【受賞作】異世界に飛ばされた俺のポケットが100円ショップとつながったので救世主をはじめました



時は与那がこの世界(ユーグリッド)に転移する前日。

ここは、神の国にある「Cafe de l'Éternité(カフェ・ド・エテルニテ)」。神々が集い、世界の平和を願って談笑をするラウンジ喫茶店(カフェ)である。

地上ではみられない幻想的な花々が彩りを添え、その香りが爽やかな風に舞ってカフェを満たす。

二人席の片側に腰を据えるのはギャンドゥ。豪奢な装飾を施した服に、髪は黄金比の分け目できっちりとセットされている。

向かいに座するのは、ギャンドゥと同様、格安便利グッズを司る神の一柱、ゼーリア。艶めいたパープルの髪は静かに揺らめいている。

互いに隙のない笑みを浮かべて相対した。ギャンドゥから要件を切り出す。

「ゼーリアよ、例の『彼女』は世の役に立っているのか」

するとゼーリアは頬をぷぅーっと膨らませ、怒りの表情を見せつける。

「それがね、あったまきちゃうのよ。信じられないくらい反抗的で無能だったわ。社会的地位が高いから能力者かと思ったんだけど」

ゼーリアは大きなため息をついた。かたやギャンドゥは胸を撫でおろす。

「ところであなたのほうはどうなの?」

ギャンドゥは爛々と瞳を輝かせた。声をひそめて顔を近づけると、ゼーリアも応じて距離を詰めた。

「ふふ、まだ調達できていないのだが、なかなか有望な若者がいてな」

「『救世主』の候補を見つけたのね。でも、調達できる見込みなんてあるの?」

「ここだけの話なんだが――とりあえず、一緒に見てくれないか」

ふたりはカフェの中央にある『先見の湖』と呼ばれる、レンガ造りの円形をした水槽に歩み寄る。いくつもの噴水が水面をざわめかせているが、ギャンドゥが手をかざすと噴水の水が引いてゆく。

凪いだ湖面に映し出されたのは――『エリアJP』と呼ばれる世界の、とある格安雑貨店の店内だ。水槽は定点カメラのように、店内の風景を映し出している。

この水槽は、神のアイテムの『目』を通して異世界の未来を見通すことができる。

のぞき込むと、仕事の前に手を合わせて「今日も一日、店の品物がたくさん売れますようにっ!」と願う青年の姿が見えた。

「彼は安井与那(やすいよな)、100円ショップであるギャン☆ドゥで勤務する若い店員だ」

しばらく眺めていると、店が突然、激しい揺れに襲われる。棚が倒れ、青年が下敷きになりそうになった。

「あら、可哀想ね。この青年、ここで短い生涯を終えてしまうのかしら」

ゼーリアはそう言いながらも、この『先見の湖』を見せたギャンドゥの意図を察している。ギャンドゥはかすかに笑みを浮かべた。

「私は『彼』でおまえと勝負をしたいと考えている。まさに渡りに船というべきタイミングだ」

神が人間を異世界に転移させられるのは、『対象に生命の危機が及んだ瞬間』と決められている。生ける者が消えてしまっては、人類に予測不能な影響を与える可能性があるからだ。

規律の厳しい神界において、世の秩序を保ちながら死にゆく者を救済する唯一の手立ては、死の直前に異世界へ転移させることである。

「ところで転移させる場所は?」

「ちょうどエルフの村で救世主を欲しがっているようだからな。少女に貢ぎ物までされたからには無下にできんだろう」

もう一度水面に手をかざすと、祭壇で祈りを捧げるエルフの少女が映し出された。

「両親がダークエルフにさらわれ、悲嘆に暮れているところだ」

つまり、与那がメイサと出会ったのは、神によってもたらされた必然の邂逅に違いなかった。

「でも、平凡そうな『彼』だけど、勝機はあるのかしら?」

ギャンドゥは、ふふっと意味ありげな笑みを浮かべる。

「『彼』を甘く見てはいけないよ。『彼』の創意工夫は我々の想像を超えるかもしれないからな」

ふたりの神は勝負をしていた。それは「異世界から有能な者を転移させ、その活躍を競う勝負」という、人間を用いた勝負だった。都合がよいことに、世界は帝王の暴走により争いの中にあったのだ。

そして、その勝負の目的とは――。

ゼーリアは、テーブルに置かれた紅茶に目を落とす。その紅茶は、神の国でしか採れない珍しい茶葉で淹れられたもので、芳醇な香りを放っていた。

「この紅茶、ほんとうに美味しいわね」

ゼーリアが感嘆の声をあげた。けれど内心では、ギャンドゥがいるからなおさら美味しいのだと思っている。

「ああ、私も大好きだ。愛しているとも言えるくらいだ」

その一言は、紅茶ではなくゼーリアに向けられたものだが、面と向かって伝えることなどできるはずがない。

神は、こじらせていた。

崇め奉られるのが日常である神にとって、自分から告白をするなど、大地からマグマが溢れるほど甚大な羞恥だった。

神は、両片想いであった。

どちらかが己の感情を認め、その感情に素直になっていれば、まわりくどい勝負などする必要がなかったのだ。

けれど、どこかで折り合いをつけなければ進展はない。そう考えたギャンドゥはひとつの案を練りだした。

それは「勝負をし、勝ったほうが相手を従える権利を得られる」という案である。動機は相手を手中に収めたいという慕情のなれの果てである。

ゼーリアは逡巡するふりをし、内心では嬉々として賛同していた。これで勝負の進捗状況の確認を口実に、ギャンドゥとカフェで逢うことができるからだ。

『彼』――『安井与那』はエルフの領地へ、そして『彼女』――『高根乃花』は人間の領地へ。ふたりが描く未来を、二柱の神は肩を並べて観る映画のように楽しむことになる。

ふと、ギャンドゥが真剣な表情になる。

「ところで、この世界の混沌に神が関わっているのを知っているか?」

「えっ、人間への過大な干渉は神界規律違反でしょう?」

「それが……文化が進歩して物が増えすぎ、廃棄される品物が増えたことが問題なのだ。物に宿る思念を一心に受けている柱のことは、知っているよな」

「まさか、あのダイゾーンが!?」

ゼーリアは手のひらで開いた口を隠すように、驚いた顔をした。

「もしかしたらダイゾーンは捨てられた品々の怨念を受けて、物欲神に堕ちてしまうかもしれない」

ギャンドゥの眉間には深いしわが刻まれる。

「もしもそんなことになったら……世界は魔物に飲み込まれてしまうわ」

「では手遅れにならぬよう、早急に世界を救うための勝負を進めるとしよう。名残惜しいが、私はこれで行くとするよ」

ギャンドゥはすっくと立ちあがった。ゼーリアは頬杖をついて上目遣いの視線で尋ねる。

「まあ残念。次はいつ、進捗状況を話すのかしら?」

「来週末ではどうだ。 彼にはそれまでにひとつくらい、活躍してもらうつもりだからな」

「うふふ、うまくいくかしら」

「うまくいかせるさ」

「じゃあ、また会えるのを、楽しみにしているわ」

「ああ、またな」

マントを翻し颯爽と去っていくギャンドゥ。その背中姿を、頬杖をついて見送るゼーリア。

未来を映していた水槽では、ふたたび噴水が湧き起こり、映る地上の光景を静かにかき消してゆく。

ゼーリアの熱を帯びた視線は、いつまでも凛々しい背中姿を追い続けていた。