「卒業おめでとう。景」
「詩音もね。おめでとう」
ついに高校の卒業式が終わってしまった。
解呪の手掛かりは依然として無いまま。
景の車椅子を押して外に出てみるが人混みのせいで身動きが取れないし、景の声も聞こえずらくなってきた。
「静かなとこに行こっか」
「詩音は親に会わなくていいの?」
「いいのいいの。お母さん達もどうせまた景と居るんだろうって察すると思う」
「そっか。家で僕の話してるんだっけ?」
「結局高一から卒業までほぼ毎日景の家に通ってたからね。少しは話とかないと心配されちゃう」
景の乗る車椅子をキコキコと押して、校舎の中に入っていく。
同級生やその親たちはみんな外で楽しく騒いでいるからか、中は電気もついておらず、暗くて静かだった。
外は卒業生を祝福するかのような陽気な日差しがあったのに、校内はひどく冷たく、無機質だった。
「どこ行く?」
「どこでもいいよ」
「なら、一年の教室行こ。私たちが初めて会った場所」
一年生の教室は一階にあるから、車椅子でも行きやすい。
「ずっと車椅子押してくれてありがとね」
「どういたしまして。これからもいっぱい押してあげるね」
「……そうだね」
その微妙な間の意味を私は分かっていた。
景のタイムリミットが刻々と近づいていっている。
つい先日には、景の右足も無くなってしまった。
後は名前が消えて、最後には――。
「暗いって景!大丈夫、呪いを解くために今まで私たちは頑張って来たんでしょ!」
務めて明るい声を出した。
だけど、現象はその逆で、解呪の手掛かりは無く、何度も除霊をしてもらいに行くも匙を投げられるか、除霊してもらったとしても効果なしがほとんどだった。
「景は絶対に死なせないから」
何度言ったか分からないその言葉に、景は何度流したか分からない涙を流す。
「ありがとう、詩音」
※
教室に到着し、ドアを横に引いてみたところ、心配していた鍵は開いていた。
多分、卒業式の準備で先生たちは忙しくしていたから、施錠を忘れていたのだろう。
「ラッキー」なんて言いながら中に入り、景の車椅子を教室の左足角の机に止め、私はその前の席に後ろを向いて座った。
「この景色も久しぶりだね」
景は私を見て、その後、隣の窓を見た。
私が窓を開けると春の心地よい空気が、暗い教室の中に入り込んできた。
白のカーテンは風に揺れ、目が合う私たちの髪もそれに合わせて靡く。
「詩音はこれからどうするの?」
「これからって?」
「大学行くんでしょ?」
私は親の希望で地元の国立大学に行くことが決まっていた。
「受験勉強なんてしてるところ見たこと無かったのに、いきなり大学受かったなんて言われてびっくりしたんだから」
「そういえば、当日まで景に大学行くこと伝えてなかったんだっけ」
教室の中に笑い声が満ちた。
この空気が私は大好きだった。
「家から通うの?」
「ううん。家からだと大学遠いから、近くにアパートの一室を借りて一人暮らしする予定」
「そうなんだ」
「だから、景もついてこない?」
「え?」
唐突な提案に景は素っ頓狂な声を上げた。
「景は大学に進学も、就職もしないんだよね」
「まぁ、働かなくても不労所得で生活は困らないからね」
「なら!」と私は追い打ちをかけた。
「今の景の家に比べたら随分と小さい部屋になるけど、私と一緒にいてくれるなら、今まで通り生活もサポートできるし、呪いについてもより調べることができるかも」
「……詩音はいっつも事前相談無しでそういうこと言ってくるのどうにかしようよ」
「もう今更治らないの知ってるでしょ?」
「知ってるけど」
景は大きくため息をつき、少し顔を赤くして言った。
「詩音は……いいの?」
「いいのって何が?」
「だって、それ……同棲ってことでしょ?」
景は気まずそうに私に聞いてきたから私は思わず笑ってしまった。
「景、恋愛漫画の読みすぎなんじゃない?」
「うるさい!」
二年前のやり取りを思い出して、私たちは顔を見合せて笑った。
お互いの笑いのせいで、互いにツボに入り、笑い声はしばらく続いた。
楽しかった。
涙が出てきて、腹筋がつりそうになった頃、お互いの笑いがようやく収まった。
「でも、本当にいいの?」
すると、景は今度は真剣な声で言った。
「詩音はまだ、引き返せるかもしれないんだ」
「……もしかして、景が死んだあと、私に呪いが移ることを心配してるの?」
「……」
返事はなかった。きっとそういうことなのだろう。
多分景は心の底ではずっと悩んでいたのだ。
私と一緒に居てもいいのか。
解呪の見通しが無い今、呪いが移ることは最終的に死ぬことを意味している。
最初は、気の迷いだったかもしれない。
お父さんが亡くなって、景は一人になって、その時からずっと、景は孤独の中で呪いの恐怖と戦いながら生きてきた。
そんな中、呪いを一緒に解こうと手を差し伸べてくれる人が現れた。
それがいけないことだと分かっていながらも景はその手を取ってしまった。
一人が苦痛だったから。
孤独が怖かったから。
一時の気の迷いで私を受け入れてしまった。
そして、お互い孤独だった私たちは今までの時間を取り戻すような楽しい時間を過ごした。
そして、限界が迫ってふと我に返ってしまったんだ。
自分と同じ目に合わせてしまってもいいのか、と。
でも、そんな答え、私は当の昔から決めていた。
「いいよ。私はそれでも。だから、景と最後まで一緒に居たい」
私はあの時と同じように景に手を差し出した。
「本当に……いいの?」
「うん。全部、一緒に背負ってあげる」
景はまた、涙を流した。
まったく、最近の景は泣いてばかりだ。
「景、私と一緒に生きてくれますか?」
「……はい。喜んで」
私の差し出した右手に景の手の重みを感じた。
「ふふっ。景、泣かないで」
私は差し出した右手で、景の涙を拭った。
「ねぇ、景。思い出に写真を撮らせて」
「……でも、そのうち僕は写真から消えるよ?」
「そうかもしれないけど、景が生きているうちは、それは思い出として残ってくれるんでしょ?それに、景の姿が無くなったって、私の中では写真の中にずっと景が居続けてるから」
「なにそれ」
景はクスッと笑い、「いいよ」と言ってくれた。
私はスマホの内カメラを使い、景と机を挟み、肩を寄せ合う。
背景には、窓から見える桜と、風に揺れる白のカーテン。
「はいチーズ!」
シャッター音が鳴り響き、撮れた写真を確認すると景に見えた。
「いいね」
そうやって微笑んだ景の顔をずっと見ていたかった。
そして、強い意志がまた、さらに固まる。
絶対に景は――。
「詩音もね。おめでとう」
ついに高校の卒業式が終わってしまった。
解呪の手掛かりは依然として無いまま。
景の車椅子を押して外に出てみるが人混みのせいで身動きが取れないし、景の声も聞こえずらくなってきた。
「静かなとこに行こっか」
「詩音は親に会わなくていいの?」
「いいのいいの。お母さん達もどうせまた景と居るんだろうって察すると思う」
「そっか。家で僕の話してるんだっけ?」
「結局高一から卒業までほぼ毎日景の家に通ってたからね。少しは話とかないと心配されちゃう」
景の乗る車椅子をキコキコと押して、校舎の中に入っていく。
同級生やその親たちはみんな外で楽しく騒いでいるからか、中は電気もついておらず、暗くて静かだった。
外は卒業生を祝福するかのような陽気な日差しがあったのに、校内はひどく冷たく、無機質だった。
「どこ行く?」
「どこでもいいよ」
「なら、一年の教室行こ。私たちが初めて会った場所」
一年生の教室は一階にあるから、車椅子でも行きやすい。
「ずっと車椅子押してくれてありがとね」
「どういたしまして。これからもいっぱい押してあげるね」
「……そうだね」
その微妙な間の意味を私は分かっていた。
景のタイムリミットが刻々と近づいていっている。
つい先日には、景の右足も無くなってしまった。
後は名前が消えて、最後には――。
「暗いって景!大丈夫、呪いを解くために今まで私たちは頑張って来たんでしょ!」
務めて明るい声を出した。
だけど、現象はその逆で、解呪の手掛かりは無く、何度も除霊をしてもらいに行くも匙を投げられるか、除霊してもらったとしても効果なしがほとんどだった。
「景は絶対に死なせないから」
何度言ったか分からないその言葉に、景は何度流したか分からない涙を流す。
「ありがとう、詩音」
※
教室に到着し、ドアを横に引いてみたところ、心配していた鍵は開いていた。
多分、卒業式の準備で先生たちは忙しくしていたから、施錠を忘れていたのだろう。
「ラッキー」なんて言いながら中に入り、景の車椅子を教室の左足角の机に止め、私はその前の席に後ろを向いて座った。
「この景色も久しぶりだね」
景は私を見て、その後、隣の窓を見た。
私が窓を開けると春の心地よい空気が、暗い教室の中に入り込んできた。
白のカーテンは風に揺れ、目が合う私たちの髪もそれに合わせて靡く。
「詩音はこれからどうするの?」
「これからって?」
「大学行くんでしょ?」
私は親の希望で地元の国立大学に行くことが決まっていた。
「受験勉強なんてしてるところ見たこと無かったのに、いきなり大学受かったなんて言われてびっくりしたんだから」
「そういえば、当日まで景に大学行くこと伝えてなかったんだっけ」
教室の中に笑い声が満ちた。
この空気が私は大好きだった。
「家から通うの?」
「ううん。家からだと大学遠いから、近くにアパートの一室を借りて一人暮らしする予定」
「そうなんだ」
「だから、景もついてこない?」
「え?」
唐突な提案に景は素っ頓狂な声を上げた。
「景は大学に進学も、就職もしないんだよね」
「まぁ、働かなくても不労所得で生活は困らないからね」
「なら!」と私は追い打ちをかけた。
「今の景の家に比べたら随分と小さい部屋になるけど、私と一緒にいてくれるなら、今まで通り生活もサポートできるし、呪いについてもより調べることができるかも」
「……詩音はいっつも事前相談無しでそういうこと言ってくるのどうにかしようよ」
「もう今更治らないの知ってるでしょ?」
「知ってるけど」
景は大きくため息をつき、少し顔を赤くして言った。
「詩音は……いいの?」
「いいのって何が?」
「だって、それ……同棲ってことでしょ?」
景は気まずそうに私に聞いてきたから私は思わず笑ってしまった。
「景、恋愛漫画の読みすぎなんじゃない?」
「うるさい!」
二年前のやり取りを思い出して、私たちは顔を見合せて笑った。
お互いの笑いのせいで、互いにツボに入り、笑い声はしばらく続いた。
楽しかった。
涙が出てきて、腹筋がつりそうになった頃、お互いの笑いがようやく収まった。
「でも、本当にいいの?」
すると、景は今度は真剣な声で言った。
「詩音はまだ、引き返せるかもしれないんだ」
「……もしかして、景が死んだあと、私に呪いが移ることを心配してるの?」
「……」
返事はなかった。きっとそういうことなのだろう。
多分景は心の底ではずっと悩んでいたのだ。
私と一緒に居てもいいのか。
解呪の見通しが無い今、呪いが移ることは最終的に死ぬことを意味している。
最初は、気の迷いだったかもしれない。
お父さんが亡くなって、景は一人になって、その時からずっと、景は孤独の中で呪いの恐怖と戦いながら生きてきた。
そんな中、呪いを一緒に解こうと手を差し伸べてくれる人が現れた。
それがいけないことだと分かっていながらも景はその手を取ってしまった。
一人が苦痛だったから。
孤独が怖かったから。
一時の気の迷いで私を受け入れてしまった。
そして、お互い孤独だった私たちは今までの時間を取り戻すような楽しい時間を過ごした。
そして、限界が迫ってふと我に返ってしまったんだ。
自分と同じ目に合わせてしまってもいいのか、と。
でも、そんな答え、私は当の昔から決めていた。
「いいよ。私はそれでも。だから、景と最後まで一緒に居たい」
私はあの時と同じように景に手を差し出した。
「本当に……いいの?」
「うん。全部、一緒に背負ってあげる」
景はまた、涙を流した。
まったく、最近の景は泣いてばかりだ。
「景、私と一緒に生きてくれますか?」
「……はい。喜んで」
私の差し出した右手に景の手の重みを感じた。
「ふふっ。景、泣かないで」
私は差し出した右手で、景の涙を拭った。
「ねぇ、景。思い出に写真を撮らせて」
「……でも、そのうち僕は写真から消えるよ?」
「そうかもしれないけど、景が生きているうちは、それは思い出として残ってくれるんでしょ?それに、景の姿が無くなったって、私の中では写真の中にずっと景が居続けてるから」
「なにそれ」
景はクスッと笑い、「いいよ」と言ってくれた。
私はスマホの内カメラを使い、景と机を挟み、肩を寄せ合う。
背景には、窓から見える桜と、風に揺れる白のカーテン。
「はいチーズ!」
シャッター音が鳴り響き、撮れた写真を確認すると景に見えた。
「いいね」
そうやって微笑んだ景の顔をずっと見ていたかった。
そして、強い意志がまた、さらに固まる。
絶対に景は――。



