旅立ちの朝が訪れた。

ダークエルフは「ゲート・オブ・ヴェンタス」に、帝都へとつながる魔法陣の設置を開始する。

ダークエルフたちが全身をしならせて踊り狂うと、魔力を含む汗が地に滴り、魔法陣の輪郭を描いてゆく。そこから青白い光が空に立ち上り、天に達すると目的の場所への道が開かれる。

便利に思えた魔法陣だが、その設置には相当な労力を要するのだと見て納得した。

「はぁはぁはぁ……ではヨナ殿、どうか我々の仲間の手がかりを得てくれ!」

魔法陣を仕上げたところで、ハーネスは与那の目の前で跪いて頼み込んだ。仲間を思う気持ちはエルフもダークエルフも違いはなかったのだ。

与那はハーネスの手を取り、必ず見つけてきますと誓った。

帝都への潜入を試みる三人は、もう決まっていた。

「人間の世界のことだから俺が行きます」と手を挙げた与那には、高根を見つけ出すという目的があった。ダークエルフの情報によると、帝都はこの世界(ユーグリッド)の人間の動向をほぼ掌握しているらしいのだ。

「あたしは父と母を見つけ出すから!」とメイサは息巻いて与那についていく決心をした。バックパックにはミグがすっぽりと後ろ向きに収まっていて、「これなら人形だと思われますもんね」と余裕しゃくしゃくだ。

「兄貴が行くなら拙者も行くに決まっていますよ。世話になっている恩返しもあるし」と、ルーザーは義理がたいことを言い出した。ズボラでお調子者の彼だが、そのおかげで愛されキャラとなり、地黒エルフのコンプレックスも解消されていた。

村の女性たちが「帝都は寒いらしいから、しっかりと首に巻いてね」といってマフラーを三人の首に巻いた。与那がポケットから取り出した100円の編み棒と毛糸(アクリル製)を、ゴム編みで編んで作ったマフラーだ。皆、飲み込みがよく、与那はエルフの賢さと器用さに感心した。

ちなみにその時、「あたしもやってみたい!」とメイサが言ったので、道具をワンセット貸してあげた。その後、「はっ、ほっ!」とオーバーアクションで編んでいると思ったら、しばらくして「ひーん、助けて―!」と涙声が聞こえた。見るとメイサは毛糸でぐるぐる巻きで、ミノムシさながらの状態となっていた。与那は思わず「なんでやねん!」とツッコミを入れていた。

さらに与那はポケットから防寒具を取り出す。

じゃじゃん! 『300円ニット帽』と『300円手袋』!

「これだけ防寒対策できれば、寒さに屈することはないだろうな。それに耳をニットで隠せるし」

「こんなものまであるとは、兄貴のポケットは相変わらず万能っすね」

ルーザーは感心しながら受け取り、耳を押さえてニット帽を被る。かたやメイサは耳が引っかかってうまく被れない。

「はいはい、手伝ってあげるから」

「あっ、うん」

耳を押さえると、メイサは顔を赤らめて従順になった。耳かきの効果か、もう耳を触られても抵抗することがなくなっていた。

見送る仲間の集団から、アスタロットが一歩、前に出る。

「いいか、今回はあくまで人間界の偵察が目的だ。身に危険が降りかかるようであれば、無理をせず脱出してこいよ」

そう言うアスタロットは生気を吸い取られた顔をしている。宴の後になにがあったのかと思い、与那とメイサは顔を見合わせた。

さらにピッピとポッポが泣きながら与那のパンツにしがみついた。

「「ふえええん、いかないでー、ヨナのパンツー!」」

与那はふたりの頭をぽんぽんと撫でながら、「戻る頃にはお菓子の在庫がたんと入っているから楽しみにしていろよ」と慰める。自分ではなくパンツとの別れを惜しんでいるのは釈然としないけれど。

そしてついに――。

「「「では、行ってまいります!」」」

三人は魔法陣の中に足を踏み入れた。

その瞬間、体が風に乗る木の葉のようにふわりと浮かび上がる。与那の周りには星屑のような光の粒子が舞い始め、それらは集まり体を包み込む。

目の前の景色が急激に歪み、緑の景色が流れる川のように消えてゆく。

次の瞬間、与那はまったく見知らぬ場所に立っていた。

周囲には屹立した岩盤の壁があり、荒涼とした大地が広がっている。空虚な高台の眼下には、威風堂々たる宮殿がそびえ立っていた。宮殿は眩い太陽の光を受けて白銀の光を放っている。

――あれが、ラスカ帝国。あそこに諸悪の根源である、『帝王』がいるのか。

凍るような鋭い風が、三人の間を強く吹き抜けてゆく。

身震いを覚えたのは、その冷気のせいか、それとも新たな戦いを前にした武者震いなのか――。