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地震が起きてから一週間が経った頃。
開店前の品物チェックを終えた宇賀店長は呆然としていた。
「減っている……今日も減っている……。いったい、どこへ消えているんだ……」
店の品物が忽然と消える現象が、毎日のように起きていた。調理道具や調味料、お菓子類、それに日用品など、あらゆるものがいつのまにか棚から消滅しているのだ。
いくら防犯ビデオを確かめても、誰かが盗んだような証拠はなかった。しかも、その不可思議な現象は、閉店から翌日の開店までに起きているようである。
すると、狼狽する店長に高根が歩み寄り、こう持ち掛けた。
「あの……閉店後、どうして商品が消えているのか、確かめてみませんか」
高根の表情は、なにが起こるのか承知しているような確信に満ちている。
「わたし、その現象は与那さんが消えたことと関係があるんじゃないかと思うんです」
「与那と、関係が!?」
「はい、たぶん」
その真剣なまなざしを目の当たりにした店長は、気圧されるように首を縦に振っていた。
その夜、ふたりはレジカウンターに身を隠し、店内の様子を監視していた。ろうそく電球がうっすらと陳列棚の輪郭を染めあげる薄暗い店内は、にぎやかな日中とはうって変わって物悲しい静寂に包まれている。ときおり道路を通り過ぎてゆく車の音が鼓膜を揺らすだけだ。
高根はまるで獲物を狙う猫のように身動きひとつせず、何時間も店内を目で追い続けていた。店長はその姿をまじまじと見ながら、高根はいったい何者なんだという疑念を抱き始めていた。
深夜になり突然、レジカウンターにひんやりとした空気が流れ込む。えもいわれぬ不自然な気流は、園芸品のコーナーから流れているようだった。
「来たみたいです」
気づいた高根は棚に身を隠しながらその場所に近づいてゆく。
すると、ぞわぞわと空間が裂け、なにか目に見えない力のようなものがビニールシートを掴んでいた。ビニールシートは棚から引き抜かれるように消えた。見ていると、不思議な力は次から次へとビニールシートを奪い取っていく。
気づいた店長は目を丸くし、口をあんぐりと開けた。
「あ……あれはいったいなんなんだ? まさか霊界からの使者か!?」
店長はさっそく身震いが止まらない。高根は対照的に冷静さを保ったまま言う。
「店長、あれはたぶん、時空の裂け目です。この店は異世界と繋がっているんじゃないかと思います」
「時空の裂け目!? 異世界!? そんなことが……」
店長は信じられない思いで高根を見つめた。しかし、高根のまっすぐな表情は、それが冗談ではないことを物語っている。
「与那さんは時空の向こうの世界に消えたんじゃないでしょうか。そして、この100円ショップの品物を必要としているんじゃないでしょうか」
「いや、いくらなんでもそれはラノベ展開すぎるぞ!」
「わたしは現実の話をしているんです! どうすれば信じていただけるんですか?」
「そう言われても……」
高根は少し考え込んだ後、決意を固めた顔で言った。
「店長、じゃあ見ていてください!」
恐れることなく不思議な力のもとに駆け寄り、奪ってゆくビニールシートの反対側を掴み取った。時空の裂け目から延びる力はぴたりと引くのをやめた。
次の瞬間――。
くっ、くっ、くっ――。
断続的に引く力を感じた。けれど強引に引き抜こうとはしない。そして、さらに。
――くーっ、くーっ、くーっ、くっ、くっ、くっ。
「ほらぁ、誰かが引いていますよ!」
高根は振り向いて自信ありげに声をあげた。
「この力の主、与那さんじゃないかとわたしは思うんです!」
奇妙な現象に店長は全身の皮膚(頭部を含む)を汗ばませる。頭がてかると同時に、脳裏に一筋のひらめきが光った。
「ちょっと待て、今の力のかけ方、もしかしてモールス信号じゃないか!?」
「えっ、まさか。でも、それならなんて伝えようとしていたんですか!?」
「SOSだ、間違いない。あいつは俺たちに助けを求めたんじゃないのか!?」
「じゃあ、このビニールシートがもっと必要、っていう意味ですね、きっと!」
「なるほど! じゃあ待っていろよ、安井与那よ! この俺がホットでクールな真心を込めてビニールシートを届けるからな!」
店長は興奮のあまり勢い余って愛の言葉を吐いていた。スタッフルームに駆け込み、すぐさまパソコンを開く。倉庫の在庫状況を検索し、夜勤の倉庫番に直接、連絡を入れた。
『んあ? ギャン☆ドゥの倉庫ですがなにか?』
眠たそうな電話の声に向かっていきなり怒鳴りつける。
「〇〇店舗の店長の宇賀だっ! 緊急で必要な品物がある! こちらから取りに行くから、ありったけ準備しておいてくれ!」
『ひゃっ、ひゃいっ!』
電話を切った瞬間、鼻息を荒くする店長に高根が提案する。
「わたしが取りに行ってきます! だから店長はここで待っていてください!」
「なにっ、だか交通手段はあるのか!?」
「任せてください!」
豊満な胸元からスマホを取り出し、電話をかけながら店長と距離を置いた。相手が電話に出たようで、小声で話していたが、店長は聞き耳を立ててその会話の音を拾っていた。
「――服部、わたしよ。よく聞いて。すぐに車を一台、よこしてほしいの。――ええ、なるべく飛ばせるやつを。――え、警察? 構わないわ。うまく手をまわしておいて」
会話を終えた高根は「では行ってまいります!」と敬礼のポーズをして店を飛び出した。
まもなくブロロロォォォと重厚なエンジン音を響かせて車が到着し、高根を乗せて走り去っていった。店長が窓から顔を出すと、そのシルエットはランボルギーニのアヴェンタドールのように見えた。
――高根、あいつはいったい何者なんだ……。
高根が店に戻るのを待つ間、店長は事務室で高根の履歴書を探し出し、インターネットに個人情報をぶち込んで検索をかけた。
そして判明した事実に、店長は顔をまっさおにした。頭部からは滝のように冷汗がしたたり落ちる。
「う……嘘だ……。あの子の正体が、そんな身分の者だったとはァァァ……ズバゴハァ!」
衝撃の事実を知った店長は、驚きのあまり鼻腔から大量の血液を噴出させた。事務室は一瞬にして血の海へと変貌した。
地震が起きてから一週間が経った頃。
開店前の品物チェックを終えた宇賀店長は呆然としていた。
「減っている……今日も減っている……。いったい、どこへ消えているんだ……」
店の品物が忽然と消える現象が、毎日のように起きていた。調理道具や調味料、お菓子類、それに日用品など、あらゆるものがいつのまにか棚から消滅しているのだ。
いくら防犯ビデオを確かめても、誰かが盗んだような証拠はなかった。しかも、その不可思議な現象は、閉店から翌日の開店までに起きているようである。
すると、狼狽する店長に高根が歩み寄り、こう持ち掛けた。
「あの……閉店後、どうして商品が消えているのか、確かめてみませんか」
高根の表情は、なにが起こるのか承知しているような確信に満ちている。
「わたし、その現象は与那さんが消えたことと関係があるんじゃないかと思うんです」
「与那と、関係が!?」
「はい、たぶん」
その真剣なまなざしを目の当たりにした店長は、気圧されるように首を縦に振っていた。
その夜、ふたりはレジカウンターに身を隠し、店内の様子を監視していた。ろうそく電球がうっすらと陳列棚の輪郭を染めあげる薄暗い店内は、にぎやかな日中とはうって変わって物悲しい静寂に包まれている。ときおり道路を通り過ぎてゆく車の音が鼓膜を揺らすだけだ。
高根はまるで獲物を狙う猫のように身動きひとつせず、何時間も店内を目で追い続けていた。店長はその姿をまじまじと見ながら、高根はいったい何者なんだという疑念を抱き始めていた。
深夜になり突然、レジカウンターにひんやりとした空気が流れ込む。えもいわれぬ不自然な気流は、園芸品のコーナーから流れているようだった。
「来たみたいです」
気づいた高根は棚に身を隠しながらその場所に近づいてゆく。
すると、ぞわぞわと空間が裂け、なにか目に見えない力のようなものがビニールシートを掴んでいた。ビニールシートは棚から引き抜かれるように消えた。見ていると、不思議な力は次から次へとビニールシートを奪い取っていく。
気づいた店長は目を丸くし、口をあんぐりと開けた。
「あ……あれはいったいなんなんだ? まさか霊界からの使者か!?」
店長はさっそく身震いが止まらない。高根は対照的に冷静さを保ったまま言う。
「店長、あれはたぶん、時空の裂け目です。この店は異世界と繋がっているんじゃないかと思います」
「時空の裂け目!? 異世界!? そんなことが……」
店長は信じられない思いで高根を見つめた。しかし、高根のまっすぐな表情は、それが冗談ではないことを物語っている。
「与那さんは時空の向こうの世界に消えたんじゃないでしょうか。そして、この100円ショップの品物を必要としているんじゃないでしょうか」
「いや、いくらなんでもそれはラノベ展開すぎるぞ!」
「わたしは現実の話をしているんです! どうすれば信じていただけるんですか?」
「そう言われても……」
高根は少し考え込んだ後、決意を固めた顔で言った。
「店長、じゃあ見ていてください!」
恐れることなく不思議な力のもとに駆け寄り、奪ってゆくビニールシートの反対側を掴み取った。時空の裂け目から延びる力はぴたりと引くのをやめた。
次の瞬間――。
くっ、くっ、くっ――。
断続的に引く力を感じた。けれど強引に引き抜こうとはしない。そして、さらに。
――くーっ、くーっ、くーっ、くっ、くっ、くっ。
「ほらぁ、誰かが引いていますよ!」
高根は振り向いて自信ありげに声をあげた。
「この力の主、与那さんじゃないかとわたしは思うんです!」
奇妙な現象に店長は全身の皮膚(頭部を含む)を汗ばませる。頭がてかると同時に、脳裏に一筋のひらめきが光った。
「ちょっと待て、今の力のかけ方、もしかしてモールス信号じゃないか!?」
「えっ、まさか。でも、それならなんて伝えようとしていたんですか!?」
「SOSだ、間違いない。あいつは俺たちに助けを求めたんじゃないのか!?」
「じゃあ、このビニールシートがもっと必要、っていう意味ですね、きっと!」
「なるほど! じゃあ待っていろよ、安井与那よ! この俺がホットでクールな真心を込めてビニールシートを届けるからな!」
店長は興奮のあまり勢い余って愛の言葉を吐いていた。スタッフルームに駆け込み、すぐさまパソコンを開く。倉庫の在庫状況を検索し、夜勤の倉庫番に直接、連絡を入れた。
『んあ? ギャン☆ドゥの倉庫ですがなにか?』
眠たそうな電話の声に向かっていきなり怒鳴りつける。
「〇〇店舗の店長の宇賀だっ! 緊急で必要な品物がある! こちらから取りに行くから、ありったけ準備しておいてくれ!」
『ひゃっ、ひゃいっ!』
電話を切った瞬間、鼻息を荒くする店長に高根が提案する。
「わたしが取りに行ってきます! だから店長はここで待っていてください!」
「なにっ、だか交通手段はあるのか!?」
「任せてください!」
豊満な胸元からスマホを取り出し、電話をかけながら店長と距離を置いた。相手が電話に出たようで、小声で話していたが、店長は聞き耳を立ててその会話の音を拾っていた。
「――服部、わたしよ。よく聞いて。すぐに車を一台、よこしてほしいの。――ええ、なるべく飛ばせるやつを。――え、警察? 構わないわ。うまく手をまわしておいて」
会話を終えた高根は「では行ってまいります!」と敬礼のポーズをして店を飛び出した。
まもなくブロロロォォォと重厚なエンジン音を響かせて車が到着し、高根を乗せて走り去っていった。店長が窓から顔を出すと、そのシルエットはランボルギーニのアヴェンタドールのように見えた。
――高根、あいつはいったい何者なんだ……。
高根が店に戻るのを待つ間、店長は事務室で高根の履歴書を探し出し、インターネットに個人情報をぶち込んで検索をかけた。
そして判明した事実に、店長は顔をまっさおにした。頭部からは滝のように冷汗がしたたり落ちる。
「う……嘘だ……。あの子の正体が、そんな身分の者だったとはァァァ……ズバゴハァ!」
衝撃の事実を知った店長は、驚きのあまり鼻腔から大量の血液を噴出させた。事務室は一瞬にして血の海へと変貌した。



