鉄鍋の中で焼き目の付いた肉がぐつぐつ煮えている。鍋の中には肉と一緒にネギや豆腐や椎茸(しいたけ)なども煮込まれている。
それは、牛鍋。
現代風に言い直すならすき焼きと言ったとこだろう。
「しゃあ!空いてて良かったな!」
「そうですね!」
子供のように目を輝かす勇と柚はうっとりと甘辛い匂いがする牛鍋を見守っている。
「今日は咲真の奢りだから、遠慮なく食えるな!」
「勇さんは少し遠慮して下さい、、、!」
三日前、調査協力をしてくれた柚と勇へのお礼という訳で、咲真の奢りが決定したのが数分前。
「柚ちゃんは酒飲むかー?」
透明なお酒をコップに注ぐ勇の陽気な声に柚は身構える。
(え、未成年だよ!?未成年は流石にダメでしょ、、、)
柚は助けを求めてまともそうな咲真の方を見るが、そこには無言で野菜達を勇の取り皿に入れていく咲真の姿。
未成年の禁酒法が初めて作られたのは大正時代になってから。だから今ここで柚がお酒を飲んでも犯罪に問われることはないが、現代の常識に慣れ親しんでいる柚には抵抗があった。
「あ、悪い。酒は嫌いか?」
「まぁ、、、」
明らか様にしょんぼりする勇に申し訳ないことをしてしまったな、、、と柚は少し思ったが、いやいや飲酒は二十歳になってから!と、正気に戻る。
「娘、そいつは蟒蛇(うわばみ)だから酒を飲ますと永遠に飲むぞ」
「、、、それ、本当ですか?」
咲真は小さく頷いた。
「たまに酩酊するから、そうなったら放っておけ」
「分かりました、、、」
説明を聞きながら柚は鉄鍋に箸を伸ばす。
「ん〜!美味しい!!」
味付け自体はほぼすき焼きと同じだが、とても美味しく感じられた。いや、すき焼きも美味しいが。
「あの、この牛鍋ってやっぱり高いんですか?」
高かったら申し訳ないと思い、咲真に聞く。するとお品書きを読んでいた咲真が顔を上げ、口を開いた。
「高いと言ったら高い。上等な物だと五銭もするだろうな」
「五円!?」
「五銭だ」
五銭、五銭と口の中で復唱する柚。
貨幣価格も現代とは違うので、五銭が高いというのにピンとこない。現代価格に換算すると一体いくらになるだろうか。一円は現代で二万円くらいというのは知っていたが、細かい値段までは知らない。
明治時代では牛肉はそう庶民が中々口にすることが出来ない代物らしい。
申し訳ないと思いながら、柚は煮えきった鍋から自分の取り皿に肉を移した。
「柚ちゃんの好きな食べ物は?」
「えっと、、、甘い物ですね」
「良いな、甘い物!ちなみに俺は西洋菓子派だなー」
「お前は洋菓子より酒だろ。ったく、金持ちめ」
さらりと悪態をつく咲真。喧嘩する程仲が良いとは、きっと目の前の二人のことを言うんだろうな。
人と人との出会いは予想もつかないらしい。数日前に出会った警察二人と仲良く鍋を囲んでいる柚もそれは例外ではない。