「久しぶりだね」
「おう。志崎さんから連絡くるなんてびっくりしたよ」
「急に連絡送ってごめんね。葉山くん」
「いいよ、別に。わざわざインスタ探して連絡してきたってことはなんか緊急の用だったんでしょ?」
ファミレスの角席に、私は同級生の男を呼び出した。
この人は私が転校してけいと出会うまでに、よくけいと一緒に居た人だという話をけいから聞いたことがあった。
呪いの関係でずっと一緒にいるわけではなかったけど、片腕になってから不便なことに直面した時はいつも葉山くんが助けてくれたと。
もっとも、先生と同じでけいは彼からしたら優しくしているその他大勢の中の一人だったのだろうけれど。
改めて実際に会うとそれが伝わってくる。
急な連絡にすぐに丁寧に返信してくれて、時間が無い中、時間を削ってまで暇を作ってくれるような人。
それに久しぶり会った、友達の友達のような関係の私にも愛想良く笑みを振りまいてくれている。
彼とは高校生の頃同級生だったはずなのに、彼について初めて知ることが多く、どれほど高校生の頃の私は周りが見えてなかったかが分かる。
人は一人では生きてはいけないというのに。
自分は一人でいるつもりでも、たくさんの人と関わって私は生きているのだと呪いによって気付かされてしまった。
「俺、高校卒業してからすぐに働き始めたから休みが中々取れなくてさ……。わざわざ休憩時間に合わせてもらっちゃって悪いね」
彼は、私のひらひらと袖が揺れている右腕を見て言った。
きっと気遣ってくれているのだろう。
「大丈夫。それより葉山くんから話を聞きたくて」
「話?」
「そう。私たちの高校の同級生に身体に欠損があった男の子が居たでしょう?その人についての話を聞きたくて」
「はぁ……。そりゃいいけど、お前の方が仲良かっただろ。ずっと一緒に居ただろうが」
「私は一年生の途中から学校に通ってたから、それまでの彼を知りたくて」
「いいけど、どうして?」
「……彼の小説を書こうと思って」
「えっ!志崎さんって小説家だったのか」
「まだ、小説家志望ってところかな」
席についてから頼んだ珈琲が運ばれてきて、彼は私に向けて感心したような眼差しを送りながらそれを一口飲んだ。
「ねぇ、葉山くんは彼の名前を覚えてる?」
「それは覚えてるに決まってるだろ?友達だぞ?」
「どんな名前だった?」
「それは……」
葉山くんは言葉に詰まっていた。
ここで葉山くんに違和感を抱かせることで、きっとこの話は伝染していく。
みんなが、けいが消えたことに気づき始めるはず。
「私もね、思い出せないの。おかしくない?」
こう言って、けいの存在を『怪談』へと昇華させていく。
「人間の記憶力だって、完全じゃないんだから……」
「彼は今、行方不明なの。ある日突然居なくなって」
別に嘘はついていない。確かにけいは突然居なくなったのだから。
「……もしかして、商店街のあのチラシって志崎さんが貼ってるの?」
最近、商店街で『身体欠損のある男を探しています』と書かれたポスターが至る所に貼られている。
もちろん、やっているのは私だ。
けいがここに、確かに居たんだという証拠を残すため。
ポスターを見た人はきっと、その存在を気味悪がるだろう。
そして、その常軌を逸したポスターの話はきっとこの地域の外に、ネットを通じて拡散されて、日本中にけいの話が広まっていく。
……商店街の人達にはきっと迷惑がかかるだろうけど。
あと少しの命の私を哀れんで、どうか許して欲しいも思いながらポスターを貼っている。
「ううん。違うよ。でも、あれをきっかけに、彼のことをもう一度調べてみようと思って」
でも、そのポスターを私が貼っていると知られると、そのポスターは『気味の悪い、都市伝説的な怪異』から『気の狂った人の迷惑行為』に成り下がる。
前者はきっとこの先ずっと、この地域の怪談として残り、多くの人に拡散される一方で、後者はせいぜい地方ニュースに放送されて一、二週間で忘れられるのがオチだ。
だから、私が貼っていることは決してバラせない。
「ねぇ、彼の話を聞かせて?」
※
「これが俺とあいつとの思い出……といっても志崎さんに比べれば大したことない思い出だろうけど」
「ううん。ありがとう」
私はメモ帳を取っていた手を止めて改めてお礼を言う。
「あいつのことが聞きたいなら、こいつにも話を聞いてみればいい。あいつの幼なじみだったはずだ」
そう言って葉山くんはスマホ画面に映る、インスタのアカウントを指さした。
「うん。話聞いてみるよ。ありがとう」
確かにけいも幼なじみがいるとか言ってたかも。ちょうど私と入れ替わるように転向したって。
よし、次の目標はこの人。
とりあえず、この人にDMを送って、話をしてみようかな。
「今日はありがとね。ここは私が払うよ。呼びつけたのは私だしね」
「いいの?それじゃあ、お言葉に甘えさせて貰うよ」
「でも、その代わりにこれを預かって欲しいの」
「これって?」
「中身、見たらダメだよ」
私は葉山くんに一つの封筒を手渡した。
中には、私の実家の住所が入っている。
まだ、それ自体には意味は無いけど、この先、私が居なくなってからそれは大きな意味を持つようになる。
そういう計画。
葉山君に渡したのは、一つは彼が勝手に封を破いて中身を見たりしない人だと信用したから。
もう一つは、彼がそれを持つとこで、彼はきっとこの先、ずっと私と話した今日のことを忘れない。
けいのことを忘れられなくなるはずだ。
彼からしたら短い時間の交流だっただろうけど、葉山君のことを話すけいの顔が楽しそうだったのを覚えているから、彼にはけいのことを覚えていて欲しかった。
そういう私のエゴだ。
「きっと、これから私と同じことを聞いてくる人が来ると思う。その時に、これを渡して欲しいの」
「これって、危ないものが入ってる闇バイトとかではないよな?」
「もちろん」
「……分かったよ」
葉山くんはその封筒を素直に受け取った。
よし、着々と布石の準備はできてきている。
このままいけば……。
「お仕事頑張ってね」
「志崎も。あいつ、見つかるといいな」
そう言って葉山君に手を振ろうとした時だった。
「あっ」
左手の感覚が、突如としてなくなった。
呪いが、進行してるんだ。
だらんと降りた腕の裾を私は眺め、もうあまり時間が無いことを焦った。
「おう。志崎さんから連絡くるなんてびっくりしたよ」
「急に連絡送ってごめんね。葉山くん」
「いいよ、別に。わざわざインスタ探して連絡してきたってことはなんか緊急の用だったんでしょ?」
ファミレスの角席に、私は同級生の男を呼び出した。
この人は私が転校してけいと出会うまでに、よくけいと一緒に居た人だという話をけいから聞いたことがあった。
呪いの関係でずっと一緒にいるわけではなかったけど、片腕になってから不便なことに直面した時はいつも葉山くんが助けてくれたと。
もっとも、先生と同じでけいは彼からしたら優しくしているその他大勢の中の一人だったのだろうけれど。
改めて実際に会うとそれが伝わってくる。
急な連絡にすぐに丁寧に返信してくれて、時間が無い中、時間を削ってまで暇を作ってくれるような人。
それに久しぶり会った、友達の友達のような関係の私にも愛想良く笑みを振りまいてくれている。
彼とは高校生の頃同級生だったはずなのに、彼について初めて知ることが多く、どれほど高校生の頃の私は周りが見えてなかったかが分かる。
人は一人では生きてはいけないというのに。
自分は一人でいるつもりでも、たくさんの人と関わって私は生きているのだと呪いによって気付かされてしまった。
「俺、高校卒業してからすぐに働き始めたから休みが中々取れなくてさ……。わざわざ休憩時間に合わせてもらっちゃって悪いね」
彼は、私のひらひらと袖が揺れている右腕を見て言った。
きっと気遣ってくれているのだろう。
「大丈夫。それより葉山くんから話を聞きたくて」
「話?」
「そう。私たちの高校の同級生に身体に欠損があった男の子が居たでしょう?その人についての話を聞きたくて」
「はぁ……。そりゃいいけど、お前の方が仲良かっただろ。ずっと一緒に居ただろうが」
「私は一年生の途中から学校に通ってたから、それまでの彼を知りたくて」
「いいけど、どうして?」
「……彼の小説を書こうと思って」
「えっ!志崎さんって小説家だったのか」
「まだ、小説家志望ってところかな」
席についてから頼んだ珈琲が運ばれてきて、彼は私に向けて感心したような眼差しを送りながらそれを一口飲んだ。
「ねぇ、葉山くんは彼の名前を覚えてる?」
「それは覚えてるに決まってるだろ?友達だぞ?」
「どんな名前だった?」
「それは……」
葉山くんは言葉に詰まっていた。
ここで葉山くんに違和感を抱かせることで、きっとこの話は伝染していく。
みんなが、けいが消えたことに気づき始めるはず。
「私もね、思い出せないの。おかしくない?」
こう言って、けいの存在を『怪談』へと昇華させていく。
「人間の記憶力だって、完全じゃないんだから……」
「彼は今、行方不明なの。ある日突然居なくなって」
別に嘘はついていない。確かにけいは突然居なくなったのだから。
「……もしかして、商店街のあのチラシって志崎さんが貼ってるの?」
最近、商店街で『身体欠損のある男を探しています』と書かれたポスターが至る所に貼られている。
もちろん、やっているのは私だ。
けいがここに、確かに居たんだという証拠を残すため。
ポスターを見た人はきっと、その存在を気味悪がるだろう。
そして、その常軌を逸したポスターの話はきっとこの地域の外に、ネットを通じて拡散されて、日本中にけいの話が広まっていく。
……商店街の人達にはきっと迷惑がかかるだろうけど。
あと少しの命の私を哀れんで、どうか許して欲しいも思いながらポスターを貼っている。
「ううん。違うよ。でも、あれをきっかけに、彼のことをもう一度調べてみようと思って」
でも、そのポスターを私が貼っていると知られると、そのポスターは『気味の悪い、都市伝説的な怪異』から『気の狂った人の迷惑行為』に成り下がる。
前者はきっとこの先ずっと、この地域の怪談として残り、多くの人に拡散される一方で、後者はせいぜい地方ニュースに放送されて一、二週間で忘れられるのがオチだ。
だから、私が貼っていることは決してバラせない。
「ねぇ、彼の話を聞かせて?」
※
「これが俺とあいつとの思い出……といっても志崎さんに比べれば大したことない思い出だろうけど」
「ううん。ありがとう」
私はメモ帳を取っていた手を止めて改めてお礼を言う。
「あいつのことが聞きたいなら、こいつにも話を聞いてみればいい。あいつの幼なじみだったはずだ」
そう言って葉山くんはスマホ画面に映る、インスタのアカウントを指さした。
「うん。話聞いてみるよ。ありがとう」
確かにけいも幼なじみがいるとか言ってたかも。ちょうど私と入れ替わるように転向したって。
よし、次の目標はこの人。
とりあえず、この人にDMを送って、話をしてみようかな。
「今日はありがとね。ここは私が払うよ。呼びつけたのは私だしね」
「いいの?それじゃあ、お言葉に甘えさせて貰うよ」
「でも、その代わりにこれを預かって欲しいの」
「これって?」
「中身、見たらダメだよ」
私は葉山くんに一つの封筒を手渡した。
中には、私の実家の住所が入っている。
まだ、それ自体には意味は無いけど、この先、私が居なくなってからそれは大きな意味を持つようになる。
そういう計画。
葉山君に渡したのは、一つは彼が勝手に封を破いて中身を見たりしない人だと信用したから。
もう一つは、彼がそれを持つとこで、彼はきっとこの先、ずっと私と話した今日のことを忘れない。
けいのことを忘れられなくなるはずだ。
彼からしたら短い時間の交流だっただろうけど、葉山君のことを話すけいの顔が楽しそうだったのを覚えているから、彼にはけいのことを覚えていて欲しかった。
そういう私のエゴだ。
「きっと、これから私と同じことを聞いてくる人が来ると思う。その時に、これを渡して欲しいの」
「これって、危ないものが入ってる闇バイトとかではないよな?」
「もちろん」
「……分かったよ」
葉山くんはその封筒を素直に受け取った。
よし、着々と布石の準備はできてきている。
このままいけば……。
「お仕事頑張ってね」
「志崎も。あいつ、見つかるといいな」
そう言って葉山君に手を振ろうとした時だった。
「あっ」
左手の感覚が、突如としてなくなった。
呪いが、進行してるんだ。
だらんと降りた腕の裾を私は眺め、もうあまり時間が無いことを焦った。



