生き残りは三組までに減った。 俺と小春。翔と凛。そしてあと一組。小田佳祐くんと内藤 南さん。
 小田くんは同じクラスになったことがなくあまり知らないが、制服をしっかり着こなし清潔感ある短髪。柔らかな目元に穏やかな口調。全体的に優しさが滲み出るような人だ。
 ……一方の内藤さんは制服をしっかり着て一見には普通の人に見えるが、相手が変わると人格が変わったのかと思うぐらいに口調を荒らげ暴力的になる。俺もその声を聞くまで、内藤さんの素顔に全く気が付かなかった。


 吐くのって体力いるんだな。
 廊下の暑さも相まって、小春と俺は壁に背を預け脱力する。
 このまま二人で消えてしまえたら。
 気付けば俺の指は、俺達を地獄に誘う指輪へと向かっていく。力を入れるとスルスルと抜けていく指輪は、第一関節までいった。
 そこで気付く、視界の端にある視線。目を向けると、そこには弱々しい眼差しがあった。

 「……なーんてな。驚いただろー?」
 普段言わない冗談に、声が裏返る。だが指だけはしっかり動き、指輪を奥に押し込んだ。
 「うん」
 力無く頷いた小春は自分の指輪を掴み、俺を真似るように指輪を引き抜こうとする。

 「こうゆうのは。一回だから、面白いんだ……」
 「……そうだね」
 小春の手首を掴み、動きを止める。
 こちらに顔を向け、俺に目を見たかと思えば。また指輪に視線を戻し、押し込んでいた。

 心が麻痺している。
 おそらくそれは、今の俺達の状態だろう。
 小春の目を見つめると、あの澄んだ瞳は濁り、血色の良い肌は青白くなってしまった。
 あの時、小春は同じ思いだったのだろうか。
 ズンっとしたものが全身に押し寄せ、俺から言葉を失わせる。

 「あの時はごめん」
 こんな時だからこそ言わないといけないのに、どんどんと喉の奥へと消えていってしまった。


 「佐伯、ちょっと来いよ!」
 突然目の前に現れた、内藤さんの威圧的な声が廊下に響く。あまりの圧に小春だけでなく俺まで身をすくませてしまったが、その間に入ったのは凛だった。

 「何? そんな大きな声、出される筋合いはないと思うけど?」
 「……は? 大林には関係ないし」
 内藤さんは、小春にだけしか見せなかった本性を俺だけでなく、凛にまで見せてきた。
 そこまで、切迫詰まっているということだろう。

 「あるよ。友達だから。それより小春にいつも、こんなにキツく当たっていたの?」
 凛の瞳には内藤さんに対する怒りと、何故か罪悪感のような視線を小春に向けていた。

 「……友達ねぇ」
 ははは、とバカにするように笑ったかと思えば、内藤さんは凛の耳元に顔を近付けた。
 その瞬間に強張る、凛の表情。
 小春に対して罪悪感のようなものから恐れへと、変わったような気がした。

 「密告してやろうか?」
 「やれるものなら、やってみたら! 順番を当てれたの話だけど!」
 「あんたバカ? 次に密告したら勝てるごとぐらい気付いてるよね?」
 その言葉により何も返せなくなった凛は、ただ唇を噛み締めていた。

 一体、何のやり取りが繰り広げられているんだ?
 次に密告したら勝てるとは、どうゆう意味なのか?
 何も分からない俺と小春は、そのやり取りをただ眺めることしか出来なかった。

 「だから、佐伯小春! お前に話があんだよ! 大林 凛の秘密を私は握っている。それを密告されたくなければ、私の密告をするな! ……あのボイスレコーダーとか……」
 歯切れが悪い言葉に、小春はただ呆然とした表情を浮かべていた。

 それはそのはずだ。小春は、何も知らないのだから。

 「……私の密告が出れば、佐伯は大林の命なんかどうでも良いという証明になる! 覚えておいて!」
 そう言い放ったかと思えば、内藤さんは俺達の集まりから離れて行った。

 「……慎吾、少し良いかな?」
 凛は珍しく、俺単独に声をかけてきた。俺達は中学からの友達だが、男女ということもあり直接話すことは珍しい。小春の言葉は凛が、俺の言葉は翔が取りもち、話をしていく。別に仲が悪いとかそうゆうわけではないけど、あまり話さない小春と俺に対して二人が気にかけてくれる。そんな関係だった。
 凛の申し出に頷き、翔に小春を託して、俺達は下の一階へと降る。玄関付近に行くと機動隊員の方を身構えさせてしまう為、理科室へと入って行く。

 「慎吾さ、小春のこと好きなんだよね?」
 開口一番に告げられた、色恋のこと。確かに現在、カップルデスゲームという狂った催しの真っ最中だが、想定しない言葉に、俺の顔が赤面していく。

 「ま、まあ……」
 冷静を装うが声が裏返り、それがより隠しきれない気持ちを露わにしてしまい、俺は言葉を失ってしまった。
 「だったら、何で守ってあげないの? あそこまで彼女が攻められていて、何か思わないの?」
 凛は表情を険しくし、口調を強める。凛と小春は、小学校からの幼馴染。俺以上に付き合いが長く、思うところがあるだろう。だからこそ。

 「……ごめん」
 心より、その言葉を発していた。
 弱い俺は、中学の頃より、いつも凛に怒られていた。
 もっとハッキリ言いなさいよ。そんな態度だから、利用されるの。慎吾はお人よし過ぎ、だからダメなんだからね。
 そう言った後の凛は真顔に戻り、「ごめん」と言葉を残して去って行く。……それが凛と直接関わらなくなった、一つの理由でもある。
 凛みたいなしっかりした女子からしたら、俺みたいな軟弱な男は受け入れ難いのだろう。勿論、それは凛の悪意からではない。言葉通り、気が弱すぎて何でも押し付けられていた俺を見かねて言ってくれていたことだった。
 おそらく、今も。

 「次は私達が指名されるかもしれない。……そしたら、小春を守れるのは慎吾だけなんだからね?」
 「そんな、縁起でもないこと言うなよ!」
 自分達が死ぬみたいな、そんな言い方。

 「慎吾は分かってないから言ってるの! ……次に指名されるのは内藤達か、私達。もう、猶予がないの……」
 険しかった表情はどんどんと崩れていき、真顔になっていく。中学生だった、あの頃みたいに。

 ……さっき、内藤さんも選ばれるのはどちらかみたいな前提で話をしていた。残っているのは三組なのに、そこに小春と俺は入っていない。
 つまり凛と内藤さんは、選ばれる順番の法則に気付いたのだろう。

 「なあ、教えてくれないか? どうして順番に目星をつけられたんだ?」
 情けないことに、俺だけが何も分かっていない。情報という武器を持たない情弱さでは、大切なものを守れない。
 だから、頼み込んだ。

 その言葉に目を逸せてきた凛は、「私、そうゆう言葉嫌いだから」と理由は教えてくれなかった。
 その代わりもう一つの情報を教えると、凛はそれを口にした。

 「このゲームね、生き残れるのはおそらく一組だけだと思う」
 「……は?」
 あまりにも想定外の言葉に、俺は情けない声しか返せなかった。

 「ゲーム説明を読み直してみて」
 その言葉にポケットからスマホを取り出し、目を凝らす。するとその答えは、一行目に記載されていた。

 1.このゲームはカップル対抗戦です。

 「まさか……」
 ゾクッと、背筋が凍り付く感覚がした。このゲームは……。

 「そう。争いが前提だった。その方法が、暴露ってわけだったみたいね」
 窓より広がる空を見上げる凛は、俺に目を向けてくれない。俺達は最初からこの地獄から生存する仲間ではなく、互いを蹴落とし合う敵だったと言うのか。

 「どうしてそんなこと、俺に話すんだよ?」
 この情報を伏せれば、小春と俺を出し抜くことぐらい出来るのに。生存率は格段に上がる。それなのに、わざわざ呼び出してまで。

 「……私は、死ぬ運命だから……」
 目を細めた凛は、ただ空に浮かぶ入道雲を眺めていた。

 「私には許されない秘密がある。翔に絶対許してもらえない。だから……」
 言葉に詰まる凛に、俺は黙っていなかった。
 何があった? 一緒に謝るから。翔なら分かってくれる。
 そんなことを放っていた。

 「……ありがとう。本当に、優しいね。……だから、慎吾はダメなの。そんなんじゃあ、大切なものは守れない。だから、しっかりしてよ」
 「俺は、友達として……!」
 しかし勢いはなくなり、言葉は胸の奥に詰まっていく。

 生存出来るのは一組。凛を助けるように動いたら、小春は……?
 だからこそ俺は、何も言えない。二人が仲良くいてくれることさえも。

 「慎吾……」
 俯いていた俺にしがみついてきたのは小春ではなく、凛で、当然ながらそんなこと一度たりともなかった。

 「ごめん。今だけ、こうさせて……。私……」
 深く吐いた溜息は、速く、浅くなっていき、俺の腰に回した手は小刻みに震えていた。

 凛と出会った中学生の頃は、俺は小さく、凛が俺を見下ろしていた。しかし、いつの間にか小柄な小春を抜かし、凛をも抜かし、見下ろす立場へと変わっていた。

 いつも強くて、頼もしい。だけどこんなに小さかったのか。
 俺は、ただ強く抱きしめる。死の恐怖に震える女子を。

 何度、目の当たりにしても、人の命が散ることに慣れることなんてなかった。その瞬間は瞼に焼き付いており、不意に過った途端トイレに駆け込む。口をゆすいで、顔を洗い、涙を流し、精神をなんとか保っている。
 それをしなかったら今頃。発狂して校舎から出てしまうか、指輪を外して自らの終わりを決めていただろう。
 だけどそうしないのは、これがカップルデスゲームだから。
 自分が死ねば、相手は指輪を抜いてもらえずに死ぬ。
 今抱えているのが、自分だけの命ではない。
 そう自分に言い聞かせて俺達はこの場所で立ち、いつ途絶えるか分からない命を抱えて生きていた。
 パートナーに許されないであろう恐怖、指輪を外してもらえないかもしれない裏切り、狡猾な主催者により命を弄ばれるかもしれない可能性。それらを抱え、今を生きている。……パートナーの命を守る為に。