ここまでの情報を整理しよう。
上記に記したのは依頼されたポスターの男について、有力情報と見られるいくつかの聞き込みを文字に起こしたものである。
面白いことに、例のポスターを中心に聞き取りを行ったところ、行方不明である彼についての関連情報、そして依頼人、志崎詩音についての情報がいくつか確認することができた。
では、順序立てて見ていこう。

①ポスターについて
手紙の内容通り、ポスターは主に彼女の地元の商店街に貼られていました。
掲載されている内容は以下の通り。

・行方不明である男を探している
・行方不明者には身体に欠損がある(具体的にどこかという明記はなし)
・見つけた場合、報酬金を用意している。
・情報がある場合は記載の電話番号に電話して欲しい
・肝心な行方不明者の写真や似顔絵等は無い。

『電話は繋がったらしいんですけど、向こう側から聞こえる声はひび割れるような、ドスの効いた低い声で』(証言Aより抜粋)

また、上記と同じように例の電話番号にも自分でもかけてみたが繋がらなかった。

さらに、上に記載しなかったが、ポスターの件で聞き込みを続けていると、話を聞きつけた大学生の男の子が話したいことがある、と言って僕の元へ訪れた。
内容は、数ヶ月前から例のポスターを貼るアルバイトをしたことがある、とのこと。
日給は一万円。彼はこのバイトのせいで自分が何か重大な犯罪の片棒を担いでるのではないかと勘違いして、僕に話しかけてくれたようだった。
よくよく話を聞いてみると、彼の言っていたことはこうだ。

・ポスターを商店街に貼るバイトを日給一万円である。
・人にバレないように深夜や早朝に行う。
・ポスターは自宅に大量に送られてくる
・アルバイトを依頼した人について何も知らない
とのこと。

高額でわざわざ人を雇ってまでするということは、何か並々ならぬ思いがあったのか、自分ではできない理由があったのか。
また、ポスターをわざわざ商店街をターゲットにポスターを貼ったということについても、憶測として、地域の人達曰く、最近、この辺に大きなショッピングモールが立つ計画が進んでいるらしいのだが、そのせいで、商売敵となる商店街を邪魔と思っていたり、商店街が廃れるのを理由に、ショッピングモール開設に反対する住民もいるのを理由に、あのポスターは、嫌がらせや商店街の価値を下げる行為としてして実行されているという見解が共通認識らしい。
しかし、この場合は依頼人の志崎詩音がポスターに書かれた男を探していると依頼を送ってきたことに疑問が残る。
そのため、ポスターが商店街にのみ貼られる理由はそのせいではないと断定しておく。

②呪いの本について
身体欠損のある男の情報に関連して、『秘境』と揶揄される⬛︎⬛︎高等学校(一部伏字使用)にて、怪談『呪いの本』の存在について確認できた。
しかし、その話は一部疑問が残る。
【証言B】で、噂の発端は『秘境』の文芸部顧問の先生であることが分かった。
しかし、彼自身、なぜその小説の作者の名前を見て怯えたのか分からないという。
また、さらにおかしいのは先生が彼の名前を覚えていないこと。
怪談となって語られるほどに、先生の怯えようは異常だったはず。【証言G】でも当時の生徒がそう言及している。
それだけ強烈な思い出のはずなのに名前は忘れた。というのはさすがに疑問が残る。

『スチーム書庫の中に恐ろしい本があるはずだからそれを顧問の先生に預けて欲しい』(証言Gより抜粋)

上記でも言及された通り、□□期生(個人特定を防ぐため、伏字を使用)のとある人物が『先生に渡して欲しい』と言っていたことが分かり、その人の予想通りに先生は怯えている。
私はこのことが仕掛け人と先生が仕組んだように思えてならない。
あまりにも話が上手く行き過ぎている。

またその内容についても、四肢が無くなり、名前を忘れられてしまうという呪いの性質を示しているかのような文章が見られる。

『怪物の気まぐれに、コウは四肢をもがれた』

『怒り狂った怪物はついに、コウを地面に打ちつけ、跡形もなくこの世から消し去ってしまった』(呪いの本より抜粋)

この小説の作者が本当に、原稿用紙に書かれていた通りで、あれがペンネームではなく、本名なら『佐倉景』こそが行方不明者なのではないかと、予想がつく。


③依頼人、志崎詩音について
僕はまず、彼女の地元についたから、手紙に書いてあった差出人の住所に訪れたが、そこは既にもぬけの殻だった。
不動産に確認してみたところ、既に志崎詩音は引っ越していたとのこと。
現時点での、志崎詩音の居場所についての情報は無い。

『仕事の休憩時間に合わせてカフェで待ち合わせして来てもらいました』(証言Cより抜粋)

しかし、【証言C】で、急な予定にも対応できていることから、この近くに住んでいるのではないかと予想できる。
また、彼女自身にも四肢に欠損があることが分かった。
このことについては後で触れようと思う。
彼女は『秘境』出身で、行方不明の彼とは同級生かつ、かなり親しい仲だったようだ。
親友を探している、という理由なら、探偵に人探しを依頼する理由としては確かに納得はできる。
話を聞く限り、彼女自身も行方不明者への捜査に乗り出しているようだ。

④霊感について
上記には、志崎詩音と行方不明者の彼には現代科学では証明できない分野の、いわゆるオカルトや心霊に関わる発言も見られた。
僕自身、心霊系には半ば懐疑的だ。
しかし、彼らの言っていたことは確かに筋が通っていた。
四肢が欠損する呪い。
行方不明者と志崎詩音には身体欠損があったようだが、話を聞く限り、みんなの発言には矛盾が生じているのが分かる。

『四肢がないのに、どうやって手書きで文字を書くのかって話ですよ』(証言Bより抜粋)

『志崎には両腕が無いはずなのに……』(証言Cより抜粋)

四肢を切り落とす必要のある病気というのは確かに存在する。
悪性腫瘍や抹消循環障害、他にも糖尿病や動脈硬化など。
身体欠損というだけならば、それらの病気を疑う余地があった。
しかし、それぞれの記憶の矛盾は他にもある。
彼らの四肢は段階的に無くなっているのに、上記の話だけでも分かるように、なぜか、みんな、欠損具合に大小はあるものの、例えば彼らは昔から四肢がない、両腕が無いと信じて疑わない。
その異様な光景に、人智を超えた何かを疑ってしまいそうになる。
さらに、特徴とすべきは行方不明者の彼の名前である。
誰も、その名前を覚えていないのだ。
彼と親しくしていたという志崎詩音も、彼の名前を見て怯えていたという【証言B】の先生。幼なじみである証言Fの同級生。名前を覚えていて然るべき人達がまるで記憶喪失のように彼の名前だけを忘れている。

『主に彼の四肢や彼の『名前』からそれはよく見ることができました』(証言Eより抜粋)

【証言E】で話にでてきた黒い靄が、証言【証言D】で言われていた呪いなのだとしたら、辻褄が合うような気もする。
また、志崎詩音についても、四肢の欠損が見られたり、【証言C】にて、名前を忘れかけられている様子から見るに、もう既に、深刻なまでに呪いの手が回ってきているのではないかと考えられる。

ここまで来て、僕の中であるひとつの仮説が立った。
それは、この依頼とポスターなどの怪奇現象は全て志崎詩音本人による工作なのではないかと言うことである。
考えてみると成立はする。
元々、彼女は行方不明者について、高校生時代、ずっと二人で過ごしていたことや彼について熱心に捜索を続けていることなど、強い執着が見られていた。
ポスターについても、彼女が貼り始めたものが段階的な身体欠損により自力で行えなくなり、バイトを雇ったと考えれば辻褄が合うし、電話越しの男性の声も、ボイスチェンジャーの使用で解決できる。呪いの小説も文芸部員にスチーム書庫を探すように支持したのは志崎詩音なのではないかと疑い始めている。
その証拠に、志崎詩音は【証言G】の彼の四歳年上。
こちらも話に矛盾が生じない。

『彼女、僕との別れ際に「私と同じように彼のことを聞いてくる人がいたら渡して欲しい」って言って封筒を置いていったんですよ』(証言Cより抜粋)

そして、それを疑い始めた理由の最たるものは、【証言C】の彼から貰った封筒である。
これが僕の手に渡ったことは、志崎詩音が僕がここまで捜査に来ることまで見越し、事前に入念なシュミレーションをした結果であると言える。
そうでなければ、依頼書を出すよりも前にあの封筒を彼に渡すわけが無い。
以上によって、僕の中では、志崎詩音がこの事件の全ての鍵を握っていると解釈し、僕はポスターに書かれた行方不明者の彼よりも先に、志崎詩音本人を探すことにした。

そして、それを見透かされたように、その封筒の中身は志崎詩音に大きく近づくためのものが入っていた。