた時、乃花の内心は大騒動だった。
妃として威厳のある態度を見せていたが、メイサのニット帽が外れて顔があらわになった瞬間、乃花の心臓はときめきの旋律を奏でた。
なにこの二次元的かわいさに溢れた美少女!
シルク生地に勝るほどの美白で滑らかな肌!!
蒼天を吸い込んだような澄んだブルーの瞳!!!
妖精と人間のハーフアンドハーフ、めっちゃ神秘性がダダ漏れしているじゃない! そこに痺れる憧れるゥゥゥ!
浮世離れしたメイサの姿はどんな宝石よりも乃花の心をわしづかみにした。だから、不遇な扱いを受けているメイサを助けたいという気持ちは乃花の本心である。
乃花はしばらく思考を巡らせ、思いついたことをメイサに尋ねる。
「ねぇ、もしかしてそのヨナっていう男、100円ショップとかなんとか言っていなかった?」
乃花は女神が「100円アイテムを駆使する力を与えてあげる」と言っていたのを思い出したのだ。すると今度はメイサが目を丸くした。
「救世主の駆使するあの究極のスキル、あなたも知っているの!?」
「えっ、ええ、まぁ……」
「もしかして、あなたも使えるの!?」
「あっ、ううん。わたしは、それはちょっと……」
言葉尻がしどろもどろになり、ごまかすように髪をかき上げた。
乃花は100円ショップの格安アイテムを卑下し、その能力を受け取ることを拒否してしまったのだ。異世界で生きている以上、スマホでハッタリをかます以外に、なんらかのスキルを手に入れておくべきだったと後悔に襲われた。
「ところで、どうしてヨナという男はわたしを探していたの?」
「ヨナはあなたを見つけ出し、一緒に戦うんだって言っていたから」
「へっ? わたしと一緒に戦う?」
乃花の口からすっとんきょうな声が出た。
「それに、あなたと出会ったその先に、元の世界に戻れる道が開けるんだって」
「もどる方法が見つかる、って……ほんとうに!?」
乃花は絶句した。王妃となって3か月、現実世界に戻る手がかりはまったく掴めなかった。けれど突如として現れた青年が、元の世界に戻る『鍵』だと知って、期待を抱かないわけがない。
「わかった。わたし、あなたとヨナに協力するわ」
「えっ、ほんとうに!?」
乃花の意外な申し出に、メイサは期待と疑念を織り交ぜた表情を浮かべる。
「そうよ。わたしもこの世界での使命を果たすために、ここにいるのだから。でも、この会話のことは――」
真摯な表情で人差し指を唇の前に立てて見せる。
「――どんなひどい目に遭っても、絶対に内緒にして」
そう言い残して、乃花はすっくと立ちあがった。
皆は乃花とメイサの不思議なやり取りに聞き入って、唖然としていた。メイサは振り返らずに去っていく乃花の姿を見つめながら、強く拳を握りしめた。



