「メイサ、敵はどれくらいで到着するんだ?」
「魔法陣の完成までの時間を考えると――あと1時間くらいだと思う」
「猶予はそれだけか」
与那はごくりと唾を飲み込んだ。
ヴェンタスは崖と河川と深い森に囲まれ、外部からアクセスできるルートは限られている。この広場、『ゲート・オブ・ヴェンタス』は、ヴェンタスへ続く森の道の途中にあり、敵が侵入するのを食い止めるための戦いの場である。
とはいえ、兵器に対して100円アイテムで太刀打ちできるとは思えない。けれど、敵を知ればなにか策が見つかるかもしれない。いや、以前よりも戦力が削がれている以上、打開策を見つけられなければ敗北は必至だ。
「その兵器ってやつがどんなものか、詳しく教えてくれないか?」
「うん。あたしの身長の5倍くらいある、古代人の土器を模した機械仕掛けの兵器よ。魔法使いが操縦士として乗り込んで、魔法で操っているんだ」
「機械仕掛けなのか? まさかそんな先進技術が、この世界にあるとはな」
与那は驚きを隠せない。エルフの棲む村はファンタジーのイメージそのものだが、破壊の兵器によって世界観までも壊されそうだ。
「何年か前から急に技術が進歩して、それをきっかけに帝王はさまざまな兵器の開発をするようになったの。それで、エルフの街や村が襲われるようになったのよ」
「くっ、技術の進歩が犠牲を生むなんて!」
「しかも、その兵器は巨大な金槌を振り回して、あらゆるものをぶっ壊す脳筋仕様よ」
「それはつまり、魔法の力を超える物理攻撃ってことか」
「だから封じる手がなくて困るのよ!」
与那は思考を巡らせ、それがどんな存在なのかを想像する。有名なアニメに登場するロボットが頭に浮かび、どう考えても勝つのは無理ゲーだと怖気づきそうになる。
「その兵器の名前は機動土器。魔具師・機動土器∑と、我女悪・機動土器Ωっていう二体よ」
「なんだと!? どっちも回文じゃねーか! ある意味手ごわすぎるんだよー!」
敵のネーミングのこだわりに恐れをなす与那。
「えっ、回文!? まさか……あっ、ほんとだー! 逆から読んでもおんなじだー!」
初めて知った意外な事実に驚愕するメイサ。
「ちなみに魔具師のほうは、ハーネスっていう隊長格の男が乗っていて、我雌悪のほうは、その子分のプランっていう女エルフよ」
――機動土器が二体、か。いったい、どうやって戦えば……。
与那はふと、幼い頃に父の研究室を訪れたのを思い出す。そこには開発中のロボットがあったのだ。人間とおなじくらいのサイズで、リモコンを操作すると命を宿したかのように動き出した。
父は「どうだ、かっこいいだろう」と得意げにその仕組みを語っていた。あまりの熱量に専門用語を連発して意味不明だったが、父の希望に満ちた表情は心からものづくりを楽しんでいるように見えた。
「俺もやりたい! いいよね、とうさん!」
与那は父にせがんでロボットの操作をさせてもらった。けれど失敗して壁に激突し、派手な音を立てて崩れ落ちた。父はあわててロボットに駆け寄り、全身に破損がないか確かめ、与那からリモコンを受け取った。
「ロボットの操作で難しいのは、転んだ時になかなか起き上がれないことだ。転倒回復制御っていうのは、一筋縄ではいかない技術なんだ」
父がリモコンを操作するが、ロボットは立ち上がれない。しかし、四苦八苦する父の姿は、その苦労を楽しんでいるかのように見えた。そんな父が与那には誇らしかった。
回想を終えた与那は、しばらく思考を巡らせる。
――転倒回復制御、か。
ふと、相手を迎撃する方法を思いついた。ポケットに手を入れて100円ショップのアイテムを掴み取る。
じゃじゃん! 『ビニールシート ブルー・イン・パルス』と『クラフトテープ ねば~る君』!
折りたたまれたビニールシートと、幅5cmの透明なビニール製テープ。
与那はビニールシートを勢いよく広げた。両腕の幅いっぱいの大きさの正方形をしている。とはいえ、兵器を迎撃するにはあまりにも貧弱な100円アイテム。
「で、それをどうするのよ」
メイサは怪訝そうな顔で尋ねた。
「この広場を、俺たちに有利な戦いの場にするんだ」
与那は次々とビニールシートを取り出す。この面積が広ければ戦いを有利に進められるはず。ただ、『SOLD OUT』となるまでにどれだけ材料を調達できるかが懸念材料だ。与那の記憶では、店のかごに積まれていたのは数十枚程度であったはず。
「ところで援軍はいつ頃着きそうだ?」
「戦闘の準備をしているはずだけど、30分以内には着くはずよ」
「じゃあ着き次第、こっちの準備を手伝ってもらおう」
その時、手に硬い棚の感触があった。腕を伸ばして探ってみると、隅に一枚、最後のビニールシートを見つけただけだった。
しまった、まさかもう『SOLD OUT』か!?
目論見が外れ、全身から嫌な汗が噴き出す。
「メイサ、次で最後みたいだ。この枚数では作戦が実行できないよ」
「ええっ! まさかの時間の浪費!? なにやっているのよー!」
「すまない、別の作戦を考えないと」
「って、いい方法あるの!?」
「……ない」
与那の苦々しい顔を見たメイサの表情が凍りつく。まるで時が止まったかのように、ふたりは手詰まりで動けなくなった。
すると突然、掴んだビニールシートに抵抗を感じた。まるで向こう側で誰かが引っ張っているような、初めて覚える生きた違和感だった。
えっ!? この感触って、もしかしたら――。
そこで与那はすかさず断続的に短く3回、次に長く3回、そして最後に短く3回引いてみた。すると、抵抗感が消えてビニールシートが抜き取れた。
けれど、そのあと手を入れてみるが、固い棚の感触があるだけだった。どうやら『SOLD OUT』を迎えたようだ。
「ねえ、どうするのよ! うかうかしていると敵が来ちゃうよ!」
メイサが憔悴した顔で言った。与那は押し黙ったまま、なにも答えることができなかった。
でも、もしも俺の意図が伝わっていれば、きっと――。
与那は空へ伸びてゆく魔法陣の光に目を向ける。100円ショップで働く宇賀店長と高根のことを思い出し、ポケットの向こうに一縷の望みを託していた。
「魔法陣の完成までの時間を考えると――あと1時間くらいだと思う」
「猶予はそれだけか」
与那はごくりと唾を飲み込んだ。
ヴェンタスは崖と河川と深い森に囲まれ、外部からアクセスできるルートは限られている。この広場、『ゲート・オブ・ヴェンタス』は、ヴェンタスへ続く森の道の途中にあり、敵が侵入するのを食い止めるための戦いの場である。
とはいえ、兵器に対して100円アイテムで太刀打ちできるとは思えない。けれど、敵を知ればなにか策が見つかるかもしれない。いや、以前よりも戦力が削がれている以上、打開策を見つけられなければ敗北は必至だ。
「その兵器ってやつがどんなものか、詳しく教えてくれないか?」
「うん。あたしの身長の5倍くらいある、古代人の土器を模した機械仕掛けの兵器よ。魔法使いが操縦士として乗り込んで、魔法で操っているんだ」
「機械仕掛けなのか? まさかそんな先進技術が、この世界にあるとはな」
与那は驚きを隠せない。エルフの棲む村はファンタジーのイメージそのものだが、破壊の兵器によって世界観までも壊されそうだ。
「何年か前から急に技術が進歩して、それをきっかけに帝王はさまざまな兵器の開発をするようになったの。それで、エルフの街や村が襲われるようになったのよ」
「くっ、技術の進歩が犠牲を生むなんて!」
「しかも、その兵器は巨大な金槌を振り回して、あらゆるものをぶっ壊す脳筋仕様よ」
「それはつまり、魔法の力を超える物理攻撃ってことか」
「だから封じる手がなくて困るのよ!」
与那は思考を巡らせ、それがどんな存在なのかを想像する。有名なアニメに登場するロボットが頭に浮かび、どう考えても勝つのは無理ゲーだと怖気づきそうになる。
「その兵器の名前は機動土器。魔具師・機動土器∑と、我女悪・機動土器Ωっていう二体よ」
「なんだと!? どっちも回文じゃねーか! ある意味手ごわすぎるんだよー!」
敵のネーミングのこだわりに恐れをなす与那。
「えっ、回文!? まさか……あっ、ほんとだー! 逆から読んでもおんなじだー!」
初めて知った意外な事実に驚愕するメイサ。
「ちなみに魔具師のほうは、ハーネスっていう隊長格の男が乗っていて、我雌悪のほうは、その子分のプランっていう女エルフよ」
――機動土器が二体、か。いったい、どうやって戦えば……。
与那はふと、幼い頃に父の研究室を訪れたのを思い出す。そこには開発中のロボットがあったのだ。人間とおなじくらいのサイズで、リモコンを操作すると命を宿したかのように動き出した。
父は「どうだ、かっこいいだろう」と得意げにその仕組みを語っていた。あまりの熱量に専門用語を連発して意味不明だったが、父の希望に満ちた表情は心からものづくりを楽しんでいるように見えた。
「俺もやりたい! いいよね、とうさん!」
与那は父にせがんでロボットの操作をさせてもらった。けれど失敗して壁に激突し、派手な音を立てて崩れ落ちた。父はあわててロボットに駆け寄り、全身に破損がないか確かめ、与那からリモコンを受け取った。
「ロボットの操作で難しいのは、転んだ時になかなか起き上がれないことだ。転倒回復制御っていうのは、一筋縄ではいかない技術なんだ」
父がリモコンを操作するが、ロボットは立ち上がれない。しかし、四苦八苦する父の姿は、その苦労を楽しんでいるかのように見えた。そんな父が与那には誇らしかった。
回想を終えた与那は、しばらく思考を巡らせる。
――転倒回復制御、か。
ふと、相手を迎撃する方法を思いついた。ポケットに手を入れて100円ショップのアイテムを掴み取る。
じゃじゃん! 『ビニールシート ブルー・イン・パルス』と『クラフトテープ ねば~る君』!
折りたたまれたビニールシートと、幅5cmの透明なビニール製テープ。
与那はビニールシートを勢いよく広げた。両腕の幅いっぱいの大きさの正方形をしている。とはいえ、兵器を迎撃するにはあまりにも貧弱な100円アイテム。
「で、それをどうするのよ」
メイサは怪訝そうな顔で尋ねた。
「この広場を、俺たちに有利な戦いの場にするんだ」
与那は次々とビニールシートを取り出す。この面積が広ければ戦いを有利に進められるはず。ただ、『SOLD OUT』となるまでにどれだけ材料を調達できるかが懸念材料だ。与那の記憶では、店のかごに積まれていたのは数十枚程度であったはず。
「ところで援軍はいつ頃着きそうだ?」
「戦闘の準備をしているはずだけど、30分以内には着くはずよ」
「じゃあ着き次第、こっちの準備を手伝ってもらおう」
その時、手に硬い棚の感触があった。腕を伸ばして探ってみると、隅に一枚、最後のビニールシートを見つけただけだった。
しまった、まさかもう『SOLD OUT』か!?
目論見が外れ、全身から嫌な汗が噴き出す。
「メイサ、次で最後みたいだ。この枚数では作戦が実行できないよ」
「ええっ! まさかの時間の浪費!? なにやっているのよー!」
「すまない、別の作戦を考えないと」
「って、いい方法あるの!?」
「……ない」
与那の苦々しい顔を見たメイサの表情が凍りつく。まるで時が止まったかのように、ふたりは手詰まりで動けなくなった。
すると突然、掴んだビニールシートに抵抗を感じた。まるで向こう側で誰かが引っ張っているような、初めて覚える生きた違和感だった。
えっ!? この感触って、もしかしたら――。
そこで与那はすかさず断続的に短く3回、次に長く3回、そして最後に短く3回引いてみた。すると、抵抗感が消えてビニールシートが抜き取れた。
けれど、そのあと手を入れてみるが、固い棚の感触があるだけだった。どうやら『SOLD OUT』を迎えたようだ。
「ねえ、どうするのよ! うかうかしていると敵が来ちゃうよ!」
メイサが憔悴した顔で言った。与那は押し黙ったまま、なにも答えることができなかった。
でも、もしも俺の意図が伝わっていれば、きっと――。
与那は空へ伸びてゆく魔法陣の光に目を向ける。100円ショップで働く宇賀店長と高根のことを思い出し、ポケットの向こうに一縷の望みを託していた。



