100円ショップの店長、宇賀達夫はデスクで脱力し、鼻から鮮血を、全身から冷汗を滴らせていた。

事務所のデスクに広げられた履歴書。そこに書かれている名前は――『高根乃花(たかねのはな)』である。

店長はパソコンに映る過去の『事件』のニュースと、履歴書のプロファイルを何度も見比べる。

その『事件』の被害者は、彼女に違いないという確信を持った。

『都内で18歳の女性、高根乃花さんが何者かにさらわれる事件が発生しました。女性は有名な雑貨ブランドの令嬢であり、警察によると身代金目的の誘拐の可能性が高いとのことで――』

『誘拐事件の発生から3日が経過しましたが、いまだ身代金の要求はなく、動機や容疑者についても依然不明なままです。生存情報の確認が取れず、被害者の安否については――』

それからまもなく、事件は急展開を迎える。

『警察は被害者の父が経営する会社の社員が誘拐事件に関わっていることを特定しました。しかし、容疑者は被害者が突然消滅したと証言しており、警察は殺害されている可能性を考え――』

最後の記事までは、しばらく間が空いていた。その事件については宇賀店長も記憶の片隅にあった。

誰もが生存は絶望的だと思い、次第に記憶から消え去ろうとしていた頃――。

『3か月前に誘拐された高根乃花さんが、ついに発見されました。健康状態に問題はなく、意思疎通も可能とのことです。しかしその間に起きたことについては、いっさい口を開くことはなく――』

あまりにも謎の多い誘拐事件だと、メディアの困惑した様子がうかがえる記事で締めくくられていた。