【受賞作】異世界に飛ばされた俺のポケットが100円ショップとつながったので救世主をはじめました



つんざくような銃声の後、急にあたりが静寂に包まれた。頭部への衝撃はなかった。

おそるおそるまぶたを開くと、乃花は宇宙空間のような場所に浮かんでいた。周囲には数多の星雲が散りばめられている。

「ここはどこ? いったい、なにが起きたの!?」

「ふふっ、驚いているようね」

背後から落ち着きのある声がした。振り向くと、そこには腕を組んだ美しい女性が佇んでいる。

艶めいて揺れるパープルの長い髪、均整の取れた頬骨、そして魅惑的に膨らんだ深紅の唇。顔立ちは彫刻のように整っており、体躯は優雅な曲線美を描いている。一目で神秘的な存在なのだとわかる輝きを放っていた。

「私はゼーリア。森羅万象のうち、雑貨品を扱う神のひとりよ」

「はぁ、神ぃ?」

畏敬の念のかけらも見せず、眉根を非対称に寄せる乃花。意外な反応にゼーリア神は一瞬、戸惑いを見せた。

「あなたは私の采配で死を免れたのだけれど、それには理由があるの」

すると乃花は平泳ぎの格好で泳ぎながらゼーリア神の目の前へと移動し、大胆不敵に仁王立ちで両腕を組んでみせる。

「理由なんてどうでもいいから元の世界に返して。神とかなんとか偉ぶっても、わたしは無宗派だから通用しません!」

「ちょっとなによ、その大胆不敵な態度は!」

露骨に拒絶する乃花の迫力に、ゼーリア神のほうが動揺を誘われた。けれど自身を律するように落ち着いた声で諭す。

「えっと、いい? とある世界が今、混沌のさなかにあるの。あなたはその世界に転移して、その世界の住人を救う義務があるのよ」

「世界を救う義務? なに冗談言っているのよ。わたしは現世に戻って、あの羽場兎の一味を警察に突き出し、優雅な生活を取り戻さなくちゃならないんだから!」

乃花は神の提言に聞く耳を持たない。自分のやりたいことはやるが、やりたくないことは断る主義の乃花にとって、世界を救うなど面倒事でしかなかった。18年間、そうして生きてきたのだから、見ず知らずの神が諭しても焼け石に水である。

ゼーリア神はふるふると怒りで震えていた。けれど数秒の思考で妙案を思いつき、ふっと口元を緩めた。

「ふーん。けれど、いますぐ戻れるなんて期待は捨てることね」

乃花はぴくりと片側の眉を上げる。

「……なんでよ?」

「あなたは死ぬ運命だったのを救われたのよ。相応の貢献がなければ、再転移の権利なんて得られるはずがないもの」

「じゃあ、どうすればいいのよ」

「100円ショップのアイテムを駆使する力を与えてあげるつもりよ。それで危機を打破して――」

「100円ショップですって!? わたしは高級雑貨店の社長令嬢よ! そんな下等なアイテム、触っただけでわたしの高貴なオーラが蝕まれてしまうわ!」

乃花はこともあろうに神の言葉に自分の言葉を被せ、しかも格安グッズを蔑む発言を繰り出した。

「あっそう、それならあなたを狙う『羽場兎一味』にかるく殺されてしまえばいいわ。あなたを狙う者を転移させることだって、できなくないのよ?」

それは反抗心満載の乃花に対しての脅しであった。身の危険が及ぶのであれば、従順になるだろうと踏んでのことだ。

けれど乃花に「承服」の二文字はない。

「へぇ、それが人にものを頼む態度? わたしにお願いしたかったら、イケメンで上半身逆三角形で腹筋がシックスパックで足の長い、完璧な王子様でも連れてきて、目の前に跪いてイケボで『美しきお嬢様、どうか世界をお救いください』とか、やる気の出る誘い方でもさせてみなさいよ! この色魔の女神が!」

「し……色魔の女神ですってぇ……?」

ゼーリア神にとって魅惑的な外見は神としての矜持であった。それを色魔呼ばわりされ、ついに導火線に火が点いた。彫刻のような端正な顔は、一瞬にしてマグマを噴き出す火山に変貌する。

「なによ、助けてあげたのにその横柄な態度は! あんたみたいな自惚れ令嬢はこの混沌の世界に堕ちて、エロボケ帝王の餌食にでもなっておしまい!」

「ええ、どうぞお好きに。帝王のひとりやふたり、従えてみせるんだから!」

「もう、勝手になさいっ!」

――ドンッ!

乃花は突き飛ばされるような衝撃を受けた。

数秒の落下の後、背中からなにかの上に落ちた。けれど、やわらかくて弾力があり、痛みは感じなかった。

目を開けて確認すると――そこは洋風の豪華なベッドの上であった。

あたりを見回すと、金属や宝石で彩られた豪華絢爛な部屋だった。床には複雑な模様の絨毯が敷かれている。

扉の向こうで低い男の声がした。歩く足音には金属音が混ざっていて、武装した兵士のように思えた。話が途切れた直後、いくつかの足音が遠ざかり、部屋の扉が静かに、ゆっくりと開く。

現れたのは、彫りが深く頬骨が張り出した壮年の男。瞳は深い闇のような漆黒で、冷静さと威厳を感じさせる。纏うローブは燃えるような深紅で、金糸で織られた模様が光を反射して煌めいている。

その身なりと雰囲気から、目の前の男こそが女神の言う『エロボケ帝王』なのだと乃花は確信を得た。

帝王の歩みは優雅でありながら力強く、一歩踏み出すたびに周囲の空気が変わるようだ。

突然、その足が止まる。視線は乃花を捉え、無機質な表情が警戒心で覆われた。

「――おまえは誰だ?」

帝王の視線を受け、乃花の思考回路がフルパワーで作動する。

――元の世界に戻るためには、さまざまな条件を揃えなければいけないはず。それらを叶えるには、財力や人的資源が必要になるかもしれない。それならば、権力のある相手に取り入り、利用するのが最善だ。

今まで父の膝元で贅沢三昧であった乃花が導き出した最適解は、まさに「長いものに巻かれろ」であった。

すっと立ち上がり、社交パーティーで鍛えあげた無垢な微笑とやわらかい物腰で帝王に挑む。スカートの裾をつまんで持ち上げ、深々と頭を垂れる。まるで舞踏会の一幕のように、優雅に。

「『ノハナ』と申します。おはつにお目にかかります、帝王様」

その声はやわらかく、しかし確固たる自信に満ちていた。帝王の目が鋭く光る。

「警備をくぐり抜けて部屋に侵入するとは、ただものではないな。さては魔女か?」

低くて響く声は、帝王としての渋みと重みを感じさせた。

「素敵な帝王様に会いに、異世界から参りました。これは運命に違いありません」

乃花は年輩の男の扱いには慣れていた。笑顔と色気で迫れば、たいていの男は贔屓してくれるのだ。

しかし、目の前の帝王は一筋縄ではいかない。誘惑への耐性は獲得しているものである。

「貴様、余を口説き落とそうという気か!? そんな誘いには乗らん! 無駄無駄無駄ァァァ!」

帝王は腰から剣を抜いて身構え、獲物を狙う猛獣のように迫り来る。けれど乃花も臆することなく真正面から帝王へと向かっていった。

なぜなら、乃花には秘策があったのだ。

乃花の胸元のポケットには、愛用のスマートフォンが忍ばせてある。神の忖度なのか、体に密着しているものは肉体と一緒に転移されていた。

至近距離で向かいあうふたり。帝王は剣を乃花の目の前に突き出した。その刃先は乃花を切り裂かんと冷たく光る。

「殺されたくなければ、正直に素性を明かすんだな。だが、生かすかどうかは余の気分次第だ」

乃花もまた、胸元のポケットからスマホを取り出した。

「あら、奇遇ですこと。その言葉、わたしが言おうとしていたことと同じですわ」

「なんだと……?」

「これをご覧ください」

乃花はスマホを帝王の目の前に突き出して見せた。帝王の瞳に映るのは――彼のリアルタイムの姿そのもの。顔をしかめればわずかに遅れて画面の人物が同じ顔をする。手足の動きも完全に模倣されていた。まさに「自撮りモード」である。

「こっ……これはっ!」

乃花は不敵な笑みを浮かべて撮影ボタンに指をかけた。

パシャリ。

静止した帝王の顔が映し出されている。乃花はその画面をずいっと突き出した。

「これは異世界の秘密兵器、『魂喰らい』よ。もう、あなたの魂はわたしが捕えたわ。もしもわたしを手にかけようものなら、あなたの魂は一瞬で破壊されて塵になるのよ!」

「なっ、なんだと! その異質な魔法、貴様はやはり魔女だな!?」

「ふふっ、まあね。でも、異世界の魔女となれば、うかつに手は出せないでしょう?」

「むむむぅ……」

帝王は憎々しい目で乃花を見据えていたが、突然、意表を突いてスマホを取りあげようとした。しかし乃花はそれを予想し、軽やかに帝王の手をかわす。

たたん、と距離を置いて人差し指を高々と掲げ、スマホに狙いをつけた。

「わたしに反抗しましたわね。それじゃあ帝王の魂、どっかぁーん!」

「ままま待て待てェェェ!」

帝王は指を振り下ろす乃花をあわてて制した。

「おまえの望みはなんだ! 今ここでなんでも聞いてやる!」

乃花はぴたりと手を止め、計画的なほくそ笑みを見せつける。艶めいた唇が半円を描いた。

「それなら、わたしをあなたの妃にしてもらいたいのです。ただし、身も心も捧げるつもりはありませんのでお承知おきを」

乃花はつんと顔を上げ、勝ち誇った表情になる。

「ぐ……ぐむむ……。では『ノハナ』よ。余の妃になるがよい」

「は? なってください、でしょう?」

反射的に顔をしかめる乃花。歴代の執事たちが戦慄した、恐怖の仏頂面だ。

「がはっ! な、なっていただけないでございましょうか」

「へんな敬語だけど許すわ。じゃあ、よろしくね、帝王様」

言葉尻にウインクの一撃を追加する乃花。スマホで音楽アプリを開き、アルバムから音楽を選んだ。

奏者なく鳴り響く祝福の旋律に、帝王はさらなる憔悴の顔となるのであった。