【受賞作】異世界に飛ばされた俺のポケットが100円ショップとつながったので救世主をはじめました



与那たちは広場の中央に集まり、敵の到来を待った。遠くの魔法陣は完成を誇示するように天を貫いている。やがて木々がなぎ倒される音が近づいてきた。ダークエルフたちが村に攻め入ってきたのだ。

「皆の者、戦闘の準備をしろ!」

アスタロットがそう叫んだ瞬間――。

バッキィィィーン!!

空をつんざき、大地を割るような激しい金属音が森の中から聞こえた。五臓六腑をむしばむ音量と振動に、与那はめまいと吐き気を覚える。

「気をつけろ、機動土器が金鎚を叩きあわせた音だ。至近距離で聞くと精神が破壊されるぞ!」

アスタロットの声に全員が緊張感を持って構えた。森を割く兵器の足音が次第に大きくなり、ついにその姿があらわになる。

「これが機動土器なのかっ!」

その姿は歴史の教科書で見た『埴輪』に酷似していた。

平たく窪んだ目と感情を殺したような表情。目兜と甲冑を纏う、挂甲の武人を模したその姿に与那は戦慄を覚えた。

だが、埴輪は人型の『土器』であるが、この兵器は青銅色をしており、質感は金属のように見えた。腹部は透明なガラスで覆われ、その奥に水晶玉とダークエルフの姿が見える。水晶玉を通して魔力で機動土器をコントロールしているようだ。

見覚えのある隊長格のダークエルフ――ハーネス――が乗っているのは男性の姿の機動土器。これが『魔具師(まぐし)』のようだ。かたや、深紅のロングヘアに凸凹凸(ぽっきゅんぽん)の際立ったボディの、お色気担当らしきダークエルフ――プラン――が乗っているのは女性の姿の機動土器。こっちが『我女悪(がめお)』に違いない。どちらも歩を進めると歯車のきしむような音がした。

機動土器の後ろには、さらに10名ほどのダークエルフたちが構えていた。魔具師に乗っているハーネスが高らかに叫ぶ。

「ふはははは、今日は記念すべき終焉の日だ。ヴェンタスというへんぴなエルフの村のな!」

二体の機動土器は、高々と金鎚を掲げる。総力戦の火蓋が切って落とされた。同時に皆が魔法の詠唱を開始する。だが、先手を取ったのは機動土器だった。

「喰らえ! 剛腕音障撃!」

バッキィィィーン!!

あうんの呼吸で金鎚の面と面を叩きあわせる。エルフたちは耳を塞いだものの倒れ込み、苦痛に悶えている。聴力が優れているぶん、ダメージが大きいようだ。魔法の詠唱を中断せざるを得ない。

だが、機動土器の背後のダークエルフたちは平然としている。音を消す魔法で防護しているからに違いない。

アスタロットが司令塔となり指示を出す。

「ナヨナヨはメイサと組んでプランを迎撃してくれ。ハーネスは私とルーザーが対処する!」

「えっ、俺とメイサで迎撃!?」

ぎくっとして皆に視線を向けると、皆は与那に熱~い信頼の視線を浴びせていた。

「ヨナ、あたしは一撃限定だから任せたよ! 救世主らしく結果にコミットして!」

「兄貴がいれば安心っす! よって、拙者はアスタロットどのを援護するっすよ!」

与那は俺を買い被りすぎだと思ったが、この流れを止められる猶予などあるはずがない。

「くそう! もう、どうにでもなれ!」

プランのまなざしは与那をロックオンしている。与那は丸腰だが、負けてはいられないと睨み返した。手のひらを差し出して、クイックイッと指先を手前に動かし挑発する。

「俺は救世主のヤスイ・ヨナ! 秩序なき愚者の黒きエルフよ、時空を超えた未知の力を思い知るがよい。魂を封じられ、永遠の闇をさまようことになろうとも後悔するなよ!」

「あらぁ、坊やが噂の人間の救世主さんね? 顔は好みだから、明るく楽しく遊んであげるわよ♬」

むしろ嬉々として受け入れている。与那の挑発に戦闘意欲が刺激されたようだ。

くっ、中二アタックが無効の奴もいるのか! なんて厄介な敵なんだ!

我女悪は軋む音を立てて数歩後退した後、勢いをつけて与那に向かって突進する。

「逝っておしまいィィィ!」

だが、罠に足を踏み入れた瞬間――。

ズルーッと勢いよく足を前方に滑らせ、バランスを崩した。バキバキと派手な音を立て、我女悪の足が不自然な方向に折れ曲がってゆく。

「あっ……足がァァァ! 足がァァァ!」

プランが驚嘆の叫び声をあげる。我女悪はその勢いのまま仰向けに倒れて背中から地に伏した。油の雫が飛び跳ねる。

近距離戦専用の脳筋仕様に対し、与那の張った罠は防御と攻撃を兼ねていた。

「よし、『摩擦係数・ゼロミッション』成功だ!」

与那は拳を握りしめてガッツポーズを決めた。

操縦室ではプランがひっくり返り、あられもない姿をさらしている。ダークエルフはなにが起きたのかと混乱し、魔法の詠唱を中断した。

「今だ! 一気に攻め入るぞ! 私も魔法攻撃に合流する!」

アスタロットの号令に合わせて、皆が同時に魔法の詠唱を開始する。

魔具師に乗っているハーネスの射抜くようなまなざしが与那を捉えた。

「この人間めェェェ! 罠を仕掛けていやがったのかァァァ!」

魔具師が右足を上げると、足裏から剣山のような無数の針が飛び出す。足を入れ替えると左足からも針が飛び出した。

「無限針地獄! 本来は相手を蹂躙(じゅうりん)するための武器だが、これでチンケな罠など役に立つまい!」

魔具師は針の足底を地面に突き刺し、一歩一歩、こちらに向かって進んでくる。

「くっ、罠が無効化されたか!」

エルフたちは詠唱を終え、魔法を発動させた。頭上に氷や岩石、雷といったさまざまな魔法の結晶が形成され、剣や弓矢となって相手に向かって放たれる。

ダークエルフもあわてて詠唱を再開した。広場の中央を挟んで魔法の応酬が始まる。敵の放つ炎の矢を氷の盾が防ぎ、雷の剣を大地の鎧が吸い込んでゆく。

戦況を確かめたアスタロットが指示を出す。

「ルーザーも魔具師の迎撃に加わってくれ!」

「おお、拙者の出番がついにキター!」

ルーザーは嬉々として剣の柄に手をかけ、抜刀の構えを取る。

「師匠ボクデン殿から受け継いだ白銀の刀剣よ、50年の時を超えて今、仲間たちのために光り輝け!」

お、お、お……! 封印されし戦国時代の剣と剣技が、今ここに復活するのか!?

期待のまなざしで与那とメイサが見つめる中、戦国時代の武将の剣が姿を現した。

「この美しき白銀の剣の姿を見よ!」

しかし、鞘から抜かれた刀身は想像した剣の色とは程遠い茶褐色で、悲惨なほどぼろぼろの姿になっていた。ルーザーは目を丸くして驚いた。

「ど、ど、どういうことっすか!? 受け取った時は、あんなに凛々しい白銀の姿だったというのに! まさかこれが呪いってやつっすか!?」

ルーザーの顔からは汗が滝のように滴り落ちる。

「もしかして、ちゃんと剣の面倒を見ていなかったのか!?」

「そんなことはないっす! 川で水浴びする時も風呂に入る時も、肌身離さず苦楽をともにしてきたんっすから!」

ということは間違いなく、サビである。呪いではなく、サビである。怠惰の末の、サビである。握りしめた与那の拳がわなわなと震える。

「ルーザー、剣のメンテくらい定期的にしとけやー!」

「ひえぇ、兄貴、ごめんなさいっ!」

「むしろ塚原卜伝に謝れー!」

しかし、言いあいをしている猶予などない。魔具師はこちらに向かって一歩一歩、確実に間合いを詰めてくる。

その瞬間、シュルシュルとなにかが風を切って与那の方向へ飛んできた。

「危ないっ! 逃げて!」

メイサが叫ぶが、間にあうはずもなかった。与那は見えない力に腕を掴まれて勢いよく引かれる。転倒し、カモフラージュされたビニールシートの上を滑り、魔具師の目前に引きずり出された。

「なっ……なにが起きたんだ!?」

混乱する頭でプランに目を向けると、プランは両手を与那に向けて操作するような動きをしていた。

与那には視えなかったが、プランの放った魔法の捕縛糸が与那を捉えていたのだ。与那は魔具師の金鎚の射程圏に引き寄せられた。

まさか自分の考えた罠に自分自身がはめられるとは思ってもいなかった。ハーネスは愉悦の表情で与那を見下ろす。

「まったく、摩擦を消す魔法が存在するとは侮れないな。さすが救世主と褒めてやろう」

魔法じゃなくて物理現象だと思った与那だが、そんなことを口にする余裕はない。

「だが、たとえ救世主だろうが、この機動土器に勝てるはずなかろうがァァァ!」

金鎚が与那の頭上で天を仰ぐ。

メイサに視線で助けを求めたが、魔法の詠唱が間にあうはずがない。

やばいっ! やばいっ!! やばいっ!!!

必死に逃げようと四つん這いで手足をばたつかせるが、滑ってまったく進まない。

「貴様がヴェンタスの希望の花ならば、その茎からへし折ってやるわァァァ!!!」

魔具師は与那めがけて金鎚を振り下ろした。その瞬間――。

バチィーン!!

左頬に強烈な痛みを感じ、与那の身体ははじかれるように回転しながら滑っていた。

金鎚は「ドドォーン!」、と轟音を立てて無人の地面を叩きつけた。

「なぬっ! いったい、どうやって回避したんだ!?」

与那が視界で捉えたメイサは、右手を振りぬいた格好をしていた。エロフ反射痕を通じて与えた衝撃が、与那を緊急避難させたのだ。

「ヨナ、大丈夫!?」

「ナイス機転だ、メイサ!」

左頬がジンジンと痛むが、背に腹は代えられない。この痛みに耐えれば、金鎚での致命傷は避けられそうだ。

とはいえ、ハーネスはこの滑る罠に適応している。それに金鎚を叩きあわせる音響攻撃を防がなければ、エルフたちの魔法はいくらでも無効化されてしまう。明らかに不利な状況だった。

――どうにか、逆転の道筋はないか。

その瞬間、与那の脳裏にインスピレーションが湧いた。

――これだ! この方法なら機動土器を倒せる可能性がある!

すばやくポケットに手を突っ込む。

じゃじゃん! 『ビニールのロールテープ』、『突っ張り棒 つっぱり族』、そして『落としても割れない丈夫なマグカップ(ペア用)』!

与那は転がったまま、ビニールテープの芯棒に突っ張り棒を突っ込み、テープの先をマグカップの持ち手に結びつけた。

「メイサ、受け取って木に結んでくれ!」

ビニールテープを握って膝立ちし、遠心力でマグカップを振り回す。勢いがついたところでメイサに向かって手を離した。カラカラと音を立ててビニールテープが伸びていく。

「あいよっ!」

メイサはマグカップを空中で掴み取り、ビニールテープをすばやく近くの木の幹に巻きつける。与那の意図を察し、親指を立てて見せた。

「まあよい、いつまで逃げられるか見物だな!」

魔具師がふたたび金鎚を高々と掲げる。

与那が合図をすると、メイサは「ヨナ、覚悟してね」と一言告げてから右手をふっと振る。

バッチーン!

左頬に衝撃を受け、与那の身体が魔具師の股の間を抜けていく。金鎚が無人の地面を叩きつける。

メイサはエロフ反射痕へ立て続けに攻撃を繰り出し、与那は顔の向きを変えて滑る方向を調節する。与那の身体は広場の上を縦横無尽に滑り回り、ハーネスに狙いを絞らせなかった。

「なんだこいつ! ちょこまかと逃げやがってェェェ!」

魔具師の周囲を滑り回っていた与那だったが、ついにメイサの元へと戻ってきた。左頬はパンパンに腫れていた。

「あいたたた……」

「ヨナ、ごめん! 切羽詰まっていたから力加減できなくて!」

「いいさ。でも、戦いが終わったら、おかえしにその耳をもみもみするからな!」

「ひゃあ、なんて恥ずかしいことを言うのよ! でも、勝ったら考えてあげるから戦いに集中して!」

「言ったな。期待して待っているぜ!」

与那は話しながら手元のビニールテープを切断し、さっき投げたペアのマグカップのもう片方をテープの端にくくりつけた。

「それじゃあメイサ、頼む!」

「はいよ!」

メイサは魔法の詠唱を開始した。この一撃で決着をつけるつもりだ。

――『つがいを反発させる魔法(サラナーヨ・エイエンニー)!』

するとふたつのマグカップの間に強力な反発力が生じる。与那の手元のマグカップは、もう片方のマグカップがある木の幹とは逆方向に、目にも止まらぬ速さで飛び立っていった。

魔具師の周囲を囲むビニールテープが絞られ、一気に両足を締めあげる。

「う、う、うおお、これが狙いだったのかッ!!」

完全に股を閉じた魔具師はバランスを崩してグラグラと揺れ出す。ハーネスは必死にバランスを取ろうと体躯を前後左右にうねらせるが、魔具師の動きはどんどん激しくなり、ついに大きく足を滑らせて顔面から地面に倒れこんだ。

ハーネスは操縦室に閉じ込められ、身動きが取れなくなっていた。

「やったぜメイサ! これで二体とも動きを封じたぞ。もう攻撃できないだろうよ!」

「よかった、う~ん……」

与那は失神したメイサを抱きかかえて木陰に避難させる。頬は激しく痛いが、メイサの活躍に感謝する与那であった。

「さすが拙者の兄貴っす!」

一方でドヤ顔のルーザーはひとつも役に立っていない。

アスタロットが加勢した魔法部隊は、さらに苛烈な攻撃を繰り出している。

「ナヨナヨ、魔法の応戦もこちらが優勢だ! このまま押し切るぞ!」

だが、その希望的観測はすぐさま打ち消される。足の折れた我女悪は片手を地面に突き刺しながら前進し、魔具師の隣に到達した。

膝立ちをし、面を天に向けた魔具師の金鎚に狙いをつけて大きく振りかぶる。

バッキィィィーン!!

エルフたちが耳を塞いで悶え、頭上の魔法が次々と消滅してゆく。敵の魔法が着弾し、吹き飛ばされる者がいた。一瞬にして形勢は逆転してしまった。

「機動土器を欺いたのは褒めてあげるわ、救世主さん。けれど、私たちは泥臭い勝ち方だって厭わないわよ」

プランは勝利に対する執念をあらわにした。

「くそう……あの金鎚を止めなければ、遅かれ早かれ魔法で競り負けてしまう!」

メイサが「エルフ同士の戦いは魔法の戦いよ。いつだって、いかに相手の手を封じるかが重要になってくるの」と言っていたのを思い出す。

その時、空中を旋回する物体が視界に入った。ミグが戦いの様子を見に飛んできたのだ。高度を下げて、与那の頭上に降りてきた。

「あらあら、派手にやっていますねぇ~」

「ミグ様!」

与那はミグが加勢にきてくれたのかと期待した。同時に新たな作戦を打ち立てていた。

「ミグ様、お願いがある! 俺のアイテムに『魔法拡張』をかけてくれないか!」

与那は必死の顔で頼み込んだ。

ミグの精霊の力で100円アイテムを強化できれば、機動土器に太刀打ちできる武器になるかもしれない。そう期待したのだが――。

「お断りします」

「え?」

「聞こえなかったんですか。お・こ・と・わ・り、です!」

ミグはしれっと予想外の返事をした。

「なっ、なんでっ!」

「だってミグは、ヨナっちとは契約してないですから! 残念!」

ミグは平然とそう言ってのけた。願いを無下にされた与那の表情が固まる。

「ちょっと待ってくれ。今、エルフたちの村が滅びるかどうかの瀬戸際なんだぞ!」

「そう言われても、幻獣界の掟で、異種族に干渉できるのは契約の範囲に限定されているんですから。しょうがないですよ~」

つれない幻獣に怒りが沸き起こり、与那は思わず叫び声をあげる。

「こっ……この高飛車ペンギンがっ! ほらっ、あそこに契約している主がいるからっ!」

振り向いて大木の根元で失神しているメイサをびしっと指さした。

「けど、メイサたんは寝ているじゃないですか。お願いなんてできないですよね~」

ミグはすまし顔で与那の願いを却下した。

「じゃあ、チョコあげるから頼みを聞いてくれッ!」

「遠慮なくもらいますが、戦いには加担しませんよ?」

幻獣にとって掟は絶対なのか、けっしてぶれなかった。たとえ、チョコレートを目の前に吊るしても。

ミグは「では成り行きを見守りますかね」といってふたたび空へ舞い上がる。

くっ、期待した俺が間違いだった! こうなったら、あの剛腕音障撃とかいう攻撃をふせげるアイテムを自力で見つけなくてはっ!

必死に100円ショップのアイテムを思い出しながら、ポケットの中をかき回す。すると見つかったものが――。

あった! これなら通用するかもしれない!

「ルーザー、敵の間合いに飛び込むことができるか?」

「拙者の跳躍力をもってすれば不可能じゃないっすよ。けど、肝心の武器が――」

ルーザーはしょぼくれた顔で、ぼろぼろの刀身をちらと見せた。どうやら彼なりに落ち込んでいるようだ。

「いや、剣じゃない。これを使ってほしいんだ」

与那はポケットから取り出した100円アイテムをルーザーに渡した。それは、とある液体が入ったチューブ、1パック4本入りのもので、計2パック8本。その効能効果を耳打ちする。

「なんと! まさかそれほどのものが異世界に存在するとは!」

ルーザーは珍しく真剣な表情でうなずいて見せた。与那のアイディアに乗ってくれたようだ。

あとは突っ張り棒にビニールテープの芯を通し、テープを引き出してルーザーの腰に巻きつける。任務を果たしたら回収するための命綱である。

「よし、いよいよ拙者の出番っすね!」

100円アイテムのチューブ8本をそれぞれの指の間に挟めて構える。両手をクロスさせて身構え、呼吸を整えた。

「では参ります。ボクデン殿直伝、疾風の斬!」

ルーザーは風のように軽やかに跳躍し、我女悪の懐に飛び込んだ。プランが防御の体勢をとる間もなく、シュッ、と鋭い音とともに、ルーザーの両腕が空を割く。動きに無駄はなく、まるで風が草原を抜けるような外連味のなさだった。

だが、我女悪がダメージを受けた痕跡はない。

「ちっ、ただの虚勢(ブラフ)か!?」

警戒していたプランが舌打ちをした。

ルーザーは着地の直前に振り向き、与那に向かって親指を立ててみせた。着地すると同時に勢いよく地面を滑ってゆく。

「よし、ルーザーを回収だ!」

与那は勢いよくビニールの紐を引っ張る。敵陣に突っ込みかけたルーザーはぎりぎりのところで停止し、ダークエルフたちに「ちわっす、さよならっす!」と言って手を振り後退していった。

ダークエルフの誰かが、「こいつ、この前の襲撃のメンバーのひとりだぞ! 裏切りやがったんだ!」と騒いでいた。

魔法の応酬は続いていて、力は拮抗していた。すると、プランがふたたび金鎚を振り上げた。

「いくら魔法を唱えようが、すべてかき消してくれるわァァァ!」

バッキィィィーン!!

エルフ軍は皆、耳をふさいで耐え忍んだ。詠唱が中断されてしまうがしかたない。けれど得られたアドバンテージはそれ以上に大きかった。

与那は心の中で「よし、やった!」と、ほくそ笑む。

プランが追撃をかけようと金鎚を持ち上げるが、金鎚が重くて動かない。いや、正確にいえば金鎚同士が密着して剥がれないのだ。さらに金鎚を握る魔具師の重量まで加算されるのだから、膝立ちの姿勢で持ち上げられるはずがなかった。

「このっ、なんでくっついちゃってるのよォォォ!!」

操縦室のプランは苛立ち、水晶玉を拳で叩いている。ルーザーは口元を三日月のようにしならせ、両手のアイテムを空に掲げて意気揚々と叫んだ。

「じゃじゃん! 『スーパー瞬間接着剤 はよくっつけ君』、ばっちり発動したっす!」

「あー、俺の真似したなー!」

与那はそう言い返しつつも拳を握り締め、してやったりの顔になる。金槌同士を叩きつける強力な圧力によって接着剤は瞬間的に揮発し凝固したのだ。

「今だ、魔法を全力で叩き込めェェェ!」

アスタロットの号令にあわせて百花繚乱の魔法が空を占拠する。

「あたしも加勢する!」

目を覚ましたメイサが与那に駆け寄ってきた。

「メイサ、お願いがある。ミグ様を説得してくれ。魔法拡張を使わせてほしいんだ!」

頭上を指さすと、ミグは言葉通り、高みの見物をしていた。

「あっ、なるほど。わかった!」

メイサが頭上のミグを呼び寄せると、ミグはすーっと高度を下げてきた。着地するとメイサがミグにお願いをする。けれどミグは両翼を組んで不満そうな顔だ。頼まれたとはいえ、人間に力を貸すのは不本意らしい。

アスタロットは皆に新たな指示を出す。

「炎の魔法を発動させ、機動土器の周囲に着弾させよ!」

それは決着をつけるための一手に違いなかった。

戦いが始まってから、エルフたちはけっして炎の魔法を使わなかった。なぜなら与那の考えた『摩擦係数・ゼロミッション』には弱点があったからだ。

それは炎に弱いということ。炎にさらされれば油が撒かれたビニールは簡単に燃えてしまう。さまざまな種類の魔法を発動させたのは、相手の繰り出す炎を打ち消すために、氷の盾が必須だったことを悟られないようにするためだ。

だが、相手の動きを完全に封じた今、『摩擦係数・ゼロミッション』はエルフ軍にとって新たな武器となった。

エルフ軍の放った炎が着弾する。

同時に、ビニールシートが燃え上がる。激しい炎に与那は目を丸くした。

「ハーネス様ァァァ! プラン様ァァァ!」

ダークエルフたちは悲壮の叫びをあげる。炎は勢いを増し、二体の機動土器を呑み込んでいった。

「はーっはっは! これで我々の完全勝利だな!」

アスタロットの勝利宣言がゲート・オブ・ヴェンタスに響く。エルフたちは拳を突き上げ歓声をあげる。

けれど、与那はけっして喜んでなどいなかった。

「だめだ、敵だからって殺しちゃだめだ! 死んだら取り返しがつかないんだ!」

ダークエルフたちは氷の魔法を発動させ、必死に炎の勢いを弱めようとしていた。けれど勢いを増す炎に対し、魔法の力には限界があった。

与那はすぐさまミグを視線で捉えて叫ぶ。

「ミグ様、お願いだ! 俺に力を貸してくれ!」

ミグは「うーん、嫌ですけど、メイサたんに頼まれてしまったので、役目を果たさなくては契約違反になってしまいますからね~」と文句を言いながらも願いに応じてくれた。交渉はすでに成立していたようだ。

「感謝するよ、ミグ様!」

与那はすばやくポケットに手を突っ込む。

じゃじゃん! 

取り出したのは、銃の形をしたおもちゃ。機動土器に狙いをつけて構えると同時に、ミグも魔法拡張を発動させる。

「あまねく空と大地に住まう精霊たちよ、ミューゼンバウロ・グルタリカスの名において命ずる。深淵の力を我に貸し与えたまえ」

与那は心から願う。どうか、彼らが助かりますようにと。

銃を構え、炎に狙いを定めてトリガーを引いた。

「いっけえぇぇぇぇ!!!」

与那が構えたのは、100円アイテムのおもちゃ、『水鉄砲 コンバット・マグ南無』。まるで消防車が放水したような勢いで大量の水が噴き出した。

「炎よ、消えてなくなれェェェ!!」

アスタロットは「ナヨナヨ、なにをやっているんだ」と混迷の顔でつぶやく。

水の精霊の力が功を奏し、次第に炎は勢いを弱めてゆく。

シュウウウウゥゥゥ……。

ついに鎮火に成功した。むせるような煙と蒸気が広がる中、ダークエルフたちがあわてて機動土器に駆け寄る。ふたりを力ずくで操縦室から引きずり出した。

「急いで手当だ! 魔法陣に戻るぞ!」

「あいつらを逃がすな! 全員捕えよ!」

アスタロットが命令したのと同時に、魔法陣が設置された森の方向から数多の足音が迫ってきた。

エルフたちは「まさか援軍を呼んだのか!?」と警戒して身構える。すると数多のダークエルフたちが現れた。

しかし、その姿は兵士ではなく――戦意のない女性や子供だった。女性のひとりが戦況を見て泣き崩れた。子供を抱きしめ、むせび泣きながらエルフの兵士たちに向かって懇願する。

「お……お願いします、どうか命だけは助けてください! 私たちの街が人間に襲われたんです! たくさんの仲間が連れ去られました!」

ダークエルフの街が、人間に襲われたって!? いったい、どういうことなんだ!

すると、メイサが青ざめた顔でつぶやく。

「この争い、すべてラスカ帝国の策略だ。ダークエルフも、狙われる側だったんだ……」

そう聞いて、与那はこの戦いの意味をようやく理解した。

帝国はダークエルフに兵器を貸与し、エルフを襲わせて拉致し、帝国へと連れ去った。けれど、潰しあいの戦いでダークエルフの街が無防備になった隙を狙い、帝国軍が直々にダークエルフたちを手にかける。いずれも人間に利用される立場だった、ということだ。

結果、ヴェンタス襲撃に失敗し、街と仲間を奪われ、逃げ場は失われた。

ダークエルフたちは騒然とし、事態を飲み込むと同時に悲鳴をあげる者もいた。

動揺の隙を狙い、アスタロットが「またとないチャンスだ! 今ここでダークエルフたちを殲滅せよ!」と叫んで腕を振る。エルフたちがいっせいに魔法を唱え始めた。

けれど与那はエルフたちの前に飛び出し、両手を広げて皆を制した。

「待ってください、戦いはもう終わりです。どうか……どうか彼らを助けてやってください!」

「ナヨナヨ、邪魔をするな!」

すると意外なことに、メイサも与那の隣に駆け寄って同じように手を広げた。

「あたしもヨナに賛成するっ!」

「なっ、どうしてメイサまで敵を擁護するのだ」

「諸悪の根源が人間なら、彼らを味方につけて情報を引き出した方が得でしょう!? お願いだから!」

修羅の顔をしていたアスタロットだったが、ふたりの必死なまなざしに、怒りの荒波が引いてゆく。

「……わかったよ。勝利の立役者のふたりがそういうのなら、希望は汲まなければなるまい」

他のエルフたちも納得したようで、詠唱が止み、発動した魔法は空へと霧散していった。

メイサがアスタロットに歩み寄り、「敵も仲間も関係なく手を差しのべる、これがヨナの生きざまなんだよ」と自慢気な顔で言う。それから親指を立てて与那に向けた。

与那は肩の力を緩め、メイサに視線を送って笑みを浮かべる。

「メイサが自分から俺の意見に賛成してくれるとは意外だな。でも正直、ありがたかったよ」

「あ~あ、あたしも異世界のなまぬるさに感化されちゃったのかなぁ~」

メイサは肩をすくめてそう言うが、まんざらでもない気分のようだった。

アスタロットは呆れたように鼻から息を吐いた。

「しかたない。そうなれば、まずは村に戻り村長の説得からだ。だが、奴らの処置は急がねばなるまい。死なれては尋問に答えられないからな」

エルフたちは降伏したダークエルフをビニールテープと結束バンドでひとつなぎにし、村へ向かって歩き出した。

すると、与那の目前にふたたび半透明なスクリーンが出現した。格子状のゲージが描かれ、脳内でチャラリ~ンと軽やかな音楽が流れた。

「おおっ、キター!」

異世界貢献ポイントが加算されたのだと思い胸が高鳴る。

ゲージにはぽん、とギャンドゥ神の顔のスタンプが押された。知る神の声が聞こえる。

『おめでとう、安井与那よ。これは戦いで勝利に貢献した報酬だ』

あとひとつで5ポイント、レベル2に到達できると思った瞬間――。

ぽん、とさらにひとつ、スタンプが増えた!

『そしてこれは、ダークエルフたちを救った報酬だ』

神がそう説明すると、ファンファーレのような音楽が鳴り響く。

パッパラッパッタッター!

与那の心の底からは、たとえがたい喜びが溢れてきた。

「やっ……たあああ! これで300円アイテムが使えるぞおおおお!!」

与那はガッツポーズを取り、いくつかの300円アイテムを脳裏に描いて心を躍らせていた。

『それではさらなるレベルアップを目指し、ユーグリッドを平和に導くために尽力するがよい。私はこれから、とある神とカフェでデー……いや、過負荷のデトックスをせねばならないのでな』

「い、いろいろ苦労が絶えないんですね神様は」

カフェでデート……とか言いかけた気がしたが、きっと気のせいだろう。

『安井与那よ、しかしさすがは私の見込んだ社畜だ。今日はこれにて失礼するが、いつか私がおぬしの力を求める時が来るかもしれぬ。その時のために、さらなる鍛錬を怠るではないぞ』

脳内の声は妙に期待に満ちていた。神に必要とされるのはうれしいが、その裏になにか別の意味があるような気がした。

『それでは救世主よ、いずれまた会おう――』

神の声は一気に遠くへと去っていった。現実世界へ戻るという与那の願いは、またもや叶えられることはなかった。けれど与那はそれで構わなかった。

なぜなら与那は、この世界のどこかに存在する高根と出会い、ともに戦う運命を手にしなければならないと自覚していたからだ。

ふと空を見上げ、待ち受ける未知の世界への挑戦を決意する。

そう、与那は人間が集う都――ラスカ帝国に潜入し、ユーグリッドを混沌の戦いに陥れる根源を探ろうと心に決めていたのだ。