異世界から訪れた同志の存在は、乃花にとって心強いものだった。けれど、それは同時に大きな懸念をもたらすことになった。

神は人間をこの世界に転移させる能力を持っている。そして、異世界の転移はけっして稀有な事象ではない。

それなら、もしも羽場兎が神に口利きできる人間をリクルートし、貢ぎ物という賄賂を使えば――わたしを殺すための刺客を送り込んでくる可能性だってある。異世界の人間を判別できない以上、わたしは常に危険と隣りあわせだ。

う~む、なんとかしてわたしを狙う異世界の来訪者を判別できる方法はないものか。

乃花は考えに考え、ついに妙案にたどり着いた。

そうだ、いい方法がある! この世界では、わたしの苗字の『タカネ』はいっさい封じること。もしもわたしのことを『タカネ』と呼ぶ者がいたならば、その者は羽場兎の手下に違いないのだから。

しかも、この世界は現実世界の裁きなんて管轄外だ。いっそのこと、その場で消してしまっても構わないんだ!

着想はセールの『埴輪判別法』から得たものだが、その大胆不敵な作戦に身震いを覚えた。

そして、その作戦はついに功を奏した。不意に、現実世界から転移した人物の特定に成功したのだ。パレードの観衆の中に、乃花を『タカネ』と呼ぶ人物がいたのである。

見た目は若く、左頬に痣のある男だった。乃花と同年代で、使い捨ての鉄砲玉と思えた。おそらく闇バイトで雇った人材なのだろうと察する。

ただ、どうにも腑に落ちないことがある。

『高根さんなんだろ? なんでこんなところにいるんだよ!』

この世界に転移したわたしを追ってきたにしては違和感のある言い方だ。それに、わたしに対して妙に親し気な呼び方をしてきた。わたしとは面識のない男だというのに。

残念なことに、その男は取り逃がした。けれど、その仲間を捕えることはできた。

ところが、その仲間は意外にもエルフ、それも少女だった。しかも男をかばってみずから突っ込んできた。

なぜ、エルフが帝国に侵入していたのか? どうして異世界の人間をかばったのか? そこまで強固な関係が築かれた背景はなんなのか?

やっぱり、この世界(ユーグリッド)は謎で溢れている場所なのだ。

けれど、ユークリッドの住人であり男の仲間であるエルフ。彼女であれば、謎の真相を語ることができるはず。

そう考えながら夕食を摂りおえた乃花は、隣に鎮座する帝王に視線を送る。

食事の間、周囲は常にシェフや使用人たちに囲まれている。けれど乃花は持ち前の度胸を発揮し、堂々とした態度を取っていた。

晩餐をデザートで締めくくった帝王は、口元をナプキンで拭った後、乃花にこう告げた。

「ノハナよ、余はこれから軍の会議がある。しばらく留守にするが、気にせず就寝するがよい」

「承知しました、アルトゥス様。素晴らしい作戦が思いつくのを願っておりますわ」

乃花は柔和な笑顔で返した。

――よし、今夜がチャンスだ!

乃花は深まる謎を解くべく、使用人たちが寝静まった隙を見計らって、地下牢の鍵を手にしたのだった。