気がつくと与那は暗闇の空間の中に浮かんでいた。周囲にはカラフルな星雲が渦を巻いている。近くにも、遠くにも、数えきれないほどの星雲が幻想的に輝き、与那の浮遊する空間を満たしていた。

「こ……ここは……?」

つぶやいてあたりを見回すと頭上から声がした。

見上げるとそこには威風堂々たる雰囲気で仁王立ちをし、与那を見下ろす壮観な男性の姿があった。与那はその姿を見ていったい誰なのか一目で悟った。

「あっ、もしかして、あの神様!?」

それは与那が毎日決まって手を合わせていた、店内に飾られたフィギュアの姿をした者だった。優しさと厳しさを共存させた表情で与那を見ている。

「ギリで間にあったようだな。ちなみに私は格安便利グッズを司る神、ギャンドゥだ」

「格安便利グッズ、しかもギャンドゥ神! ――って、まさかうちの店の神様!?」

「さようだ。私の名が店名の由来となっているのだ。信ぴょう性は抜群だろう?」

「まじっすか!」

与那は自身の勤める店名が神の名を冠している事実に驚き、同時に誇らしい気分になった。

「で、ここはいったいどこなんですか!?」

「ここは百代の空間と呼ばれている」

「百代の空間……って?」

「百円の代金の略だ。李白の詩に『夫れ天地は万物の逆旅、光陰は百代(はくたい)の過客(かかく)なり』というのがあるだろう?」

「ふむふむ、はい」

「つまり時の流れは、100円を払って過ぎ去る一期一会の客のようなものだ、という意味だ」

絶対違うぞと心の中で反論するが、この異空間で神の逆鱗に触れたら命はない。そう思い口に出すのは止め、従順な態度でこくこくとうなずいてみせた。

「だが、このまま亜空間にとどまるわけにもいくまい。よっておぬしに選択肢を与えよう」

「選択肢っすか!?」

「ひとつめは現世にとどまり運命に身をまかせる。ただしその場合、棚の下敷きとなり血を吐きながら走馬灯を眺める可能性が特大だ」

「ひっ! 特大ってどれくらいの可能性なんすか?」

「100円ショップなだけに100%――いや、税込みで110%だ!」

「嫌だ! 絶対に嫌だ!! 速攻で違うのを選びます!!!」

容赦ない確率に恐怖して拒否をすると、ギャンドゥ神は「まあそうだろうな」と納得の表情でもうひとつの提案をする。

「ふたつめは時間と空間を超え、異なる世界へ肉体を転送させることだ」

「げっ、それって『異世界転移』ってことですかっ!」

「そうだ。漢字五文字でまとめるとはなかなか賢いな。さすれば目先の危機を乗り越えられるに違いない」

「って、そこから戻れるんすか?」

「保証はないが、それはおぬしの努力次第だろう。その後にどんな苦難が待ち受けているかは、その世界へ足を踏み入れてからのお楽しみだ」

「そんな、楽しみなわけ、ないじゃないっすかぁぁぁ!」

だが、神はグッドラックと言わんばかりに親指を立てて白い歯を見せた。あたかも狼狽する与那の姿を楽しんでいるかのように。

「では、いざ命と魂をゴリゴリ削る、剣と魔法が支配する世界へ飛び込むのだ!」

「剣と魔法!? ていうことは、俺はなにか生き延びるための特殊スキルをもらえるんっすか!?」

「そんなご都合スキルあるわけなかろうが!」

チート的能力をもらえるのかと期待した与那であったが、その希望的観測は一瞬にして打ち砕かれた。

「えええっ!? そんなぁぁぁ!」

「だが、おぬしには100円ショップの店員として生きてきた自負があるはずだ。生きるための選択は己で切り拓いてみろ!」

「100円モブの俺が生き残れるわけないですよぉぉぉ!」

「とにかく死に物狂いで頑張れ!」

神が指をパチンと鳴らすと、周囲を取り囲む光の渦のひとつが膨張してゆく。渦が与那に迫り、髪や服が吸い寄せられる。その力は次第に強くなり、渦潮のように与那の肉体を飲み込んでいった。

「まじかあぁぁぁぁ! これじゃまるで、ラノベの主人公みたいじゃないかあぁぁぁぁ!!」

与那は叫び、足搔きに足搔いた。しかし、与那の声が現実世界の人々に届くことはなく、その姿は渦の中へと消えていった。