それからは、行動の連続だった。
葉山くんに紹介してもらった女の人に会って、話を聞いた。
景のことをこの町に残す、という思いから景についての捜索願いのポスターを作った。
できるだけ不気味に、報酬があると書いて人をつり、電話番号も書いてふざけてかけてきた人達にはいい噂の発生源になってもらおう。
電話番号は中古で買った固定電話の番号を書き、また、不気味さを演出するために、ボイスチェンジャーを購入して取り付けた。
今の私の身体ではポスター貼りにいけないので、バイトも雇った。
それも、怪しさ満点にするために日給一万円で。
そのためのお金は、申し訳ないけれどけいの口座から使わせてもらった。
生前に、けいから「僕が居なくなったあとは好きに使って欲しい。どうせ、溜まる一方で使われないお金だし。死後の世界ではきっと円は使えないからね」と渡された通帳には、まだ収入があり、私はそれでヘルパーさんを雇いながらも、なんとか生活出来ていた。
けいの時は私が居たからなんとか生活できていたが、さすがに一人ではそうはいかないので、仕方なしのヘルパーさんだ。
もちろん、無理を言って定期的についてくれるヘルパーさんを変えてもらうようにお願い済みだ。
お金はたいてい何でも解決してしまうのだから恐ろしい。
それから、大学に行っていなかったことがバレ、両親に怒られて縁を切られた。
父と母からしたら、五体満足の一人暮らしの娘が学校を急にサボり始めて、これからも通う気もないと言われれば、納得の結末だ。
もとより、二人に私はあまり好かれていなかったわけだし。
それでも、私のことを思ってくれる家族はまだ居た。
「お姉ちゃん。本当にもう家には帰ってこないの?」
「うん。ごめんね、菜沙」
久しぶりに聞く妹の声は、随分と大人びていた。
きっと身長も伸びて、可愛くなったんだろうなぁ。
「この前、こっそりお姉ちゃんのマンションに行ったんだけど、もう誰も住んでなかったのは?」
「引っ越したの。内緒にしててごめんね」
あの家は両親といる時に契約したアパートだ。
あそこにいたら、家族に居場所がバレる。
今の私の姿を見て、一緒に住むなんて言われたら、呪いを家族に移しかねない。
「ねぇ、一度でいいから、私と会ってくれない?一度だけでいいの」
「……ごめん」
だから、菜沙には絶対に会えない。
きっと一度姿を見てしまえば、この呪いは私の死後、必ず彼女に移ってしまうから。
「……ねぇ、まだあの時の髪ゴム持ってるの?ラベンダー色の」
「うん……宝物だよ」
高校生の頃、菜沙から貸してもらった紫色の髪ゴム。
結局、家に帰ったあとに菜沙に返したんだけど、もう一つ同じのがあるからあげると言われてからずっと私が持っている。
パソコンの横に目をやると、私一人が移った写真立ての横に、色褪せたそれが置かれていた。
「ねぇ、最後に菜沙に一つお願いがあるの」
「……なに?」
最後、という言葉に、何か反応したような気配が電話越しからした。
菜沙は聡い子だったから、きっと私の今の状況を何となく察せてしまったんだろう。
私の命が、あと少しであることが。
「少ししたら、家に封筒が届くはず。それをお母さん達に取られることなく、菜沙が保管しておいて欲しいの」
「……保管してどうするの?」
「これから先、菜沙のもとに私のことを尋ねに来る人が来るはず。その人に封筒を渡して欲しい」
「……それをしたら、お姉ちゃんは助かる?」
「うん。大助かりだよ」
菜沙は少し考え込んだ後に、「いいよ」と返事をした。
その声は、掠れていた。多分、泣いているのを我慢している声だと思う。
本当に賢い子だ。全部バレてる。
「最後に聞いてもいい?」
「何?」
「お姉ちゃんは、生きていて楽しかった?」
……きっと、この土地に引っ越してくる前だったら、迷うことなんてなく、「楽しくなんてなかった」と答えていただろうけど、今は違う。
私はあの時みたいに、もう一人じゃないから。
だから――
「楽しかったよ」
「……そっか」
「じゃあ、あとは頼んだよ」
そう言って、私は電話を切った。
「すみません。今日はこれで大丈夫なので、最後にこの封筒を出してきてくれませんか?」
別の部屋で作業をしていたヘルパーさんにそう伝えると、彼女は笑顔でそれを受け取ってくれた。
「今日で最後なんですよね?」
「はい。引っ越すことが決まりまして。今までお世話になりました」
「とは言っても、数日間だけでしたけれども」
「今までありがとうございました」
「こちらこそ」
ヘルパーさんは封筒を二つ持って、家を出ていった。
その封筒の一つは菜沙に送る、私の今の家の住所と鍵が入ったもの。
もう一つは……例の探偵さんに送る依頼書だ。
警察の捜査が難航していた行方不明の女児を見つけたという、ニュースで流れていた探偵さん。
彼ほどの人ならば、きっと私の残した物語を全て広い、ここまで辿り着いてくれる。
『志崎詩音』と『佐倉景』を見つけてるれるはずだ。
「これでやっと、けいの所に行けるよ」
私は最後に残った左足でなんとかバランスを取りながら部屋を移動する。
「これもできて良かった」
リビングの机の上に置かれた、けいと私の人生について書かれた小説。
業者に頼んでいた印刷ができたみたいでやっと今日届いた。
その横に、棚から札束が入った封筒を咥えて出し、本の横に置いた。
これで、探偵さんへの報酬もバッチリ。
「なんとか死ぬ前にできた」
机の上に置かれたそれを尻目に私はある部屋に移動する。
足でなんとか引き戸をスライドさせると、中の部屋には首吊り用のロープとそこに登るまでの椅子だけが既に用意された、一面白い壁紙に囲まれた殺風景な景色が広まっていた。
「腕が使えなくなるまでに準備しといてよかった」
ここを引っ越し先に選んだのは私が生活するために必要な部屋数より余分に一部屋多い造りだったから。
ヘルパーさん達にはここは物置にしているから入らないでくれと言って、ここには誰もいれなかった。
見つかっていたらこのロープは撤去されていただろうし、また準備するための身体があるか分からなかったから。
椅子の上に片足で立ち、ロープに首をかける。
あとは椅子を蹴るだけだ。
死体は呪いのおかげでそのうち消える。首吊り事件の捜査で、私が依頼した探偵さんより先に家が荒らされることは無い。
準備は完璧。
「けいに会ったら何をしようか」
積りに積もった話がいっぱいある。
けいが居なくなったあとの話をするのもいいだろう。
スポーツもしたいなぁ。きっとけいは五体満足の身体で待ってくれているはずだ。
今までできなかったことをするのもいいかも。
腕を組んでデートとかしたいし、今度はちゃんと結婚もしたい。
けいと、やりたいことがたくさんある。
「今行くね」
けいはずっと孤独だった。
でも、今はけいには私がいる。私には、大好きなけいがいる。
舐めるなよ、呪い。
あんたがいくらけいや私を呪ったって、何度でも私たちは出会って、その度に幸せになってやる。
来世でも、その次でも、何度でもだ。
「これで終わりにしよう」
私は椅子を蹴った。
その後、数秒の苦しみの末に、私の意識は真っ白に塗りつぶされた。
その向こうに、「待ってたよ。お疲れ様」と微笑む、けいの姿が見えた。
葉山くんに紹介してもらった女の人に会って、話を聞いた。
景のことをこの町に残す、という思いから景についての捜索願いのポスターを作った。
できるだけ不気味に、報酬があると書いて人をつり、電話番号も書いてふざけてかけてきた人達にはいい噂の発生源になってもらおう。
電話番号は中古で買った固定電話の番号を書き、また、不気味さを演出するために、ボイスチェンジャーを購入して取り付けた。
今の私の身体ではポスター貼りにいけないので、バイトも雇った。
それも、怪しさ満点にするために日給一万円で。
そのためのお金は、申し訳ないけれどけいの口座から使わせてもらった。
生前に、けいから「僕が居なくなったあとは好きに使って欲しい。どうせ、溜まる一方で使われないお金だし。死後の世界ではきっと円は使えないからね」と渡された通帳には、まだ収入があり、私はそれでヘルパーさんを雇いながらも、なんとか生活出来ていた。
けいの時は私が居たからなんとか生活できていたが、さすがに一人ではそうはいかないので、仕方なしのヘルパーさんだ。
もちろん、無理を言って定期的についてくれるヘルパーさんを変えてもらうようにお願い済みだ。
お金はたいてい何でも解決してしまうのだから恐ろしい。
それから、大学に行っていなかったことがバレ、両親に怒られて縁を切られた。
父と母からしたら、五体満足の一人暮らしの娘が学校を急にサボり始めて、これからも通う気もないと言われれば、納得の結末だ。
もとより、二人に私はあまり好かれていなかったわけだし。
それでも、私のことを思ってくれる家族はまだ居た。
「お姉ちゃん。本当にもう家には帰ってこないの?」
「うん。ごめんね、菜沙」
久しぶりに聞く妹の声は、随分と大人びていた。
きっと身長も伸びて、可愛くなったんだろうなぁ。
「この前、こっそりお姉ちゃんのマンションに行ったんだけど、もう誰も住んでなかったのは?」
「引っ越したの。内緒にしててごめんね」
あの家は両親といる時に契約したアパートだ。
あそこにいたら、家族に居場所がバレる。
今の私の姿を見て、一緒に住むなんて言われたら、呪いを家族に移しかねない。
「ねぇ、一度でいいから、私と会ってくれない?一度だけでいいの」
「……ごめん」
だから、菜沙には絶対に会えない。
きっと一度姿を見てしまえば、この呪いは私の死後、必ず彼女に移ってしまうから。
「……ねぇ、まだあの時の髪ゴム持ってるの?ラベンダー色の」
「うん……宝物だよ」
高校生の頃、菜沙から貸してもらった紫色の髪ゴム。
結局、家に帰ったあとに菜沙に返したんだけど、もう一つ同じのがあるからあげると言われてからずっと私が持っている。
パソコンの横に目をやると、私一人が移った写真立ての横に、色褪せたそれが置かれていた。
「ねぇ、最後に菜沙に一つお願いがあるの」
「……なに?」
最後、という言葉に、何か反応したような気配が電話越しからした。
菜沙は聡い子だったから、きっと私の今の状況を何となく察せてしまったんだろう。
私の命が、あと少しであることが。
「少ししたら、家に封筒が届くはず。それをお母さん達に取られることなく、菜沙が保管しておいて欲しいの」
「……保管してどうするの?」
「これから先、菜沙のもとに私のことを尋ねに来る人が来るはず。その人に封筒を渡して欲しい」
「……それをしたら、お姉ちゃんは助かる?」
「うん。大助かりだよ」
菜沙は少し考え込んだ後に、「いいよ」と返事をした。
その声は、掠れていた。多分、泣いているのを我慢している声だと思う。
本当に賢い子だ。全部バレてる。
「最後に聞いてもいい?」
「何?」
「お姉ちゃんは、生きていて楽しかった?」
……きっと、この土地に引っ越してくる前だったら、迷うことなんてなく、「楽しくなんてなかった」と答えていただろうけど、今は違う。
私はあの時みたいに、もう一人じゃないから。
だから――
「楽しかったよ」
「……そっか」
「じゃあ、あとは頼んだよ」
そう言って、私は電話を切った。
「すみません。今日はこれで大丈夫なので、最後にこの封筒を出してきてくれませんか?」
別の部屋で作業をしていたヘルパーさんにそう伝えると、彼女は笑顔でそれを受け取ってくれた。
「今日で最後なんですよね?」
「はい。引っ越すことが決まりまして。今までお世話になりました」
「とは言っても、数日間だけでしたけれども」
「今までありがとうございました」
「こちらこそ」
ヘルパーさんは封筒を二つ持って、家を出ていった。
その封筒の一つは菜沙に送る、私の今の家の住所と鍵が入ったもの。
もう一つは……例の探偵さんに送る依頼書だ。
警察の捜査が難航していた行方不明の女児を見つけたという、ニュースで流れていた探偵さん。
彼ほどの人ならば、きっと私の残した物語を全て広い、ここまで辿り着いてくれる。
『志崎詩音』と『佐倉景』を見つけてるれるはずだ。
「これでやっと、けいの所に行けるよ」
私は最後に残った左足でなんとかバランスを取りながら部屋を移動する。
「これもできて良かった」
リビングの机の上に置かれた、けいと私の人生について書かれた小説。
業者に頼んでいた印刷ができたみたいでやっと今日届いた。
その横に、棚から札束が入った封筒を咥えて出し、本の横に置いた。
これで、探偵さんへの報酬もバッチリ。
「なんとか死ぬ前にできた」
机の上に置かれたそれを尻目に私はある部屋に移動する。
足でなんとか引き戸をスライドさせると、中の部屋には首吊り用のロープとそこに登るまでの椅子だけが既に用意された、一面白い壁紙に囲まれた殺風景な景色が広まっていた。
「腕が使えなくなるまでに準備しといてよかった」
ここを引っ越し先に選んだのは私が生活するために必要な部屋数より余分に一部屋多い造りだったから。
ヘルパーさん達にはここは物置にしているから入らないでくれと言って、ここには誰もいれなかった。
見つかっていたらこのロープは撤去されていただろうし、また準備するための身体があるか分からなかったから。
椅子の上に片足で立ち、ロープに首をかける。
あとは椅子を蹴るだけだ。
死体は呪いのおかげでそのうち消える。首吊り事件の捜査で、私が依頼した探偵さんより先に家が荒らされることは無い。
準備は完璧。
「けいに会ったら何をしようか」
積りに積もった話がいっぱいある。
けいが居なくなったあとの話をするのもいいだろう。
スポーツもしたいなぁ。きっとけいは五体満足の身体で待ってくれているはずだ。
今までできなかったことをするのもいいかも。
腕を組んでデートとかしたいし、今度はちゃんと結婚もしたい。
けいと、やりたいことがたくさんある。
「今行くね」
けいはずっと孤独だった。
でも、今はけいには私がいる。私には、大好きなけいがいる。
舐めるなよ、呪い。
あんたがいくらけいや私を呪ったって、何度でも私たちは出会って、その度に幸せになってやる。
来世でも、その次でも、何度でもだ。
「これで終わりにしよう」
私は椅子を蹴った。
その後、数秒の苦しみの末に、私の意識は真っ白に塗りつぶされた。
その向こうに、「待ってたよ。お疲れ様」と微笑む、けいの姿が見えた。



