【受賞作】異世界に飛ばされた俺のポケットが100円ショップとつながったので救世主をはじめました



乃花が王妃となって、もうすぐひと月が経つ。その間、乃花は現実世界に戻るための方法を探し続けていた。しかし、手がかりが見つかることはない。

とはいえ、同時に帝王アルトゥスの行動も監視していた。

アルトゥスはしばしば軍を異国に派遣していた。ほとんどは勝利を収め、そのたびに宮殿の大通りではパレードが催された。エルフたちの宝玉や工芸品が出回り、民は歓喜の声をあげてそれらを求めた。

表向きには、軍はエルフたちに協力して魔物と戦っていることになっていた。そのお礼なのだと、民は知らされていた。

けれど、乃花は気づいていた。軍は帰還する時、必ずと言っていいほどエルフを捕虜として連れてきた。乃花はひそかに兵の後を追い、エルフたちがこの城の牢獄に監禁されていることを突き止めていた。

それに、使用人たちの噂話から、アルトゥスの実年齢が80を過ぎた老人だということも知り得た。

けれど見た目では四十歳ほどか、あるいはもう少し若い。その乖離の理由は、エルフを捉えることと関係があるのだろうと乃花は察していた。

さらに、ユーグリッドは完全に現実世界と断ち切れているわけではないと気づいた。なぜなら、時々、スマホの電波がつながる時があるのだ。どうやら時間的、空間的に近づいたり遠ざかったりしているらしい。

その事実に気づいた乃花は、電波が繋がったタイミングを狙い、執事の服部に連絡を入れた。電話をかけると服部はワンコールで応対した。

『おっ、お嬢様でございますか!?』

「服部? ええ、わたしよ。ちゃんと生きているから安心して」

『おおおおお嬢様、ご無事でなによりでございます!』

「あまり長く話せないからよく聞いて。わたしを攫った黒幕は羽場兎よ。けれど女神のおせっかいで異世界に転移させられちゃって。戻れる方法を探しているから、服部は警察に言ってあいつを捕まえて。殺そうとしたから厳罰を与えてやって!」

「なるほど、では繰り返します。羽場兎が誘拐犯で、女神に異世界転……はああぁぁっ!?」

プツッ、プープープー……。

どうやらユーグリッドが現実世界から遠ざかったようだ。冷静沈着な服部が時間差で繰り出した動揺に、乃花は少しおかしくなった。けれど、またタイミングを見て電話をすれば――。

と、その時、乃花は致命的なミスを犯していることに気づいた。それは、バッテリーの残量が「20%」と表示されていたことだ。

やっ……やっばーい!

この世界(ユーグリッド)では、スマホを充電する方法なんて存在しないのだ。今までは充電すら執事に任せていたため、バッテリー不足の危機に対して鈍感になっていた。

もしもバッテリーが切れてしまったら、帝王を脅していた方法(ハッタリ)が使えなくなってしまう。そのことに気づかれれば、あの『エロボケ帝王』にどんな目に遭わされるのか、想像するのすら恐ろしい。

スマホはいざという時の切り札としてしか使えない。乃花はそう思い、すぐさまスマホの電源を切って宮殿の外へと向かっていった。

バッテリーゼロの危機に陥った乃花が向かったのは、帝国軍の兵器開発研究所である。

宮殿の敷地内に建設された、倉庫のような直方体の建物。そこでは機動土器の製造が行われている。

天井はガラス張りで、明るい光が部屋全体を照らしている。中央には巨大な作業台があり、多くのエンジニアが未完成の機動土器にパーツを組み込んでいた。空調の音と機械の動作音が規則的に鳴り響き、研究所全体がメトロノームのように独特のリズムを生み出している。

現在、製造されている機動土器は、それまでの埴輪型のものとは異なり、腕や足が長く、スタイリッシュなデザインだった。艶のある真紅の塗装に包まれたそれは、ロボットもののアニメから飛び出たような精悍な姿をしていた。

その指揮を執るのが壮年の機械設計士であり、操縦士であるセールである。セールは研究所を訪れた乃花に気づいて駆け寄ってきた。

「お妃様、ここはいつ事故が起こるかもわからない技術者の戦場です。お妃様のような方が踏み込むような場所ではございません」

髪にはところどころ白髪が混じり、目尻のしわは長年の経験を物語っている。齢五十ほどに見える、落ち着いた雰囲気の男性だ。セールは七年ほど前から帝王の膝元で兵器の開発をしているらしい。

「ううん、セールに急ぎで相談があるの。機械にエネルギーをチャージできないかと思って」

「エネルギーのチャージ? 魔力ではなく、ですか?」

セールは不思議そうに尋ねた。

「うん、セールは魔法に頼らない兵器を開発しているんでしょう?」

乃花が帝王から仕入れた情報によると、この世界(ユーグリッド)における動力は魔力であり、その魔力は鉱物の魔翠石から得ているとのこと。けれど魔翠石の供給は限られているため、新たな動力を用いた兵器を開発しているのだとも。

その新たな動力源が『電気』ではないかと察し、期待してセールに尋ねたのだ。

「もしかしたら『電気』を作れるようになったんじゃないかと思って。違うかしら?」

すると、セールは急に驚いた顔になり、奇妙な質問を投げかけてきた。

「あの……お尋ねしますが、帝国の門を護衛する機動土器の姿は、なにに見えますか?」

「え? 埴輪じゃないかしら?」

乃花はその問いかけの意味がわからず、素直に思った答えを口にする。するとセールの口元が決心を固めたようにきゅっと結ばれた。

「さてはお妃様は……異世界から来られた方なんですね」

唐突にそう言われ、乃花は飛び上がるほど動揺した。自制心で隠し通そうと思ったが、すでに驚きで肩が跳ねていた。

セールは確信を得たようで、周囲を見渡してから声のトーンを下げて語りかける。

「じつは私も異世界からやって来たんです」

「ええええぇぇぇ!!!!????」

小声ながら伸びのある驚声(きょうせい)をあげる乃花。開いた口はいつまでもふさがらなかった。

セールは埴輪をモチーフにして機動土器を設計したが、この世界(ユーグリッド)には『埴輪』というものが存在しないことをセールはわかっていた。だから、機動土器の姿を『埴輪』だと答えたのならば、その人物は別世界からの転移者に違いないということだ。

乃花はすかさずスマホを取り出してセールの目の前にかざす。

「だったらこれ、なにかわかるわよね!?」

「これは、スマホでございますね! もしかしてお妃様は、銀河系の太陽系の地球の日本にお住まいでいらっしゃいますか!?」

「そうそうニッポン! っていうことは、セールもそうなのね!」

「はい、そうでございます」

「わたしと同じ故郷の人、いるんだぁ~」

自分と同じ世界から来た人間がいる事実を知り、異世界に放り出された不安が薄らいでゆく。

「もしかして、セールも命の危機に見舞われたのかしら」

「はい。開発室の事故で吹き飛ばされたと思ったら宇宙空間のような場所に……」

「それって、神様のしわざでしょう?」

「お妃様も、ですか!」

やっぱりわたしと同じだ、と思うと同時に確信したことがある。それは、神は自分以外にも多くの人間をこの世界に転移させているという事実。

「そうよ。で、その神の名前は?」

「ダイゾーンという、森羅万象の神です」

「えっ、ダイゾーン……?」

セールが答えた神の名は、乃花の知る神ではなかった。

「わたしはゼーリアっていう女神だったわ」

「そうなんですか。神もいろいろなんですな」

「ところでなにか、使命みたいのを託されたの?」

「はい。ものづくりに励み、生きとし生けるものを救う使命を言い渡されました」

神は違えど、異世界に転移させる目的はいずれも似たもののようだ。セールの場合は、機械工学のスキルを見込まれたのだろうと乃花は察する。

いつのまにか、ふたりの間には奇妙な連帯感が生まれていた。共感が温和な空気となってふたりの距離の間にふわふわと漂う。乃花は思わず顔をほころばせていた。

その時、技術者のひとりがあわてた様子で駆け寄ってきた。

「セールさん、裏の基盤が火花を散らしています!」

「わかった、電圧が高すぎるせいだろう。蒸気タービンを止めて、余剰電力はアースに逃がしてくれ。私もすぐに行く!」

技術者は踵を返して駆けていった。セールは乃花に向かって一礼する。

「すみません、私も行かなければならないので、続きは後の機会にお願いします」

「待って。最後に聞きたいんだけど、セールはもう七年もここにいるんでしょう? 家族はいるの?」

するとセールは困り顔になり、頭を搔きながら湿っぽい雰囲気で答える。

「ははっ、私がいなくなって、家族には苦労をかけているに違いありません。なにせ死体がなければ、失踪として扱われてしまうでしょうから」

「あ……ごめんなさい、変なことを尋ねてしまって」

柄にもなく申しわけなさそうな顔をする乃花。セールは気遣うように首を横に振った。

「じつは、私にも息子がいたんですよ。今頃はきっと、お妃様と同じくらいの年頃かと」

「そうなんですか。帰れるのならば、元の世界に帰りたいんですよね」

「もちろんですが、私にはこの世界での使命があります。撒かれた場所で咲く、それが設計士としての私の流儀です」

その意思の強そうな話し方は、どことなく街中で見たあの青年を思い出させる。

「あの……セールさん、向こうの世界でのお名前は?」

乃花が尋ねると、セールは一瞬の間を置いてから、懐かしむように名前を口にした。

「かつては、安井清琉(やすいせいる)という名でした」

以来、セールは乃花の理解者となり、元の世界に戻るための運命共同体となったのである。