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「神のもたらした今日の恵みを食事としていただけることに感謝します。食材となった生きとし生けるものの魂が天へと昇り、やすらかな時のなかで眠れるように、こころよりお祈り申しあげます」
エルフたちは皆、胸に手を当てて祈りを捧げてから食事を摂り始める。与那はエルフたちの祈りに加わり、肉の素材に心の声で呼びかける。
――パチェットよ、俺は部外者だが許してくれ。そしてどうか俺の腹におとなしくおさまってくれ。
食事の感想の第一声はルーザーからだった。
「こっ……これはっ! 肉のうまみと調味料の刺激が隊列を組んで、口の中に一気に攻め込んでくる感覚だ! 兄貴、さすがっす!」
「きたな食レポマスター!」
するとルーザーは調子に乗り、そばにあったスパイスに手を伸ばして匂いを嗅いだ。そして「男は黙って味変! 味変!」と言いながらどさどさと鬼のようにスパイスをふりかけた。
それは与那が準備した定番のスパイス、『七味唐辛子』。彼はその刺激の恐ろしさを初めて知ることになった。
口に含むやいなや、辛さが舌先からじわじわと広がったようで、みるみる顔が紅潮する。どばっと顔から汗が滴り、火を噴くドラゴンさながらにヒィヒィ喘ぎ始めた。
「口の中がぁぁぁ! 口の中がぁぁぁ! 燃えているぅぅぅ!」
メイサはけたけたと笑いながら冷水を差し出した。どうやらエルフは辛いものに免疫がないらしい。
食卓では、悶えるルーザーを尻目に感動の声が上がっている。
「この料理法、身に歯ごたえがあって肉汁が溢れてくる!」
「まるで、森の恵みそのものを凝縮しているかのようだ!」
「こんな味を堪能できるなんて、人間の文化が羨ましい!」
エルフたちは目を輝かせながら料理を味わっていた。メイサも食事を口に運び、「ほんとだ、絶妙においしい~!」と感激している。森の広場は笑顔と料理の香りで満たされていた。
「ヨナ、やっぱり救世主は胃袋も救えるんだね。これも適材適所だ、うん」
「胃袋救うってなんだよ。俺は現実世界に戻ってこそ救われるってもんだ」
と言いながらも与那自身、料理の出来栄えに満足していた。どんな形であれ誰かの力になれることがうれしい、そんな献身の気持ちが湧き起こる与那であった。
「ところでさ、ヨナの世界では、どんな動物の肉を食べているの?」
メイサは与那の住む世界の料理に興味を持ったようだ。
「えーと、牛肉、豚肉、そして鶏肉かな。それ以外にも、熊や猪、生の馬肉や鹿肉とか、とにかく多くの肉類が料理の材料として成り立っているんだ」
そう説明したが、返事の途中でメイサの表情が一瞬、固まったような気がした。
「あれ? もしかしてこの世界にはいない動物だった?」
不自然な表情に疑問符を浮かべて尋ねると、メイサは「あっ、うん。よくわからないから、別にいいや。あはは~」とごまかすように笑って与那から視線をそらした。
食事が終わると、ピッピとポッポが与那の元に駆け寄ってきた。二手に分かれて与那を左右から挟み込む。「せ~のっ!」と声をあわせ、ポケットに手をかけて左右に引っ張った。
「「エロフのお兄ちゃん、なんか面白いの出してぇ~!」」
「ちょ、ちょっと待て! このパンツは大事なんだから引っ張るなぁ~!」
「「面白いのぉぉぉ~、面白いのぉぉぉぉぉ~!」」
ふたりはポケットの中から飛び出てくるものに興味津々なようだ。一度おもちゃを出したら味を占めてしまったらしい。
「わかった、わかった。お子様用のなにかを出してやるからな」
与那は100円ショップのおもちゃ売り場を想像し、子供の喜びそうな玩具を探し出す。店の陳列棚のイメージを明確に脳裏に描くことが、目的のアイテムを取り出すのには必要なことだと与那は気づいていた。
すると、あるおもちゃの感触が手に伝わる。
じゃあ、これでどうだ!
じゃじゃん! 『おもちゃの弓矢と的』!
先端が吸盤になっていて、的に当たると張り付く定番のおもちゃ。
「「なになになになにぃ~?」」
的を崖の壁にかけ、軽く弓を弾いてみる。指を弦から離すと、矢が元気にぴょんと飛び出した。ぺたりと的の真ん中に張り付いて止まった。
「これ、点数を競うゲームだよ」
「「面白そう~! やらせてやらせてぇ~!」」
ふたりはさっそく弓矢の取りあいとなった。
「ほら、ちゃんと順番を決めて」
「「あ~い」」
言われたとおり、交代しながら楽しそうに矢を放つふたり。与那が審判として点数の計算をする。
「はい、今回はピッピの勝ちね」
「やーい、ポッポの下手くそ~!」
「ちっくしょぉ~! 次は勝ってやるからなぁ~!」
その様子をまじまじと見ていたメイサがぽつりとつぶやく。
「ねえ、もしかしてそれ、強化できないかなぁ」
「強化、って?」
メイサは頭上を見上げて手を振った。すると呑気に空を泳いでいたミグがすーっと降下してきた。
「ミグ様の魔法拡張、これにかけられる?」
「ああ~、お安い御用ですけど」
するとミグはなにやら詠唱を始めた。
「あまねく空と大地に住まう精霊たちよ、ミューゼンバウロ・グルタリカスの名において命ずる。深淵の力を我に貸し与えたまえ」
与那の肉眼では捉えられないが、弓矢に不思議な力が宿ったような気がする。
ためしに的に狙いをつけて弓を引く。するとルーザーが的の隣に立ち、「兄貴の腕の見せどころっすね~」と茶化してきた。
「ルーザー、そこにいると危ないってば」とメイサが忠告するが、ルーザーは鼻歌を歌いながら与那の行射を見物している。与那も何気ない気持ちで、ひょいと矢を放った。
「あっ、危な――」
メイサが言いかけた瞬間――。
ドッゴーーーーン!!!
矢は閃光のごとく空気を切り裂き的に突き刺さった。的は粉々に砕け散り、壁が円形に陥没した。あたりに砕けた岩盤の破片が飛び散る。砂煙で視界が遮られた。
「あっちゃー! だから危ないって言ったのに。ミグ様の精霊の力、半端ないんだからねっ!」
メイサは手のひらで目を覆って天を仰いだ。
風が砂煙を掬い去ると、硬直して足をガクガクと震わせるルーザーの姿があった。矢を放った与那も予想外の衝撃に顔を真っ青にした。
「ルーザー、大丈夫か!? まさかこんなに勢いがあるなんて思わなくて」
与那は急いで駆け寄り、ルーザーの肩を掴む。
「あ、兄貴……拙者は今、生きている喜びを味わっているっすよ……」
ルーザーは薄氷の涙目で答えた。
ミグは悠長に空を泳ぎながら、「どうですか、ミグの精霊たちの力は。まぁ、使いこなすには最低でも100年はかかりそうですけどねぇ~」と自慢気だ。申しわけなさそうな様子はいっさいない。
ピッピとポッポはあんぐりと口を開けて固まっていたが、やがて瞳を爛々と輝かせ、興奮した声で叫んだ。
「すごぉ~い! もう一回、突き刺してぇ~!」
「こんどは黒いおじさんにぶち当ててぇぇぇ!」
悪気のない子供たちの殺意にルーザーは怯え、「おおお命頂戴は勘弁してくださーい!」と叫びながらへたり込むのであった。
「神のもたらした今日の恵みを食事としていただけることに感謝します。食材となった生きとし生けるものの魂が天へと昇り、やすらかな時のなかで眠れるように、こころよりお祈り申しあげます」
エルフたちは皆、胸に手を当てて祈りを捧げてから食事を摂り始める。与那はエルフたちの祈りに加わり、肉の素材に心の声で呼びかける。
――パチェットよ、俺は部外者だが許してくれ。そしてどうか俺の腹におとなしくおさまってくれ。
食事の感想の第一声はルーザーからだった。
「こっ……これはっ! 肉のうまみと調味料の刺激が隊列を組んで、口の中に一気に攻め込んでくる感覚だ! 兄貴、さすがっす!」
「きたな食レポマスター!」
するとルーザーは調子に乗り、そばにあったスパイスに手を伸ばして匂いを嗅いだ。そして「男は黙って味変! 味変!」と言いながらどさどさと鬼のようにスパイスをふりかけた。
それは与那が準備した定番のスパイス、『七味唐辛子』。彼はその刺激の恐ろしさを初めて知ることになった。
口に含むやいなや、辛さが舌先からじわじわと広がったようで、みるみる顔が紅潮する。どばっと顔から汗が滴り、火を噴くドラゴンさながらにヒィヒィ喘ぎ始めた。
「口の中がぁぁぁ! 口の中がぁぁぁ! 燃えているぅぅぅ!」
メイサはけたけたと笑いながら冷水を差し出した。どうやらエルフは辛いものに免疫がないらしい。
食卓では、悶えるルーザーを尻目に感動の声が上がっている。
「この料理法、身に歯ごたえがあって肉汁が溢れてくる!」
「まるで、森の恵みそのものを凝縮しているかのようだ!」
「こんな味を堪能できるなんて、人間の文化が羨ましい!」
エルフたちは目を輝かせながら料理を味わっていた。メイサも食事を口に運び、「ほんとだ、絶妙においしい~!」と感激している。森の広場は笑顔と料理の香りで満たされていた。
「ヨナ、やっぱり救世主は胃袋も救えるんだね。これも適材適所だ、うん」
「胃袋救うってなんだよ。俺は現実世界に戻ってこそ救われるってもんだ」
と言いながらも与那自身、料理の出来栄えに満足していた。どんな形であれ誰かの力になれることがうれしい、そんな献身の気持ちが湧き起こる与那であった。
「ところでさ、ヨナの世界では、どんな動物の肉を食べているの?」
メイサは与那の住む世界の料理に興味を持ったようだ。
「えーと、牛肉、豚肉、そして鶏肉かな。それ以外にも、熊や猪、生の馬肉や鹿肉とか、とにかく多くの肉類が料理の材料として成り立っているんだ」
そう説明したが、返事の途中でメイサの表情が一瞬、固まったような気がした。
「あれ? もしかしてこの世界にはいない動物だった?」
不自然な表情に疑問符を浮かべて尋ねると、メイサは「あっ、うん。よくわからないから、別にいいや。あはは~」とごまかすように笑って与那から視線をそらした。
食事が終わると、ピッピとポッポが与那の元に駆け寄ってきた。二手に分かれて与那を左右から挟み込む。「せ~のっ!」と声をあわせ、ポケットに手をかけて左右に引っ張った。
「「エロフのお兄ちゃん、なんか面白いの出してぇ~!」」
「ちょ、ちょっと待て! このパンツは大事なんだから引っ張るなぁ~!」
「「面白いのぉぉぉ~、面白いのぉぉぉぉぉ~!」」
ふたりはポケットの中から飛び出てくるものに興味津々なようだ。一度おもちゃを出したら味を占めてしまったらしい。
「わかった、わかった。お子様用のなにかを出してやるからな」
与那は100円ショップのおもちゃ売り場を想像し、子供の喜びそうな玩具を探し出す。店の陳列棚のイメージを明確に脳裏に描くことが、目的のアイテムを取り出すのには必要なことだと与那は気づいていた。
すると、あるおもちゃの感触が手に伝わる。
じゃあ、これでどうだ!
じゃじゃん! 『おもちゃの弓矢と的』!
先端が吸盤になっていて、的に当たると張り付く定番のおもちゃ。
「「なになになになにぃ~?」」
的を崖の壁にかけ、軽く弓を弾いてみる。指を弦から離すと、矢が元気にぴょんと飛び出した。ぺたりと的の真ん中に張り付いて止まった。
「これ、点数を競うゲームだよ」
「「面白そう~! やらせてやらせてぇ~!」」
ふたりはさっそく弓矢の取りあいとなった。
「ほら、ちゃんと順番を決めて」
「「あ~い」」
言われたとおり、交代しながら楽しそうに矢を放つふたり。与那が審判として点数の計算をする。
「はい、今回はピッピの勝ちね」
「やーい、ポッポの下手くそ~!」
「ちっくしょぉ~! 次は勝ってやるからなぁ~!」
その様子をまじまじと見ていたメイサがぽつりとつぶやく。
「ねえ、もしかしてそれ、強化できないかなぁ」
「強化、って?」
メイサは頭上を見上げて手を振った。すると呑気に空を泳いでいたミグがすーっと降下してきた。
「ミグ様の魔法拡張、これにかけられる?」
「ああ~、お安い御用ですけど」
するとミグはなにやら詠唱を始めた。
「あまねく空と大地に住まう精霊たちよ、ミューゼンバウロ・グルタリカスの名において命ずる。深淵の力を我に貸し与えたまえ」
与那の肉眼では捉えられないが、弓矢に不思議な力が宿ったような気がする。
ためしに的に狙いをつけて弓を引く。するとルーザーが的の隣に立ち、「兄貴の腕の見せどころっすね~」と茶化してきた。
「ルーザー、そこにいると危ないってば」とメイサが忠告するが、ルーザーは鼻歌を歌いながら与那の行射を見物している。与那も何気ない気持ちで、ひょいと矢を放った。
「あっ、危な――」
メイサが言いかけた瞬間――。
ドッゴーーーーン!!!
矢は閃光のごとく空気を切り裂き的に突き刺さった。的は粉々に砕け散り、壁が円形に陥没した。あたりに砕けた岩盤の破片が飛び散る。砂煙で視界が遮られた。
「あっちゃー! だから危ないって言ったのに。ミグ様の精霊の力、半端ないんだからねっ!」
メイサは手のひらで目を覆って天を仰いだ。
風が砂煙を掬い去ると、硬直して足をガクガクと震わせるルーザーの姿があった。矢を放った与那も予想外の衝撃に顔を真っ青にした。
「ルーザー、大丈夫か!? まさかこんなに勢いがあるなんて思わなくて」
与那は急いで駆け寄り、ルーザーの肩を掴む。
「あ、兄貴……拙者は今、生きている喜びを味わっているっすよ……」
ルーザーは薄氷の涙目で答えた。
ミグは悠長に空を泳ぎながら、「どうですか、ミグの精霊たちの力は。まぁ、使いこなすには最低でも100年はかかりそうですけどねぇ~」と自慢気だ。申しわけなさそうな様子はいっさいない。
ピッピとポッポはあんぐりと口を開けて固まっていたが、やがて瞳を爛々と輝かせ、興奮した声で叫んだ。
「すごぉ~い! もう一回、突き刺してぇ~!」
「こんどは黒いおじさんにぶち当ててぇぇぇ!」
悪気のない子供たちの殺意にルーザーは怯え、「おおお命頂戴は勘弁してくださーい!」と叫びながらへたり込むのであった。



