高根乃花は高級雑貨ブランド『アーキテクチャ』を経営する社長の娘である。父の溺愛を受け、執事たちをあごで使い、幼い頃から贅沢三昧の生活。私立の名門校に入学し、美貌と抜群のスタイルで教師にはひいきされ、試験で下駄を履くのはあたりまえ。常にカーストの最高峰に君臨していた。

けれどその恵まれた環境と外見ゆえ、近づいてくる男は下心みえみえの紐男やクズばかり。毎度、執事に身辺調査を依頼しては激怒していた。

父は「結婚相手の最適解は私に任せなさい」と釘を刺すが、明らかに政略結婚狙いである。一人娘の乃花にとって、結婚する相手は時期社長と決まっていたからだ。自分自身は会社を維持するための土台でしかないのだと、存在意義に疑問を抱く日々だった。

誰か、素のわたしを認めてくれる素敵な男性はいないのかしら? 財産なんてなくていいから、誠実で笑顔が眩しくて、いつもなにかに一生懸命になっているようなひとがいい。

乃花は自力で運命の相手を見つけ出そうと思い、身分を隠して出会い系サイトに手を出した。そしてマッチングしたのは、ハーフと思われる美形の男性。

ついに運命の人と出会えたと心を躍らせて会いに行ったところ――。

「ははは。まさか、一流企業の社長令嬢が出会い系サイトで男を漁っているとはな」

今、乃花は男たちの嘲笑を浴びながら見下ろされている。両手両足を束縛され、冷たい金属製の倉庫に監禁された。乃花を囲うのは、顔を晒したマッチングの相手と、目出し帽をかぶった数人の男たち。

「あなたたち、さてはお父様から身代金をふんだくろうっていう魂胆ね!」

恐怖に身を震わせながらさらわれた理由を察すると、美形のハーフがにやにやと本性の笑みを浮かべた。

「身代金か……そんなこずるいことなど考えていないっつーの。ボス、そろそろ正体を明かしたらどうっすか?」

「ああ、そのほうがよさそうだ」

「ボス」の声は背の高い男から発せられていたが、乃花はその声に聞き覚えがあった。

背の高い男は目出し帽を脱ぎ捨てた。その顔を見て乃花はあっと声をあげた。それは――長年、父の側近として会社を支えてきた副社長の男、羽場兎(うばう)であった。

「うっ、羽場兎さん!? あなたがなんでここに……?」

アラフィフの羽場兎は、温和な性格で人望が厚く、人生を『アーキテクチャ』のために捧げてきたと言ってもいい。そんな信頼の置ける社員だったはずなのに。

「お嬢様は、私が想像していたよりもずっと愚鈍でございますね」

羽場兎は余裕の笑みを浮かべて見せる。

「では問題を出しましょう。裏口入学の時よりも真剣に挑んでいただきたい」

「失礼なことを言うわね、実力よ!」

乃花は怒りを込めて言い返した。

「第一問。あなたのお父様はいま、なにをしていらっしゃるかおわかりですか?」

羽場兎は冷静な声で問いかける。

「今は、素材調達の交渉のためにアフリカの奥地を訪れているわ」

「正解です。それでは、第二問。身代金の要求をするには、不都合なタイミングだとは思いませんでしたか?」

「うっ……」

乃花の表情に不安の色が浮かぶ。

「ブー、答えられないので不正解です」

「くっ……!」

「それでは第三問。どうして私はお嬢様に顔をさらしたのでしょうか」

「お父様が不在の間にドッキリショーでも企画したってことね」

乃花はこの事態が冗談であってほしいと願うばかりだ。

「なるほど、そうきましたか」

「でも、出会い系アプリをやっていたことは、お父様には内緒よ」

軽く笑いながら言ったが、その笑顔はぎこちない。羽場兎は呆れたように大きなため息をついた。

「さすがお嬢様、みごとなボケっぷりでございます。ご自身の身の危険を認識していないところも、まさに極楽とんぼの令嬢と言えるでしょう」

「ひどい口の利き方ね。お父様に言いつけて首にしてもいいのよ」

怒りをあらわにするが、声の焦燥を隠すことはできない。

「目的は身代金の要求ではありません。社長が不在の間に、あなたをこの世から消す。それ以外に考えられる動機などありませんよ」

「なっ、なんでよっ!?」

羽場兎の冷酷な言葉に、乃花の顔から血の気が引いていく。

「私が社長と育てあげた『アーキテクチャ』。これがあなたと結婚する、どこの馬の骨とも知らない男に奪われることなど、私には許せません。あなたがこの世にいなければ、そんな事態は起きないのですから」

「まさか、会社を乗っ取るつもりなのっ!?」

乃花の震えた言葉に、羽場兎は冷笑を浮かべた。

「ははっ、会社を乗っ取るなんて人聞きの悪い。ただ、社長亡きあとは私が引き継ぐというだけのことです。それにしても先人たちはうまいことを言ったものです」

――死人に口なし、と。

羽場兎はゆっくりと胸元から拳銃を取り出した。シリンダーを勢いよく回転させると、その音が静かな部屋に響き渡る。

「ちょっと、そのロシアンルーレット、何分のいくつなのよ!」

乃花は恐怖と混乱で思わず声をあげた。

「6分の6でございますがなにか?」

羽場兎は感情のない声でそう言った。

「うそでしょおおおっ!?」

「全問不正解のお嬢様は、この世からご退場ください。けれど安心してください。会社は私が守りますので――」

シリンダーが止まると、乃花の頭部に照準を合わせ、躊躇なく指を引き金にかける。その動作は冷酷でありながらも、どこか優雅さを感じさせた。

パアアァァン!!

激しい拳銃の音が響き渡った瞬間――乃花の姿は忽然とその場から消えていた。

「どっ、どうなっているんだ!?」

狼狽する羽場兎とあわてふためく目出し帽の男たち。

冷たい金属の壁で覆われた倉庫の中には、ただ硝煙の匂いだけが漂っていた。