与那がルーザーとともに食事の片付けをしていると、いつのまにかメイサの姿が消えていることに気づいた。思えばメイサは所在不明な時間が多い。

村の住人は、畑仕事や狩りなどに出る時は皆に所在を報せていた。それだけ単独行動は危険を伴うはずなのだ。メイサが言っていたラスカ帝国の密偵がいるかもしれないし、いつふたたびダークエルフの襲来があるかわからない。

それなのにメイサは、いったいどこへ――?

メイサの姿を求めて村をさまよっていると、畑で鍬を振るアスタロットを見つけた。むき出しになった上半身は筋肉質で、腹筋は羨ましいほどみごとなシックスパックである。

「あのー、メイサがどこに行ったのか知らないですか?」

尋ねるとアスタロットは手を止め、深く息をついた。ひたいの汗を拭ってから与那に返事をする。

「ナヨナヨか、あいつの行動を詮索するな。放っておいてやれ」

「ナヨナヨじゃなくて与那です」

真顔で名前を間違えられた。天然なのか、それとも与那を快く思っていない証なのか、判別がつかなかった。

「あいつは強がってはいるが、ひとりになりたい時間もあるだろう」

アスタロットの表情に暗い影がかかる。その様子になんらかの事情があるのだろうと察した。

「あのメイサが落ち込む事ってあるんですか?」

そう尋ねると、アスタロットは「なんだ聞いていないのか」と呆れたようにため息をついた。

「3か月ほど前の戦いの時、あいつの両親はダークエルフに連れ去られた」

「えっ、両親が!?」

「ああ。だから、今頃あいつはさみしい思いをしているに違いない」

メイサに家族がいないことが気になっていたが、その理由が腑に落ちた。ハーネスというダークエルフの隊長が言っていたことを思い出す。

――そりゃあオメェ、根こそぎ首を切り落とし、魔法陣を通じてあの御方に捧げるのよ。

まさかすでに殺されているのでは、と想像して背筋が凍る。

「でも、どうして村のエルフが狙われるんですか?」

「ああ、目的はエルフに込められた長寿をもたらす魔力だ。その魔力には老化を防ぐ能力があるからな」

アスタロットはそう答えた。けれど腑に落ちない。ダークエルフだってエルフのうちだから寿命は長いはず。もしかして――。

「まさか、エルフを狙っているのは人間(・・)だってことですか」

「そのとおりだ。つまり、このエルフ同士の争いの元凶は人間にある」

確かに限りある時間を生きる人間にとって、エルフの寿命を希求するのは納得できる。

与那の世界でも不老長寿を求めた権力者は数知れない。そのすべてが徒労に終わっているのだが、この世界(ユーグリッド)では長寿の種族が実在するのだ。その神秘的な生命に不老不死を求め、戦いが起きている構図なのだと理解できた。

「同じ人間として申しわけない……」

与那は捕えられた罪人のようにうなだれた。

「ナヨナヨのせいではないだろう。諸悪の根源はラスカ帝国の帝王だ」

「ラスカ帝国……ですか」

メイサと出会った時の言葉を思い出す。メイサは与那を見て『ラスカ帝国の密偵』ではないかと疑った。警戒心を抱くのも無理のないことだ。

「ラスカ帝国の軍は、我々の生命を用いて不老不死の秘薬を作る研究をしているらしい。事実、帝王はとっくによぼよぼの年齢のはずなのに、いまだ色気は衰えず、若い娘をはべらせているという」

「つまり、一言で言えばエロじじいってことですか」

「エロじじいとは言い得て妙な表現だな。見直したぞナヨナヨ」

ファンタジー世界のエルフのイメージを体現したようなアスタロットだが、微妙になにかがずれていると感じる与那である。

「寿命とは神の定めた掟だ。寿命に抗うことは神への冒涜ともいえる」

人間の謀略によってエルフが命を奪われるなんて許せない。無論、傍若無人なエロじじいも許せない。

だから与那は、この争いを止められるのは人間である自分だけではないかと思った。ギャンドゥ神は、エルフたちを救わせるために与那をこの世界(ユーグリッド)に引き込み、100円ショップのアイテムを駆使する力を与えたのだ。それに、この世界には高根さんという心強い仲間が存在し、ともに戦うことになるはずなのだから。

――たとえ敵が強大であっても、俺はメイサたちを、このヴェンタスの住人を救わなくちゃいけないんだ!

与那はいよいよ自身の使命を自覚し始めた。とはいえ、100円のアイテムでどこまで太刀打ちできるのか、不安しかない。

アスタロットはしばらく思案していたが、ふと思い出したように顔を上げた。

「もしかしたらメイサは、この前戦いがあった森の広場、『ゲート・オブ・ヴェンタス』にいるんじゃないだろうか」

そこはメイサの両親が連れ去られた場所だという。与那はアスタロットと視線を合わせ、真剣な面持ちでうなずいてみせた。